第二十二話『報告と変化』

家に帰ると、泣きはらして赤くなった目を両親に見られてものすごく心配された。

その際の慌てっぷりは凄まじく、テーブルがひっくり返ったように見えたほど。

まあテーブル上の料理は無事だったから気のせいだろうけど。


でも舞宵の家でご飯を食べてきたこと、プレゼントを抱えてることから仲直りできたと察してくれてたようで、二人とも何も聞かずに良かったねとだけ言ってくれた。


あの慌て様からいきなりキリッとされてもカッコよくは映らなかったけどね。



◇◇◇◇



お風呂に入り、色々やって落ち着いたところでベッドに腰掛ける。

舞宵からもらったぬいぐるみを抱きながらメッセージを送る。


『報告をしたいのだけど、今いいかしら?』


今回はすぐに返信が来なかったため待つ。

やっぱり今日のはたまたまだったんだ。




『ああ、いつでもいいよ』


ようやく返ってきた。

メッセージだと量が多いので電話をかける。


少し時間をあけて通話が繋がった。


「もしもし?」

『あーもしもし? すまん、電話かけてくるとは思わなかった』


あいつの電話から人の話し声などの雑音が聞こえてくる。


「……外にいるの? こんな時間なのに」

『ああ、用事があってな』

「ふーん、明日にした方がいいかしら?」

『いや、大丈夫だ。ただちょっと静かなところに移動するから待ってくれ』


あいつから再度声がかかるのを待つことにする。


まったく、こんな遅くまで外にいる用事って何よ。


……バイトとか?

でも高校生ってバイト禁止だと思ってたんだけど。

あいつのところはそうでもないのかしら。




『お待たせ。ここならうるさくないと思うが、問題なさそうか?』

「ええ、大丈夫よ」

『よかった、なら報告頼むわ』

「ええ。それで舞宵と話した結果なんだけど、無事仲直りして親友になることができたわ」

『おお! よかったな!』

「……」


いやーよかったなとひたすら喜んでいる声が聞こえてきて面食らう。

正直、もっと淡白な反応が返ってくると思っていた。


「一応、あんたは話の流れを知る権利があると思うから話しておくわ」

『え? ああ、それも話してくれるのか。わかった、聞くよ』

「まず舞宵の家に行って――」



そこからあいつに舞宵の家でのことを大まかに伝えた。



「――みたいな流れで仲直りすることができたわ」

『へぇ、結構ぶっちゃけたな。でも佐倉さん何も変わらなかったろ?』

「……ええ、悔しいけど全部あんたの言うとおりだったわ」

『……フフン、オレの親友観は間違ってなかっただろ?』

「遺憾だけどね」

『おい、うまくいったんだから認めろよ』

「認めてるじゃない。気に食わないだけで」

『そ、そうか……』

「ふん」


困惑の感情が電話口から伝わってくるが、訂正したりはしない。

心読まれてるのかってぐらいの精度だったもの、気持ち悪く思うのも当然でしょ。


「……ええと、その」


まあもうそれはいい。

報告を終えたのだから、こいつには言わなければいけないことがある。

今まで、私はこいつに対して色々やってきてしまったから。


……でも、なかなか口に出せない。



『どうしたよ』

「え、えと――そ、そういえば! あんた本当に何も知らなかったんでしょうね?」


結局言い出せず、つい違う話をしてしまう。


『ん? 何のことだ?』

「プレゼントのことよ。今日の最後に舞宵が私にプレゼントしてくれたの。あの日買ったやつだったわ」

『おーやっぱそうだったのか。いや、マジで知らなかったよ。でももしかしたらその可能性があるかなって』

「にしては自信ありげだったけど」

『そうだったらいいなって思っただけだ』

「くっ、得意げそうな表情してるのが目に浮かぶわ……」

『おう、今めっちゃドヤ顔してるぞ』

「くぅぅ」


ぬいぐるみを抱く力を強める。


ムカつく!

こいつが気づけて私に気づけなかったのがすごいムカつく!

