第31話【始祖の剣聖】①
「ええー、皆さん、はじめまして……というわけではないのですが、私、この学園で皆さんの担任を務めます、エリス・リントナーと申します。あの、まだ新米でして、わからないことだらけではあるのですが、皆さんと一緒に成長してゆきたいと思いますので、あの、何卒お手柔らかに……」
ほう、あの線の細い試験官の女性、担任だったのか。
なんとも、剣を振るうどころか、虫一匹叩き潰すのも躊躇いそうな、温厚で臆病そうな人である。
この学園は小生の予想よりも平和な学園組織としての一面もあるのかもしれない。
小生は、当然、という感じで小生の隣りに座っているエステラに耳打ちした。
「なぁエステラ、あの人が担任で大丈夫であろうか。なんだか試験のときも頼りない感じであったと思うが……」
「そりゃ新米教師なら仕方ないじゃない。それに今年はあなたみたいな規格外の生徒が入ってきてるんだもの、緊張もするわよ」
「んん? 小生は規格外、なのであろうか。この程度のことは我が国では当たり前だったのだが……」
「ハァ、あなたが世界レベルで一般的な生徒だっていうなら私は逆立ちして校舎一周してもいいわよ。とにかく自覚して。あなたはただでさえ目をつけられやすい肌の色なんだからね」
「はい、堅苦しい挨拶はここまで!」
ぱん、と手を叩きながら、エリス教官が言った。
「それでは本日はいよいよ本格的な講義に入っていきます。今回はイントロダクションとして、エーテルの発見と魔法技術の発展、そしてそれによって魔剣士学園が創設された経緯について講義してゆきます」
「おっ、来た来た!」
小生が小声で喜ぶと、エステラが不思議そうに小生を見た。
「何? 随分嬉しそうじゃない。歴史好きなの?」
「いいや、だが小生の師からひとつ頼まれごとをしていてな。今回ようやくそれが果たせそうだ」
「頼まれごと?」
「ああ。この学園の創始者について調べてほしい、と言われておる」
小生が目を輝かせると、エステラが首を傾げた。
「創設者って――そんなもの【始祖の剣聖】のことでしょ。世界中誰だって知ってるし」
始祖の剣聖――彼女はそんな二つ名で呼ばれていたのか。
「始祖の剣聖――そうか、それが彼女の二つ名か」
「彼女、って何よ? まるで友達だったみたいに言うのね」
「友達、か。それは違う、それ以上だ。かつては師弟……いや、親子同然だった」
「は、はぁ?」
「まぁまぁ、とりあえず、講義を聞こうではないか」
小生はエステラの追求を煙に巻き、エリス教官の講義に耳を傾ける。
「皆さんご存知の通り、エーテルの科学的発見とそれによる魔術理論の登場は、まだ発見されて数世紀しか経っていない、比較的新しい技術です。ですがこの発見により、世界中で産業の革命が興り、人類の文明は飛躍的な進歩を遂げ始めました」
はいはい、そこは軍でも何度も聞かされた部分だ。
小生は身を乗り出して聞いていた。
「ですが驚くべきことに、その技術の基礎はほぼたった一人の人間によって見出されました。彼女こそがこのアルビオン王国バレンタイン朝の始祖にして、今日【始祖の剣聖】と呼ばれている女王、マリヤ・バレンタインです」
瞬間、エリス教官が黒板に向かって指を鳴らした。
ブン、という音とともに、何種類かの写真が黒板に表示される。
「いまだに彼女の半生は謎に包まれたままですが、最初の功績は彼女が二十歳頃の時に記録され始めています。その後も彼女は圧倒的な魔剣技とエーテルの操作技術を以て戦場を駆け、遂には数十年に渡る動乱の只中にあったアルビオン王国をほぼ一人で平定、統一してしまいます」
そうか、まぁ、彼女ならそれぐらいのことは出来るだろう。
満足そうに腕を組んで頷く小生を、エステラが不思議そうに見つめている。
「そう、そして彼女が見出した圧倒的なエーテル技術は広く民間にも伝えられ、小国でしかなかったアルビオンは世界で最も早く産業革命を起こした国となります。エーテル技術を見出した賢者、そして統一戦争の英雄というふたつの顔を持つ彼女は、その圧倒的な功績と名声を推され、バレンタイン朝の初代王として推戴されました。これが彼女が三十歳、戴冠式のときの肖像画です」
