あの日の私が死んだとき、今の私が生まれた

 無職だからといって人の道から外れてはいけないと、私は常日頃から思っている。それは単に犯罪を起こさないとかそういうことだけではない。人間らしい生活を送ろうと心がけているのだ。

 だから私は引きこもってはいない。外出は心がけてするようにしている。目的もなくスマホとパソコンをいじるのはやめようと意識している。散歩もよくする。朝も『朝』と呼ばれる時間には起きるように心がけている。夜も静かにしている。なるべく私個人で出したゴミや汚れは自分で元通りにし、片付けは家族には頼らないようにしている。

 迷惑をかけたくないという思いもあるし、生きていてすまないという思いがそうさせる。きっと家族は私を無職になどしたくなかっただろうし、無職の私を心から認めてはいないと思っている。私が逆の立場ならそう思うからだ。

 少し昔の話をしよう。幼い頃の話だ。小学校に入ったばかりの頃の、あまり思い出したくない時の話だ。

 通知表をもらった。人生で最初に他者から評価された。学業の欄は全てがよくできるに丸がつけられていた。私は自分が優秀なのだと、それを見て初めて自覚したわけである。別に本当にそうだったわけではないと今なら思うが、小学生の思うことだから許してほしい。

 家族、親戚、地域、幼稚園では評価されなかった『学力』の査定が私を変えた。私は頭がいい方なのだと色眼鏡をかけてしまった。なんと恥ずかしいことかと思うが、事実なので変えようがない。

 私はそれを誇りに思った。頭がいいことは自分の取り柄だと、褒められるところなのだと思っていた。実際親には褒めてもらったし、嬉しかったと記憶している。

 でも、いつまでもそれは続かない。徐々にそのメッキは剥がれていく。学年が上がれば自分よりも頭のいい人はいくらでも出てくる。学校の授業だけの私と塾へ通う同級生ではやはり勉強する時間も質も違った。私は時間をかけて徐々にゆっくりと凡人へとなっていった。

 それでも勉強すればそれなりの点数は取れたし、得意教科では満点近くまで行くこともあったので周りの友人は私を評価してくれた。過大評価だと思うが、彼らは優しかったからそう言ってくれた。だからといって私の劣等感はいつだって腹の奥底で蠢いている。九十八点を取っても満点ではない、苦手教科は平均点より少しばかり高いだけ、全ての教科で十分な点数を取れているわけではない…。ずっとそれが拭えないまま進学を重ねた。

 徐々に頭の良さが取り柄ではなくなっていく自分。私の才能とはなんなのか、色々考えて実行してみても一流にはなれない。そんなありふれた鬱屈を幾度も味わった私は、こうして無職になっている。

 あの日、小学一年生の私は紛れもなく家族の誇りだったと思う。勉強ができることがそこまで大事ではないと思っていても、できないよりはできた方がいいに決まっている。優秀な私はあの時生まれた。けれど生まれるということは死ぬということで、思ったよりも早く、しかも私自身はこんな人間だから社会の最底辺にまで落ちることになった。いつの間にやら家族のお荷物。これは過剰表現でも被害妄想でもない事実だ。

 信号を待っている時によく思う。車が突っ込んできて私だけを巻き込んでくれないかなと。でもそれは運転手が罪に問われるか、と考えてそれは可哀想だからやっぱり木が倒れてくるとかそういう自然現象に巻き込まれるのが一番いいかとか考えては、何事もなく青に変わって横断歩道を渡る。どんなことも期待している間は起こらないものだなとまた絶望する。

 私が規則正しいリズムで生活するのは指を指されないためだ。生きているのもおこがましいから、せめてもの償いで人としての生活は保っていようとする、その程度のものだ。いつ消えてもいいように、汚したところは復元しておく。この文章はネット上なので別に残っていてもいいかなとも思う。大した影響力もないし、数千年後の生命体が偶然見つけて笑ってくれるかもしれないし。

 重たいものだな、命は。そう思うことが増えた。人が生きること自体は難しいことではないし素晴らしいことだとも思うのに、人間が生きるのはこうも難解で複雑で攻撃的だ。生きていることの重みが自分にのしかかり、歩けなくなる日が時折ある。それが今だ。今日だ。また次回。

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