でも全部こいつの言うとおりだったから何も否定できないのがもっとムカつく。


……違う、こんな文句を言いたいわけじゃないのよ。


もっと他に言いたいことが――



『佐倉さんと仲直りしたことだし、じゃあこれで契約関係は解消かね』

「――え?」



音になったかも怪しい、気の抜けた声が漏れた。

何故そんな反応が出たのか自分でもわからなかった。


『まだ孝平のことを認めていないのは残念だが』


困惑しつつもなんとか言葉を返す。


「と、当然よ、まだ藤本孝平のことを信じられていないんだから」

『だがこれからは佐倉さんからちゃんと話聞けるだろ? いちいち探らなくてよくなったし、佐倉さんが嫌がってたら止めるし嫌がってなかったら止めないってことでいいと思うが』

「ま、まあそれはそうね……」

『だろ?』


確かに、私の考えを知った舞宵は今までよりかは藤本孝平のことを注意しながら接するだろうし、別にこいつがいなくても一人で尾行して、何かあれば間に入ればいい。

わざわざこいつと一緒に行動し、いちいち藤本孝平のことを聞かなくても問題ない、わよね。


……


「ダメよ」

『は?』


私の返答に本気で戸惑っているであろう声が聞こえてきた。


「何勝手に契約解消しようとしてるのよ、依頼主は私であんたは請負人よ? 請負人から契約関係を破棄するなんて許されるわけないでしょ」

『いやまあそうだが、オレといるの不快なんだろ? 無理しなくても……」

「物事を判断するための情報は多い方がいいわ。私一人で判断した結果間違っていて、舞宵から嫌われたらどうしてくれるつもり?」

『んーそれは確かに』

「舞宵のためならどんなことでもするって言ったはずよ」


そうよ、私の判断が正しいわけではないことは今回のでよく思い知ったじゃない。

少しでもまた舞宵からの心象を悪くしないためにも、こいつの存在は許容しないといけないわ。


それに、今ここで関係を解消したらこいつから受けたはずかしめやイライラを晴らすことができないじゃない!

それこそ認められない。


「やることは今までと一切変わらないわ。今後もあの二人が遊びに行くときは一緒に監視して、藤本孝平の行動についてあんたが説明するの。いいわね?」

『へいへい……』

「ふん。とりあえず報告はこんな感じよ」


そこで今回の話題を切った。



本番はこれから、こいつにはまだ言いたいことが――


『そうか、こんなに詳しく話してくれるなんて思っていなかった。おかげでモヤモヤすることはなさそうだ、ありがとうな』

「……なんで、先に言うのよ」


ぬいぐるみを抱く力がより強くなる。


『はい?』

「なんでさっきから言うタイミングを計っている私を差し置いてさらっと先に言うのって言ったの!」

『え、えーと?』


こいつのおかげで舞宵と仲直りするきっかけを作ることが出来た。

本音をぶつけるべきということを知れた。

今日舞宵に謝ることができた。


こいつには大きすぎる感謝があるはずなのになかなかそれを言えなくて。

でもこいつは簡単に私が伝えられずにいた言葉を口にして。


本当に――ムカつく。


「……あんたがいなければ私はずっと舞宵の行動を否定するだけだったわ。あんたがいなければ今日舞宵と仲直りなんて絶対できなかったし、なんなら舞宵ともう仲良くできなかったかもしれない。あんたは恩人よ」

『あーオレはそんなつもりじゃなかったから別に「だから!」お、おう』

「…………ありがとう。本当にありがとう。あんたにはとても、感謝しているわ」


やっとの思いでそれを発したものの、何も反応がない。


聞いてるのかと問うと、電話口から笑い声が聞こえてきた。


「な、なによ」

『いやぁ……ククッ。アンタ、お礼言えるんだなって』

「ちょっとそれどういう意味よ! 私がお礼も言えない女とでも思ってたわけ?」

『プクク……い、いや、そんなことは、クク』

「笑ってんじゃないわよ!」


もう~!!!