パチン、とエリス教官が再び指を鳴らすと、表示されている画像が変化し――。
宝冠と宝剣、そして荘厳な衣装によって飾られた、威厳ある妙齢の女性の肖像画が現れた。
だが――次の瞬間。
あまりにも予想外のものを見せられ、小生は思わず立ち上がった。
「え!? く、クヨウ……!?」
「――この人は、一体誰だ?」
信じられない思いで肖像画を見つめる小生を、同窓の学生たちは仰天して見つめている。
だがそんな視線など気にも留めずに小生は大声を張り上げた。
「教官殿!」
「はっ、はいぃ――?!」
「肖像画、映し出すべき像が間違っておられるようだ。この人はマリヤ・バレンタインではない!!」
「は、はぁ――!?」
エリス教官が素っ頓狂な声を発した。
「い、いや、何を言い出すんですかハチースカ君! 確かに初代の国王陛下はあまり肖像画を描かれることを望まなかったと言われていますが、流石に描かれているのが別人だなんてそんな……!」
「いいや違う! マリヤは美しい金髪の乙女であった! この人は黒髪ではないか!!」
その一言に、エリス教官がますます意味不明だと言うように顔をひん曲げた。
「それだけではない! 目つき、顔つき、雰囲気……全てがマリヤとは全く違っておる! こんな人、小生は知らぬぞ! 誰なのだ、この人は!?」
「や、やめなさいクヨウ! それ以上言ったらアルビオン王家に対する不敬よ!」
不敬。エステラのその一言に僅かばかりの自制心を呼び起こされ、小生は言葉に詰まった。
「あ、いや――す、すまぬ教官殿。小生の勘違いであったかも知れぬ。講義を続けてくだされ」
そうは言ったが、一体何が「勘違い」であるというのか。
小生の記憶に全くない人物。この人が【始祖の剣聖】、あのマリヤ・バレンタインであるなら――小生は一体何を見せられ、何を体験したというのか。
「く、クヨウ――」
「何だ」
思わず、かなり不機嫌な声が出て、思わずエステラを睨んでしまった。
その目と声に少し怯えたエステラが、それでも意を決したように問うてきた。
「クヨウ、あなた【始祖の剣聖】のことを知ってるの?」
「何故そう思う。数百年前のとうの昔に死んだ人間だぞ」
「だって――さっきからあなた、まるで彼女を知ってる人のように言ってるし。あなたは一体何者なの? なんで個人的に【始祖の剣聖】のことを知ってるの?」
「何も――小生のくだらない妄想だ。そうであったのかなと思っているだけだ」
小生は追求を振り切るように言い切り、後は無言で講義を聞いたが、頭には入ってこなかった。
マリヤ――マリヤ・バレンタイン。
我が師最愛の弟子にして、我が姉弟子。
その人は――一体どこに消えてしまったのか。
小生の記憶が間違っているのか、それとも何か理由があるのか。
あの黒髪の人物はマリヤの影武者か何か――そう考えるのが自然なことなのか。
それとも、王となったマリヤが師と同じように、その名や姿を後世に伝えることを拒んだのか。
或いはマリヤは志半ばで戦場に斃れ――あの黒髪の人物がその名を継いだのか。
わからぬ。
わけがわからぬ。
一体何がどうして、こんなことになっているのだ――?
◆
個人的に、結構読まれてて驚いております。
まだまだ道半ばですが今後もお付き合いを願います。
「面白かった」
「続きが気になる」
「いや面白いと思うよコレ」
そう思っていただけましたら、
何卒下の方の『★』でご供養ください。
よろしくお願いいたします。
【VS】
もしよければこちらの連載作品もよろしく。完結間近のラブコメです。
↓
『俺が暴漢から助けたロシアン美少女、どうやら俺の宿敵らしいです ~俺とエレーナさんの第二次日露戦争ラブコメ~』
https://kakuyomu.jp/works/16817330667711247384
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