アタシの子分が距離感近すぎて討伐に集中できない

三日月ノ戯レ

その壱っ! おいっ!子分!離れろってば!

「なぁ・・・アンタ、なんであやかしに捕まってるの?」

「うーん、だってさ、こんな所に女の子の怪がいるなんて思わなかったんだよね」

「アンタ・・・『あ〜絶対に弱そうで可哀想な女の子がいる〜!大丈夫だよ、僕が守ってあげるからね〜!』とかなんとか変なこと考えてまんまと怪の罠に引っかかったんでしょ?」


 アタシの子分、蛇の蠱毒『蛇蠱だこ』はなぜか私に手を振りながら怪『紅蜘蛛べにぐも』の巣に絡まれて動けなくなっていた。


 いや、顔と右手以外は、だ!


「あのさぁ・・・どうして片手だけ自由に動くのよ?その状態でニコニコ笑っていられるのよ??!どうせなら全身絡め取られてなさいよ不自然でしょ!!」

「でも、顔が出てるおかげで童を呼ぶことができたんだから良いじゃない?」


 あ、ダメだ、コイツわかってない

アタシを呼び寄せる罠だってどうして気がつかないかなぁ。

 ま、おかげで探す手間が省けたのは確かなんだけど。


 紅蜘蛛、人に擬態するタチの悪い怪。

町外れの街道に女の姿で夜な夜な現れては男(どう考えても下心丸出しの助平な)を攫い、蜘蛛の糸に絡めて喰らうヤバい奴。

 最初は体中の体液をチューチュー吸い取って、次に乾いてガビガビの抜け殻になった体を少しづつ食べるとかいう怪談話の定番みたいな奴。


 討伐の依頼が呪詛師の一座に届いた。

一座の大仕事と二手に分かれることになったんだけど、師匠から

「蛇蠱も修練を済ませて初めての討伐だしふたりでチャチャっと片付けてきて」

って軽く言われた時は流石のアタイも「無理」って言ったのに、


 今、蜘蛛の巣の真ん中で私に満面の笑みを飛ばしてくるコイツが!

「僕、行きます!童とふたりなら問題ありません!」

とか自信満々なこと言うから問答無用でコイツと組まされて・・・


 探索の途中で逸れるわ見つけたらこのザマだわどうすんの?!アタイひとりで戦えっての?この人面蜘蛛と!


 当初の作戦はこうだ。

音も立てずに忍び寄ることが出来る蛇蠱が紅蜘蛛に悟られないように近づいて背後を取る。

私が紅蜘蛛を撹乱している隙に蛇蠱が使役している蛇で紅蜘蛛をひと呑み・・・のはずが、


「そろそろ助けてくれないとなんか意識が遠のいてきてる気がするんだけど・・・」


アタイ達の勝利も遠のいてるわよ!


「さっきからなにイチャイチャしてるところを見せつけてるのよそこの小娘!」


 相手にされてない、というかガン無視されて紅蜘蛛が怒っている。

 勘違いも甚だしい、なにがイチャイチャだ。

アタイは本気で蛇蠱に怒っているのだ。


 昔は怪異に立ちむかむことなんてできなくてアタイの後ろに隠れていた癖に・・・

 少し修練を積んだからって調子にのった結果がこれじゃない!


「ふざけんじゃないわよ!なんでこんな奴とイチャイチャしなきゃいけないのよ!」


「・・・こんな奴って言われると、さすがに堪えるな、童」


は?何言ってんの?何泣きそうな顔でこっち見てるの?タヒぬよ?紅蜘蛛の針が刺さって体液全部吸われるよ?


「ば・・・馬鹿じゃないの?そんなこと気にするより自分の身を守りなさいよ!」


「だって、助けてくれるんでしょ、童?」


 いつもいつもアンタは恥ずかしげもなくそーゆー事を平気な顔をして言ってくるんだけど、お願いだから『優しい春の風のように僕は君の頬を撫でる』みたいな顔でアタイを見ないで!こっちが恥ずかしいから!


