第4話恐怖の鬼塚コンビ

※今回は先輩の紹介回です


 チュピくんから「ワクワクしてこねぇーか?」と言われてから三週間経ちました。時間が経っても先輩は天災のように怖く、練習は地獄の苦しみでした。辞めずに続けられたのはまっつんとチュピくんという運命共同体がいてくれたおかげでした。まっつんは父親に部活を辞めると伝えたら一時間怒られたそうです。「先輩は怖いし、親父も怖いし、救いがないよ…」と死んだ顔で言っていました。前門の虎、後門の狼といったところでしょうか。チュピくんはいつも明るく前向きでした。 

 三週間続けると、少林寺拳法部の文化や先輩の特徴が少しずつ掴めてきました。



「おい1年!新しい技覚えたから実験させろよ!」



 少林寺拳法部の先輩たちはドラえもんのジャイアンみたいな理不尽なセリフをよく口にします。基本的に後輩は先輩のおもちゃでした。無茶ぶりやイジリは日常茶飯事です。僕は入部してからいつも先輩に怯えています。

 少林寺拳法部には鉄の掟(ルール)が二つあります。


鉄の掟① 先輩の命令は絶対

鉄の掟② 絶対に鉄の掟①を守る


 簡単に言うと、先輩は神様、後輩は後輩、という明確な上下関係で成り立っているのです。練習前後の雑用などは、全て後輩の仕事です。中高一貫の学校のため、部長は高校生が務めていました。高校三年生は引退するシステムで、高校二年生の先輩が部活動を仕切っていました。

 少林寺拳法では礼儀を重んじます。先輩の話は、『結手(けっしゅ)』という待機姿勢で目を離さずに聞きます。挨拶は雨の日でも、鞄や傘を地面へ置いて挨拶します。少林寺拳法の挨拶は『合掌礼(がっしょうれい)』という顔の前で手を合わせる方法です。挨拶の時に頭を下げない理由は、下げたときに攻撃されることを防ぐためだそうです。

 先輩が近くにいる間は、練習以外でも一切気が抜けませんでした。僕は、いかに先輩のご機嫌を損ねずに過ごせるかにエネルギーを使っていました。

 そんな神様(先輩)たちの中で、要注意の二人組がいました。



「鬼塚(おにづか)コンビだけは絶対に怒らせるなよ・・・」



 一つ上の先輩は口を酸っぱくしてよく言います。部長の鬼嶋(きじま)先輩と副部長の塚原(つかはら)先輩は、『鬼塚コンビ』と呼ばれて恐れられていました。実質、この二人が今の少林寺拳法部の支配者です。

 鬼嶋部長は、身長185cmに広い肩幅、剃り込みの入った坊主頭、鋭い眼光、とても”カタギ”に見えない風貌でした。「人を殺している」、「他校のヤンキーと十対一で闘って全員病院送りにした」、「ヤクザにスカウトされている」などなど、様々なうわさを聞きました。うわさ話は大きくなりがちですが、実際に対峙するととんでもない緊張感でした。

 対照的に、副部長の塚原先輩はイケメンでオシャレなモテ男でした。体格的には、細身の長身ですが、脱ぐと見事なシックスパックの腹筋を持つ細マッチョでした。制服を着ていると武道家には見えず、いつもブルガリの香水をつけているのでいい匂いがしました。

 登下校などで見かけると、必ずと言っていいほど女の子を連れています。三人同時だったり、他校の制服の女の子と歩いていたこともありました。

 そんな、キャラクターが異なる二人ですが、共通の目的がありました。



「今年は頂点(てっぺん)とるから!」



 それは、本気で全国制覇を目指していることです。昨年、高校一年生にしてインターハイ三位を受賞した怪物コンビで、今年は一位になると豪語していました。高校二年生は六人いましたが、全員が大会で結果を残していたので黄金世代と呼ばれていました。

