第6話 初めてのダンジョン飯
しばらく進んでいると、ふわふわといい匂いが漂ってきた。
私とライムスは釣られるように歩く。
するとその先には円形に開けた草原が広がっていた。
ずっと連なっていた高木も広場を避けるように横に広がって、気持ちの良い日差しが降り注ぐ。
やっとのことで日陰から解放されて、自然と伸びをしちゃう。
ライムスも同じ気分みたいで、ぐにぃ~と伸びていた。
見たところ、この広場は休憩スペースみたいだね。
ダンジョンには、野良モンスターが立ち寄れないエリアがあって、探索者はそこを休憩スペースって呼んでいるよ。
休憩スペースでは数組の探索者パーティがバーベキューコンロを囲んでいて、白煙がモクモクと上っていた。
「ライムス、私たちもここでお昼にしようか」
『きゅぴぴぃっ!』
今日のお昼ご飯は、私はお握りが二つ。
鮭とかつおぶしだよ。
ライムスの分はチョコレートパンを買ってきた。
ゴミ掃除でお腹いっぱいになるかな? って思ったけど、ライムスはまだまだいっぱい食べる気でいるよ。
ライムスは私を見上げてぷるぷると揺れている。
これはまだまだ食べられるよっていうアピール。
必死にぷるぷるしてるのを見ると、思わず笑いそうになっちゃうね。
「それじゃあ、いただきます!」
『きゅるっぴー!』
たくさんの人がバーベキューをしていて、キャンプ場みたいなところでライムスと一緒にご飯を食べるのは久しぶりだったから、なんだか懐かしい気持ちになった。
「最後にキャンプしたのって私が中学生の頃だったよね。もうあれから8年近くも経つんだ。なんだかあっという間だったなぁ」
『きゅるるぅ~~』
「ふふ、ライムスは本当に美味しそうに食べるよね」
『きゅぴぃ!』
「まだまだ食べられるよって? ライムスは頼もしいなぁ。おかげでダンジョンもきれいになっていくし、私も嬉しいよ。ありがとうね、ライムス」
『きゅぴ~!』
昼食を終えると少しだけ気分が良くなってきたので、私たちは三十分だけお昼寝することにした。
私はリュックサックの中からシートを取り出して、ピンを刺して固定した。
仰向けに寝転がると、お腹のところにライムスが乗っかってきた。
「お昼寝が終わったらまた掃除がんばろうね」
『きゅぅ~……』
ライムスが寝付くまでナデナデしてあげる。
するとだんだんと私の瞼も降りてきて、気づいたら、私は眠っていた。
ピピピピ……。
アラームの音で目覚めると、同じタイミングでライムスが目を覚ました。
「おはよう、ライムス」
『きゅぴ~~!』
リュックサックの中から水筒を取り出して、水で顔を洗った。それから軽くストレッチをして体を解した。
「よし、お掃除再開だよっ」
と、意気込んだのも束の間。
私とライムスはそこで驚きの光景を目にした。
さっきまでいた探索者のほとんどがいなくなっていて、代わりにそこには大量のゴミが捨てられていた。
私はあまりのショックにくらっと来たけど、なんとか持ち堪えた。
一組だけ残っていた探索者パーティがゴミ拾いをしてくれていて、そのお陰でギリギリ心の平穏を保てた。
それにしても酷い。
いくらダンジョンの中だからって、少し非常識だと思うな。
休憩スペースは他の人だって使うのにさ!
「ライムス、ゴミ掃除手伝うよ」
私のイライラが伝わったのか、ライムスはいつもより力強く返事をした。
「すみません、ゴミ掃除手伝わせてください」
ゴミ拾いをしていた、赤髪ツインテールの女の子に声を掛ける。
女の子はタンクトップにウィンドブレーカーのパンツという出で立ちで、上着は腰に巻き付けていた。
「おっ、手伝ってくれるのかい? いやー助かるよ。アイツらと来たら、ダンジョンの中だからってゴミを捨てていってさ。困ってたんだよ」
「一人でも人手が増えるのは有難いぜ」
糸目のお兄さんがこちらに寄ってきた。
背が高くて筋肉質なお兄さんだ。
ワイルドな見た目で、サバイバルとか得意そう。
「休憩スペースはみんなで使うところだからな。せっかくの美味いメシも、ゴミが落ちてたら不味くなるってなもんだぜ」
「そうですよね! その気持ちすごくよく分かります!」
私は首が捥げるほど頷いた。
そうだよ。
せっかくのバーベキューなのにさ。
ゴミなんて落ちてたら、楽しい時間が台無しじゃんか! 許せないよ!