「あ゛〜腹が立つ!女は殺して土にでも埋めて腐らせてやろうかと思ってたんだけどやめたわ!お前から毒針の餌食にしてやるよ!」


 紅蜘蛛は急にアタイに狙いを定めて毒針で攻撃してきた。

 はっきり言って分が悪い。アタイの防御は水の障壁、重量は関係なく大概の攻撃は防ぐことができる。

 厄介なのは蜘蛛の毒針みたいに鋭利なもの。

勢いは抑えることができるけど何度も攻撃をされたら間違いなく綻びができてそこから狙い撃ちにされる。

 氷の障壁を身につけておくべきだったな。


 そして紅蜘蛛の毒針が襲ってきた。

脚を伸ばして刺してくるのかと思ったらコイツ、蜘蛛の巣全部から針を飛ばしてくる。縦糸と横糸が交差しているところが全て針の射出口になっている。


 数えきれない毒針が一斉にアタイを狙って穿たれる。弓矢のつるの様に蜘蛛の巣がしなり、毒針は矢のように飛んでくる。


 水の障壁を思い切り厚くしてなんとか持ち堪える。それでもジワリジワリと障壁は削り取られていくつかの綻びから毒針が迫ってきた。


 一本でも刺さったらアタイの負けだな。でもその隙に蛇蠱が紅蜘蛛を絡め取れば・・・


 って、いない!蜘蛛の巣に捕まってたはずの蛇蠱の姿が見えない!

アイツ、どこに行ったの?

そしたら・・・


「童〜ッ!」

 アイツが大きな声で叫ぶ声が聞こえた。

紅蜘蛛が毒針の攻撃でアタイに集中しているせいで蛇を使って糸を噛み切ったか。

逃げれば助かったのに・・・バカだ。


 蛇蠱は毒針が刺さりそうなアタイを庇って

たくさんの毒針を背中に受けてしまった。


「ぐあぁぁぁッ!」


 蛇蠱の背中からシューシューと音を立てて皮膚の焼ける臭いがしてくる。


「蛇蠱!なんで?」

「約束・・・しただろ?」

「え?」

「いつか、君を護れるようになるって」


 なんで、その言葉をアンタが・・・?

それに護る代わりにタヒんじゃったらなんの意味もないじゃない!


「もういいだろ、ふたり仲良く逝っちまいな!」

 紅蜘蛛は障壁を失ったアタイ達に再び毒針を飛ばしてくる。さすがにもう避けようがないな、と思った。

 アタイは力を使いすぎて意識が遠のいていくのがわかった。

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パリン!パリン!


 何かが弾けるような音がした。

蛇蠱の肌が蛇の鱗のような模様に変わる。

背中に刺さっていた針が剥がれるようにポロポロと落ちていく。


「なんだ?お前、蛇の蠱毒なのか?」

「そうだよ」


 背中の傷があっという間に修復されていく。

蛇蠱はアタイの無事を確認して安心したように笑っていた。


「童、ごめんね。僕が先走っちゃったから」

「今更謝ってるんじゃないわよ。アタイは大丈夫だから、とっとと片付けちゃってよ」

「うん、わかった。すぐに戻るから」


 だから顔を撫でるのやめろって!恥ずかしいから!


「ねぇ蜘蛛のお姉さん。もうヒトを傷つけたりしないって約束してくれるなら見逃してあげてもいいんだけど、どうかな?」


「寝言言ってんのかアンタ?あっさり私の糸に絡められた奴が何偉そうな口聞いてるんだよ!」


 紅蜘蛛は怒りで我を忘れてしまったようだ。感情を逆撫でして煽ってるのかな?


 紅蜘蛛は毒針を蛇蠱に目掛けて打ち込もうとした。

ところが次の瞬間、蜘蛛の巣はバラバラになって跡形もなく消え去っていた。


「な?なにがあった?貴様!何やりやがった?!」


 蛇蠱の周りには光るたくさんの蛇がとぐろを巻いていた。


「わからないかな。毒針を撃つ瞬間、君の巣は弓のように大きく伸びるでしょ?その時すごく無防備になるんだよね。そこにこの蛇たちが縦と横に糸の交差するところを狙って攻撃した。僕の秘術『操蛇』ちょっと凄いでしょ?」


 蛇蠱・・・ちょっとじゃないから!アンタ何匹の蛇を一斉に操ってるのよ!十匹二十匹どころじゃない。

何百も一気に使役できるってアンタ、修練でどこまで鍛えてきたのよ!


