第二十七話『バトンパスは姿勢とタイミング』

リレーの代表に選ばれた次の日の放課後。

その練習のためにグラウンドに足を運んでいた。



今日はずっと曇ってるな。

天気予報によれば明日からしばらく雨と。


体育祭本番は雨が降らないって言ってたけど流石にそれまでの期間は別の話か。

これはあんまり練習できそうにないな。


「おお橘、こっちこっち」

「山口だけ?」

「まだ俺とお前だけだ」


結構のんびり来たつもりだったが、意外と優等生だったか。


「これから何回ぐらい練習することになる?」

「うーん、といってもみんな部活あるからな。天気もあるし出来てあと数回ぐらいだと思うな」

「そんなものか」


所詮は体育祭だしそこまで時間は割けないよな。




山口と軽く話しているとそう間が空くことなく他の五人が集まった。


「よし、集まったな。今回の体育祭はこの七人でリレーを走ることになる。みんなよろしくな」


知らない人しかいないな。


「この内陸上部は四人だ。他の組も大体同じぐらいだが、短距離勢は俺含めて三人いるからこっちが有利だと思う。陸上部じゃない奴も速いしな」

「……ん?」


山口が何か見てくる。

他の人からの視線も集まって居心地悪いんだが。


「お前がその筆頭だからな」

「ああ」

「へぇ。えーと、悪いけど名前なんて言うんだ?」

「橘真人、よろしく。まあソッチらからしたら大したことないだろうけど」


話の流れでタイムを聞かれたので答えると山口同様に驚かれる。

しまった、平均タイム調べておくんだった。

全然ピンとこない。


その後みんなのタイムを聞いてみると、確かにオレのタイムは短距離専門の三人に引けを取らないものだった。


「ま、そういうわけで速い奴が集まってるから勝てると思ってる。でもバトンミスしたらそうもいかないからな。そこは練習しよう」

「でもトラックは空かないよな」

「大体どっちかの陸上部が使ってるからな。まあバトン練習ならトラック走らなくてもいいだろ」


そういえば女子陸上部もあったか。

休日でもない限りトラックが丸々空いていることはなさそうだな。


「ちなみに他のクラスには短距離の女子いたから、多分出てくると思うぞ」

「ほー」


中学の時も男子よりも速い陸上部の女子いたもんな。

オレよりも速い女子がゴロゴロいるんだろうか。

簡単には抜かれたくないもんだ。



◇◇◇◇



そこからバトンパスの練習になるかと思われたが、まずは一回競争してみようということに。



100mを競った結果、短距離陸上部三人の後の順位となった。


100mでも走りきれたな。

でもやっぱり普段から短距離やってる人は速いしなんかコツを知ってる感じだ。


「橘本当に速いんだな! 危うく負けるかと思ったわ」

「もう少しで短距離の面目丸つぶれになるところだった……」

「50m早くても100mとかになるとそこまでってやつもいるんだけど、橘はそうじゃないんだ」


まあ何とかはなったけど、オレの場合は50mの方が速そうな気がするな。


「橘って何部なんだ?」

「帰宅部」


ここは中学とは違って帰宅部の選択が取れるのは楽だよな。

先生としては勉強を優先してほしいのかね。


「マジかよなんで陸上部入ってないんだよ!」

「中学の時は?」

「バスケ部だった」

「バスケか、だから短距離速いんだ」

「どうなんだろう……?」


確かにバスケは何回もコートを行き来することになるけど、短距離の速さというよりは瞬発力の方が大事だし。

50m走なら関係するんだろうか。


「でも今はバスケ部ですらないんだろ? なんか理由でもあったり?」

「事情があるとか言ってたけど、聞かない方がいいのか?」

「いや、そんなことはない」


別に隠すようなものでもないしな。


「オレ長期休暇はがっつりバイトするつもりでね。だから部活で拘束されたくなかったんだ」

「あーまあ部活やってたら夏休みとかも練習だしな」

「流石に長期休暇以外の時だけ部活に参加したいってのは我儘だし。それで部活自体に入らなかった」


運動部だろうが文化部だろうが部活に入ってると好きなタイミングでバイトできなくなるからなぁ。

バイトの妨げになるようなものは少ない方がいい。


「長期休暇だけ? ここって長期休暇以外はバイト禁止だっけ」

「そうそう。そもそも高校生で日ごろからバイトできるところの方が少ないだろ」

「まあ部活やってる身からすれば、バイトなんて引退したらやろうかなって感じだし。今できてもどうしようもないかな」


彼らが話してる通り、長期休暇以外はバイト禁止なんだよな。

まあ……禁止されてるからってやらないわけじゃないんだけど。


「なんでそんなにバイトしたいんだ? 欲しいものでもあるのかよ」

「欲しいもの……まあそんな感じ。どっちにしてもお金はたくさんあった方がいいし」

「そりゃあそっか」


部活に入る気がないオレの様子に残念がってた陸上部組だったが、気を取り直してバトン練習を行うことになった。