ぬいぐるみを抱く力がさらに強まる。


『ハハハ! はぁ、おもしろー。マジな話、アンタから初めてお礼言われたからな?』

「うっ……確かに言った記憶はない、かも」

『そーだろー。何回か会ってんのに一度も聞いたことなかったのを今急に言われたんだ。そりゃあ面白いだろ、ハハハッ』

「むぐぐ……!」


私には唸り声をあげることしかできない。


――そういえば、こいつがこんな笑い声あげるのも初めてかも。


『どういたしまして。でもそのきっかけをものにしたのはアンタだ。お疲れさん』

「なによ、かっこつけちゃって」

『男はいつでもかっこつけたい生物なんだよ』

「キモ、何言ってんだか。……あと、一昨日のビンタのこと謝れてなかった。ごめんなさい」

『あーそれに関しては謝らなくていい。明らかにオレの言葉が悪かったしな』

「でも『いいんだって、たかがビンタぐらいで目くじら立てねーよ』……それでもごめんなさい」

『はいはい』

「……ふぅ」


ようやく、言いたいことを言うことが出来た。

その達成感に思わず息が漏れる。


『その様子だと、今のが言うタイミングを計ってたってのか。もっとフランクに言ってくれても良かったんだぞ?』

「ぐっ、軽薄なあんたと一緒にしないでくれる? 私はちゃんと思いを込めて言ってるの。そんな簡単に軽々しく言えないわよ」

『ふーん? そんなに重い思いを伝えてくれたのか。そりゃあこっちも感謝しないとだ。ありがとうな』

「っ~~~!!! もういい! これで話は終わりよ! 切るからね!」

『おう、おやすみ』

「おやすみ!」


通話終了のボタンを連打し、ベッドに倒れこんだ。


全く、あいつと話してるとペースが乱される。

こんなの舞宵相手にも感じたことないし、胸糞悪い今までの男達にも感じたことがなかった。

こんな私誰にも見せたことないのに。


ほんと、ムカつく。



……



『あんた、橘真人って言ったわよね』

『おう、それがどうした』

『何でもないわ、確認しただけ』

『(男の子が敬礼しているポーズのスタンプ)』


――橘、か。




+====→




電話が切れたのを確認して画面を切る。


ふぅ、まさか電話で話すことになるとは思わなかったな。

なんだかんだ一時間。

孝平以外でこんなに話すのは初めてかも。


にしてもアイツの行動力はすごい。

いくら一昨日オレがキレたとは言え、その二日後にもう行動に移すなんて。

オレにはそんなことできないわ。


携帯が震える。



……?


俺の名前を確認して何がしたかったんだ?

ま、まあいいか。



お礼と謝罪を言ってくれたし、佐倉さんのことが解決して心に余裕が出たってことなのかね。

ってことは今後のアイツが本来の姿ってことになるのか?


まあ孝平が好きになった佐倉さんの親友なんだ、アイツもきっと根は良い人なんだろう。

できれば早めに孝平のことを認めてほしいものだが……過去の経験ってのはやっぱ根強いよな。

少しずつ孝平が過去に出会った男とは違うと理解していってほしいものだ。


さて、と。

じゃあ建物に戻ろうか。


「――あ、もう営業時間過ぎてる」


そりゃあ一時間も話してたらそんな時間になるか。

荷物持ってきておいてよかった。



夜道を歩きながら空を見上げる。


別にオレが仲直りしたとかではないが、なぜか気分はすがすがしく夜空もいつもより綺麗に見えた。




――――――――――――

おまけ


頑張れクマ君


「えっと……こ、これ、仲直りの印」

「(どうも、クマ君ですわ。うっひょ、美人な嬢ちゃんやで)」


「グスッ……流石にもう、見られたくないわ」

「(背中冷た!? まあ美人の涙と思えば)」


お風呂上り

「(ええ匂いやなぁ。ほんま役得ですわ)」



抱きしめレベル1

「くぅぅ」

「(む、情熱的なハグやなぁ。まあ密着度上がるからええんやけど)」


抱きしめレベル2

「……なんで、先に言うのよ」

「(ちょ、ちょっと痛いんやけど。いくら嬢ちゃんでもこれは流石に。もうちょっと優しく扱ってや)」


抱きしめレベル3

「笑ってんじゃないわよ!」

「(ぎ、ギブ! ギブです、ほんま堪忍して! 中身出ちゃうから!)」


「(た、助けて~!)」



作者より


これにて話が一区切りしました。

今回の咲希と舞宵が仲直りするまでが第一部というべき部分となります。


今後は真人や咲希の学校生活模様を挟みつつ、それぞれがどのように交わっていくかという話になっていきます。

ここまで読んでくださっている方、本当にありがとうございます。

もう少し毎日更新を続けますので、ぜひ読んでいただけたらと思います。


また、評価や感想などを頂けると作者としてはとても嬉しいので、良ければ皆様の声を聞かせていただけたらと思います。

今後ともよろしくお願いします。

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