「よぉーし。ライムス、遠慮はいらないよ! ここに落ちてるゴミ、ぜ~んぶ食べちゃって!」
『きゅぴぴぃっ!!』
ライムスは元気いっぱいに駆け回り、ゴミを食べていった。
「おいおいマジですか。こりゃあ驚きですねぇ。こう見えても僕、モンスターには詳しいんだ。でも、こんなに爆食なスライムは初めて見ましたよ」
糸目のお兄さんの後ろから金髪の青年が姿を現す。
金髪の青年は鉄の鎧を部分的に纏っていた。
全身鎧だと身動きが大変だから、部分鎧は人気があるよ。
ちょっと高いけど、私もいつか買えたらいいな。
「あの子はライムス。私のペットなんです。ライムスはゴミも好物だし、今が一番の食べ盛りだから凄いんですよ」
「ライムスちゃん……。かわいい……」
一番背の低い青髪の女の子がてくてくとやって来た。
右手にはトング、左手にはビニール袋を持っている。ビニール袋の中は既にゴミでいっぱいだった。
「ライムスちゃん……、すごい。私も頑張る……!」
「ふふっ、それじゃあ競争だね!」
「競争……。私、負けない……!」
#
「いやはや参ったな。探索者歴10年、腕っぷしには自信があったんだが。まさかただのスライムに負けるとはな。あんなにすばしっこいスライムは初めて見たぜ!」
糸目のお兄さんはギルという名前で活動するDtuberだという。
元々は攻略動画を配信していたギルさん。
そんなギルさんは気分転換に軽い気持ちでダンジョン飯を配信してみたらしい。
「そしたらあまりの美味さに感動しちまって、そっからはあっという間にダンジョン飯の虜ってなもんよ」
「ダンジョン飯はいいよ~? ただのキャンプと違って、モンスターと戦うスリルがあるからね。戦いで温まったあとの焼肉とビール、これが格別なんだよ!」
赤髪ツインテールの子はミレイちゃん。
青髪の子は双子の妹でユーリちゃん。
二人とも大学一年生で、ダンジョン飯配信は二年目になるんだって。
「遠慮せずにもっと食べてください。ほら、ライムスくんの分もありますよ」
そして金髪の青年がケンジくん、二十五歳。
意外なことにこのパーティのリーダーはケンジくんだった。
『きゅぴっ、きゅるぴぃ~~っ!』
あんなにたくさんのゴミを食べて、ミニ・ワーウルも食べたのに、ライムスはまだまだ余裕があるみたい。
かくいう私もおにぎり二つだけじゃちょっと足りなくて、こうやってお肉をお裾分けしてもらえるのはありがたい。
ギルさんが程よく焼けたお肉と、ピーマンや玉ねぎや椎茸を盛り付けてくれた。
恥ずかしながら、見てるだけでヨダレが出ちゃいそうだよ。
「調味料は、塩に胡椒にタレにとなんでも用意してあるから、好みに合わせて使ってくれて構わないぞ。ケンジも言っていたが遠慮はいらん。みんなの休憩スペースをきれいにしてくれたお礼だからな!」
「みんなで掃除を頑張ったんだから、ご褒美はみんなで食べないとねっ」
そう言ってミレイちゃんがニッコリと笑った。
「私も、頑張った……。私も、いっぱい食べる!」
そしてこれまた意外なことに、一番の大食いはユーリちゃんだった。
私たちは雑談を交えながら、美味しいお肉や野菜を食べた。
お肉は柔らかくて、噛めば噛むほど旨味が口の中に広がっていった。
ピーマンと玉ねぎは焼き加減が完璧で、シャキシャキの食感が楽しい。
椎茸には塩を振って食べた。
とても肉厚でジューシーで、私はあっという間に平らげてしまった。
しばらくすると、ギルさんとケンジくんはお酒も入ってきて、腕立て伏せや腹筋で勝負を始めた。
見た目は細いケンジくんだけど、一生懸命に食いつく姿が必死で、ついつい応援したくなる。
結局はギルさんが勝ったんだけどね。
#
「いやあ、まさかこんなに素敵な出会いがあるなんて思いませんでした。とても楽しかったです」
私たちはお互いに連絡先を交換した。
そして、また一緒にダンジョン飯をしようねと約束して、解散したのだった。
「ライムス、ダンジョン飯って最高だね!」
『きゅるぅ~~!』
「またやりたいって? そうだね、私もそう思うよ」
初めてのダンジョン飯だったけれど、こんなに幸せな気分になるなんて思わなかったよ。
美味しいダンジョン飯のためにも、もっともっとゴミ掃除を頑張らなくちゃね。
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