 そして、もう一つ鬼塚コンビには悪い共通点がありました。



「今日はどのおもちゃ(後輩)で遊ぼうかな~」



 それは後輩をおもちゃにして遊ぶのが大好きなことです。新しい技を覚えたり、漫画で見た技を真似したがります。『仏骨(ぶっこつ)』という喉を潰す技を覚えたときは大変でした。何度も実験台にされ、呼吸ができずに殺されるのではないかと思いました。

 他にも、無茶ぶりやイタズラをして、後輩が困っている姿を見るのが大好きでした。



「戸愚呂兄弟やって!」



 僕へのイジリでお気に入りだったのは、チュピくんの肩に僕を乗せる『戸愚呂兄弟』というネタでした。漫画『幽遊白書』が元ネタで、落ちたらケガしそうで怖かったです。

 チュピくんは、タクシーと呼ばれる先輩をおんぶして運ぶことをよくさせられていました。こんなイジリはかなりマシな方で、まっつんは股間にキンカンを塗られて悶絶したことがあります。まっつんが悶絶する姿をみて、「次は僕の番では…」と隣でガタガタ震えていました。他にも、女子部室の周りを「左、左、左、右!」と声を出しながら三周させられたこともありました。

 数えるとキリがありません。僕はなるべくターゲットにならないように、積極的に雑用をして鬼塚コンビから逃げるように過ごしていました。



「どうして高校一年の先輩がいないか知っているか?鬼塚コンビに"オシャカ"にされたらしいぞ・・・」



 うわさによると、高校一年生の先輩は、鬼塚コンビに怯えて全員辞めたそうです。そのため、黄金世代の下は、中学三年生の女子の先輩でした。

 一つ上の先輩たちも、昨年はさんざんおもちゃにされたそうです。特に、上野(うえの)先輩という人は、裸で少林寺拳法の型の一つ『天地拳(てんちけん)』をさせられたそうです。

 ちなみに、この上野先輩もチュピくんとは違うベクトルで少し変わっている人でした。



「お前ら"本気"って書いてなんて読むかわかるか?」



 練習前の準備が遅いことで、上野先輩に呼び出され、神妙な面持ちで突然質問されました。質問の意図が全く読めず、正直に「すみません、存じません」と答えました。



「"マジ"って読むんだぜ!」



そういうと親指を立てました。僕とまっつんは何の話をしているのか、一ミリも理解できませんでした。チュピくんだけは、「はいッッ!!」と大きく返事をしていました。どこに共感できたのでしょうか。

 一年生は、陰で『全裸天地拳の上野先輩』という通り名で呼んでいました。厳しい部活を辞めずに生き残っている先輩たちは、一癖ある人ばかりでした。



「でも、鬼塚コンビはカッコいいよな!」



 鬼塚コンビは恐ろしい存在であり、同時に憧れでもありました。ハードな練習でも後輩の前で疲れた素振りを一切見せません。強さを自慢せず、大会で実績を出し、背中で語ります。

 なんといっても、演武がカッコいいのです。少林寺拳法は護身術なので、大会では空手のように直接闘いません。練習してきた演武(型)を披露し、審査員が評価して順位を決めます。

 鬼塚コンビの演武は芸術でした。「演武が終わらずに、ずっと見ていられたらいいのに」と思ってしまうほどでした。



「塚原副部長みたいにイケてる男になりたい!」



 まっつんはモテ男の塚原副部長を目標にしていました。僕は強さの象徴のような鬼嶋部長に憧れています。後輩によって憧れる先輩は分かれていました。チュピくんにも、どちらを推しているか聞いたことがあります。



「俺はやっぱ、上野先輩だな!」



 鬼塚コンビのどちらかを聞いていたのに、予想外な回答が返ってきました。選んだ理由は、上野先輩の『本気と書いてマジ』の話が心に響いたからだそうです。僕には全くわからない世界ですが、あの二人には何か通じるものがあるのかもしれません。



「鬼塚コンビを超える伝説を俺が作る!」



 チュピくんにはすでに成功している自分の姿がリアルに思い描けているようでした。将来彼が先輩になったとき、どのように語られるのでしょうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る