中学の時のリレー経験があるからそれなりにうまくできているつもりだったんだが、陸上部からすれば改善点はあるらしい。

迷惑かけるわけにはいかないし、少しぐらいは改善しないとだな。





〇▲□★





あれから数日過ぎたがリレーの練習は顔合わせを除くと一回しかできておらず、あと二、三回できるかなといった程度。

今日も練習はなく、孝平と下校中である。


「別にみんないなくてもいいんじゃないの? 例えば真人の次を走る人と練習するとか」

「確かにそうではあるんだが、走る順番がまだちゃんと決まってないんだよな」

「あーそうなんだ」


別に順番が違っても意味がないってことはないんだろうが……やっぱりそこで練習してもって気がしてしまう。


「何もしてないってわけではないんでしょ?」

「まあな。練習できないなら知識つけるかと思って本読んでる」

「おー流石真人」

「今日の昼休みに図書室で読んだんだが、バトンパスのコツとか意識すべき点とか書いてあったぞ」


タイミングはもちろんだが、受け渡される側の姿勢とかどれぐらいの距離で渡したほうがいいとか色々あるらしい。


「へー」


相槌こそ打ってくれたものの、孝平の反応は少し興味なさげだ。


まあ運動しない孝平からすれば知っても知らなくてもどうでもいいよな。

クラスメイトとか相手ならもうちょっと取り繕うんだろうが、オレ相手にそんな気を使わなくていいし。



話が止まるといつものように孝平が別の話題に切り替えた。


「そういえば、前に佐倉さんに真人がリレーの代表に選ばれたって話をしたんだけどさ。……ぷふっ」

「おう。……なんで笑ってんだ?」

「ふぅ、ああいや、思い出し笑い。佐倉さんに真人がリレーの代表選ばれたんだよすごいでしょって話したら、その後に佐倉さんの親友さんも代表に選ばれたって返ってきたんだよね。面白くない?」

「は、はー向こうの親友さんとやらも。そりゃあすごい偶然だな」


アイツ文武両道ってマジかよ。


才色兼備って言葉がここまで似合う人物がいるとはな……

アイツが完璧にこだわろうとしてたのもなんとなく理解できるわ。


「だよね! 互いの親友どっちも足速いんだって盛り上がってね。まさかそんな意外な共通点があるなんて思ってなかったよ。真人ってば向こうの親友さんと気があったりするんじゃない?」

「え、い、いやー。どうだろうな」


思わず顔が引きつる。


アイツの存在出すだけに飽き足らず気が合うかとは、随分突っ込んでくれるな孝平よ。

マジでオレがソイツと面識あること知らないんだよな?


まあアイツの性質上、気が合うことは絶対ないんだけどな。


「まあ俺もそんなに知らないんだけどね」

「じゃあどうしようもないな」

「だね」


アイツ関連の話題はそれで終了した。



しかし、アイツもリレー代表か。

そういえば仲直りの経緯聞いてる時に中学は陸上部やってたとか聞いた気がする。

短距離型だったんだな。


ふと、全校生徒の前で走るアイツの姿を想像する。


花形競技に参加する数少ない女子でしかもとびっきりの美人。

さぞ目立つだろうな。

今までがどうだったか知らんが、広くに知れ渡ることになりそうだ。


それをきっかけに高校でもトラブルに巻き込まれなければいいが……

アイツの男嫌い度が上がってしまったらそのまま孝平への逆風になるからな。



何もないことを祈るばかりだ。





〇▲□★





本日は三回目のリレー練習日。

二回目でお互いの性質を見定めて順番を決めるとのことだったが――


「はぁ!? オレが第六走るの?」

「おう、それがいいかなって思ったわ」


――アンカーにラストパスする順番に割り当てられることになった。


「オレが山口にパス……なんか他のところよりもプレッシャーを感じる」

「大丈夫って。かなりバトンパス良くなってたし、あと何回か練習すればもう完璧」

「素直に受け取れない……」


指摘されてた身としては力不足に感じるんだけどなぁ。


「他の陸上部の方がいいんじゃ? 慣れてるだろうし練習する機会も多そうだし」

「それは思ったけど、短距離の二人には第一、第二でリードとってほしいなって思って。やっぱりずっとイン取れてたらそれだけ速いじゃん?」

「それはまあ」


スタートダッシュも陸上部の方が慣れてるし最初を任せるのは当然か。


「どうせどこも重要だから変わらんよ。中盤だろうがバトン落としちゃったらもうきついし」

「そうそう。バトンパスの難易度なんてどこも変わらないよ」

「橘自信持てって」


他の人達の言葉を受けて考え方を変える。


確かに変に気負う必要はないか。

どこだろうがミスしないようにするだけだな。


「そっか、ありがとう」

「まあ橘がどれだけうまく渡せるかで、一番速い山口が力が発揮できるか変わってくるけど」

「……」


おい、あげて落とすな。



その後三回目、四回目とリレーの練習を重ねていき、その順番において少しずつバトンパス周りの練度をあげていった。




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