第4話 父親と母親
この世界に存在する生物は、大なり小なり魔力というエネルギーを保有しているらしい。
まぁお察しの通り、魔法という超常現象を引き起こす法を行使するために必要なものだ。
そしてその魔法にはいわゆる【属性】というモノがあり、個々生物にはそれに対する【適正】というモノが存在する。
【適正】の有無によって、その属性の魔法を使えるのか、あるいは上手く使用できるかということが決まるというのだから、魔法が当たり前なこの世界では非常に重要な要素であるといえる。
だがまぁ、俺からすればもうどうでも良いことだ。
この世界で大成しようだなんて気持ちはこれっぽっちもない。
適性があろうとなかろうと、これから何か成し遂げようという気力は残ってないのだ。
なんなら、なんの才能もなく、家から廃嫡・追放されて、のたれ死んだ方が良いとすら思ってしまう。
まぁ今世の家族がそのような選択をするのかはわからないけど。
ついでにいえば、俺が転生した時からそんなことにはならないということが決定されていたらしいし。
「やっぱりみんな、活気づいてるわね」
隣で煌びやかな礼装に身を包むリリアーノが、ぽつりと言った。
誰かに話しかけるというより、本当にただ感想を述べたという感じだ。
「そうですね」
しかし何も言わないのも気まずいかと思って、適当にうなづいて見せた。
まぁ実際、町はうるさいくらいの騒ぎになっていた。
【魔力鑑定の儀】というものを前世の行事で例えるなら、成人式…あるいは七五三とかがそれにあたるだろうか。人生にかかわる重要な行事だが、人々にとっては一種のお祭りみたいなものらしい。
一人の人間として誕生する日だとかなんとか…というのが一般認識のようだ。
いつだかに読んだ本にそう書いてあった気がする。
儀式と言われているが大荘厳すぎるというわけでもないのだろう。
そういうわけで町は活気立っているのだが、それに加えて俺たちの存在もまた、騒ぎの種になっているようである。
「伯爵様が通られるぞっ!!」
「早急に道を開けるのだ!!」
「ご子息様も鑑定されるらしいぞ?!」
「あの一家のことだ、すばらしい才能を持つに違いない」
今、俺たちはずいぶんと豪華な馬車に揺られており、その周りを民衆たちがちやほやと集まっている。衛兵たちも誘導しているわけだが、やはりなかなかの大挙ゆえ対処に骨が折れるらしい。
うちの親はずいぶんと慕われているようである。
まぁ、仮にも伯爵家。地方都市を治める程度には権力をもつ地位だ。それなりに人望もなきゃやっていけないのだろう。
「エリィ、気負わなくていいからね」
ポンと頭にぬくもりが添えられる。
気負う。
たしかに、普通の子供なら気負う場面だろう。
このクルヴィート家は、先祖代々から続いて魔力の強い家系だ…と聞いたことがある。
つまりは魔力を多く保有しており、【適正】も幅広いという特徴を持っている人間が多いというわけだ。
普通の子供ならそんな家系にいると知るや否や、自分の才能がわかるまで戦々恐々とするに違いない。感覚的には家族全員が医者みたいなものだろう。それと違って後天的にはどうにもならないのだから、不安には拍車がかかる。
しかし、それはあくまで普通の子供ならという話でしかない。
もはや期待という感情を失った俺は、もれなく心配という感情も頭にはなかった。
彼女の眼には、無口でうつむいている俺の姿が不安げに映ったのだろう。
でも心配はいらない。
俺ははなから、何の感情も抱いていないのだ。
「大丈夫ですよ」
だから、俺はそう淡白に返事をした。
「…そう」
曖昧な言葉尻で彼女は相槌を打つ。
どんな表情をしていたのか、俺は見ようともしなかった。
その後目的地に到着するまで、馬車内には沈黙が流れたが、頭に置かれたぬくもりはずっとそのままだった。
***
「おぉ、エリオス!!大きくなったなぁ!」
到着するなり出迎えたのは、ずいぶんと威勢のいい男の声だった。
「おはようございます、ルーカス様」
「む、礼儀もなっているな。心身ともに成長しているのはいいが…、ちょっと他人行儀すぎないか?もっとフランクに来てもいいんだからな?」
がっはっはと笑うその男の名は、
ルーカス・ジョルジス・デア・クルヴィート。
クルヴィート伯爵家の現当主、つまりは俺の父親に当たる人物である。
リリアーノの明るい金髪とは対照的に、こちらは墨のように真っ黒な髪。
おそらく俺はこっちの遺伝子を引き継いだのだろう。
まぁ似たのは身体的特徴だけだ。精神面はあまり似通わない。
そもそも転生して前世の精神の延長戦なのだから、当然なことだが。
「ルーカス」
「…リリアーノ」
俺に続いて馬車から降りてきたリリアーノが、ルーカスへと近づき、お互い名前を呼びあう。
当主ということもあって、ルーカスは一日のほとんどを忙殺されている。
ゆえに、夫婦とてそう易々と会えるほどの距離間ではなかった。
そんな二人の間に存在した物理的な距離、そして時間が今のムードを作り出しているのだろう。
俺はそこで、彼女たちから目をそらした。
アツアツですね、とかのノリではない。
シンプルにメンタルにきた。
こんな転生みたいな事態にならなければ、俺も…だなんて思うと、どんどんと精神が後ろへと向いてしまうのだ。
だから少しだけその場を離れ、一足先に建物の方へと近づく。
俺たちがやってきたのは、クルヴィート家が治めるこの都市…バードベリーの中で最も大きい教会である。
貴族と平民が一堂に会す…とはいうけど、やはり全員が集まるとなると途方もない時間がかかる。ゆえに複数の教会に分散されるわけだが、この大きな教会には主に貴族が集まってくるらしい。
それらしく、建物自体も周辺と比べて一段と煌びやかな様子だし、そこに集まっている人間も豪華な様相に身を包んでいるのがほとんどである。
まぁ、ここは教会の中でも聖堂にあたるところだから当然であろうか。
少し近づいてみると、一団の声が耳に届いてくる。
「おちちうえ、かならず立派な結果をだしてみせますっ」
「あぁ、期待しているぞ、わが愛すべき息子よ」
「ぱぱパパ、みててよね!!」
「あぁ、あぁっ!愛しき娘の晴れ舞台、この目に焼き付けるよ…!」
なんとあたたかな、親子の交流。
『パパーっ!!』
愛した、そして愛している娘の声が脳裏に響く。
(……っ)
やっぱり、だめだ。
こういう場だと、どうやっても思い出してしまう。
どうして俺は…こんなにも、不幸なのだろうか。
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