能力ちからを隠して近づいてきやがったのかよ?!ふざけるな!」

「ふざける?心外だなぁ、僕はいつも本気だよ?お姉さんが改心してくれてさえいればよかったんだけど、やっぱり僕は甘過ぎるのかな?童」


 え?なんでそこでアタイの名前を呼ぶのかな。


「戻れ、『蛇紋様蓬莱丸じゃもんようほうらいまる』!」


 最初に捉えられた時に右手から落とした太刀が飛ぶように蛇蠱の右手に戻ってくる。

太刀を構えた蛇蠱は紅蜘蛛を左手で煽る。


「じゃあお姉さん。僕と遊ぼうか?」


 絶対言葉間違えてるから〜!なんで誘ってるのよタヒね!アタイの事だって遊びに誘ったことないのに!

って、アタイも何に怒ってるのよ訳わかんないんだけど!


「いいね、遊んであげるよキザ野郎!もう一度蜘蛛の糸でお前を切り刻んでやるよ!」


 紅蜘蛛が再び蛇蠱を絡め取ろうと口から糸を吐き出した。

 ところが糸は蛇蠱の目の前で切り刻まれて届かない。

蛇蠱は刀を構えたまま動いていない。いや、見えないほどの速さで糸を切っていたんだ。


「まさか、私の糸が・・・はっ?」


 紅蜘蛛は地面から自分の体を見ていた。

離れている紅蜘蛛の首を斬った?!一瞬で?


「なぜ・・・こんなガキに・・・私が・・・」


 紅蜘蛛は首を斬られたことで力尽きた。

蛇蠱は紅蜘蛛の亡骸に式紙を飾り見送りの儀礼を行う。

アタイも蛇蠱の隣で紅蜘蛛を弔う。

怪とはいえこの世に生を与えられたのだ。誰にも看取られずこの世を去るのは哀れだからね。


 任務を終えてあとは帰るだけなんだけど、傷も治したいし第一疲れてすぐにでも横になりたい。


「だろうと思って宿は押さえてあるから」

さすが我が子分。アタイの考えを先読みしてちゃんとやってくれている。


 と思ったんだけど。


 何これ・・・


部屋の真ん中に布団が敷いてある。

一組!どうすんの?ふたりで寝るの?ひとつの布団で?


「だってみんなと野宿をしてる時はいつも隣で寝ていたじゃないかぁ?だからひとつでいいかなと思って」


「あれは雑魚寝でしょ!男と女がひとつの布団で寝るなんておかしいでしょ!」

「ごめん・・・童が安心するかなって」

 確かにひとり(ぼっち)で寝るのは好きじゃないけど、

「風邪、ひいたら悪いから横で・・・寝ていいよ、今日は!」

「良かった!じゃあ先にお風呂に入ってきなよ」

「そうだね。行ってくるわ」

「僕も後で行くから。混浴だって」


 私の刻が止まった。


「何?」

「うん、混浴。久しぶりだよね、童とお風呂に入るの」

「来なくていい!アタイが出てから来て!」


 そんなこんなでようやく眠りについたアタイ達。

アタイは夜中に目が覚めた。

同じ布団で寝ていると河の郷を思い出す。

小さい頃から両親はこの世にはおらず、村長であるお婆ぁがいつも一緒に寝てくれていた。

 起きている時はいつも近くに寄ってくる蛇蠱なんだけど、少し距離を空けて寝てくれている。

 背中合わせで寝ている蛇蠱の息遣いが聞こえる。

今日はお疲れだったね、ゆっくり休みなよ。

少し蛇蠱の方を向いてみる。

寝返りを打って仰向けで寝ている。

 修練を終えて少し大人になった顔。

眠っている顔はやはり可愛い。

ずっと見ていても飽きない。


それにしてもあの時蛇蠱が口にした言葉、

「いつか、君を護れるようになる」

あれはアタイが一年修練の時に聞いた言葉だよ。

 まさか、あの時の幻ってアンタだったのかい?

「そうだよ・・・」

 そう言って突然蛇蠱がアタイに抱きついてきた!


「童・・・」


何?蛇蠱!起きてる?マジなの?

これは覚悟しなきゃダメなの?

よし!こい!蛇蠱!受け止めてやる!


おい・・・蛇蠱?


「わりゃべぇ・・・いいにょぉいがすりゅぅ〜」

寝ぼけていただけなのか、あっという間に蛇蠱は寝息を立てていた。アタイに抱きついたまま。


 こうしてアタイは悶々とした夜を過ごすことになった。


 これが将来を約束する事になる蛇蠱との初めてのふたりきりの夜のお話だ。消してしまいたい!

----------

少し異なる世界線の二人のお話

其の壱 おわり

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