第9層 おっさんの拗れたケンカは犬も喰わない

 ダンジョン制作2日目。

 今日は新設されたフロアの細部を設計する日だ。


 私は先ほどからトラップ制作ツールの取扱説明書を広げて、うんうん唸っている。


「ここの配線をこっちに接続して……こうかな?」

 ポチ。とトラップが発動するボタンを押してみるのだが、うんともすんとも言わない。


「うーん、ダメかぁ……いったいなにがいけないんだろう……」

 説明書通りに組み立てているつもりなのだが、全然うまくいかず、頭を抱える。


「やっぱり魔巧技師が必要だよなぁ。うう、雇うお金さえあれば……!」


 魔巧技師とは、トラップや魔導ギミックの開発・設置を生業とする専門職である。


 残念ながら、経済的に余裕がないうちの工務店では、必要最低限の人員しか雇用できないため、普段はフリーの技師を一時的に雇っているのだが、今回は時間もお金もないので、今いる所員でなんとかするしかない状況だ。


「せめてケンゾウさんにやり方を教わりたいけど、あっちの方が大変だもんなぁ……」


 今、私がいるのは第2層。ケンゾウは第3層でトラップなどの細部設計作業に当たっている。


 内部設計に割り当てられた日が今日しかないため、手分けして作業を進めているのだが、いかんせん私は入社2年目の新人。トラップ設置に関しては素人同然のため、かなり荷が重い。


 嘆いていてもしょうがない。

 私は再び取扱説明書とにらめっこを開始したが、どうしても接続方法がわからない。


 半べそをかき始めていると、

「やあ、アンくん。作業は順調かね?」

 と、後ろから呼びかけられて振り向く。


 そこには工具箱を持った、救世主のごとき骸田所長が立っていた!


「骸田所長! おつかれさまです!」

「うん、おつかれさま。どれどれ……へえ、バネ床のトラップか」


 骸田所長は私が持っていた取扱説明書と作業中の配線を確認すると、「なるほど」と呟いた。


「そこにある宝箱を開けたら作動する仕組みなんだね?」

「そうです。宝箱のフタに仕込んだ連動式のボタンで、このバネ床を起動させたいんですけど、なかなかうまくいかなくって……」

「じゃあ少し見てみようか」


 骸田所長はそういうと、持っていた工具箱を開けていくつかの工具を取り出し、器用に配線を繋ぎ直していく。


「さあ、これでどうだろう。アンくん、宝箱を開けてみてくれ」

「わかりました!」


 言われた通り、宝箱のフタを持ち上げるてみると「カチリ」と何かが押された感触がして、

「ふげぇっ!!」


 床のスプリングが作動し、私は2m前方の床に吹き飛ばされて顔面から着地した!


 め、めちゃくちゃ痛い……


「うまくいったようだね。ふむ、それで吹き飛ばされた先の床にもトラップを仕込む予定なんだね?」


 さすがは所長!

 説明していないのにダンジョンの構造から即座に意図をくみ取れるのは、熟練の職人の為せる技である。


「はい、そうです。 宝箱を開けた冒険者を吹き飛ばして、その先に仕込んだ火炎放射トラップに確定ヒットさせるトラップコンボを考えてました」


 骸田所長は「いいね」と頷くと、

「毒ガスなんかの状態異常トラップは耐性装備で対処されがちだからね。バネ床は古典的なトラップだけど、いまなら逆に新しくてひっかかる冒険者も多いかもしれない」

「我が社の設計士は優秀で嬉しいよ」と、褒めてくれた。


 う、嬉しい……!


 そうなのだ。最近の冒険者は装備の質が上がっていて、毒・麻痺・睡眠などのメジャーな状態異常は対策していることが多い。

 なので今回は装備で対処ができないトラップにしてみたのだ。


 その後、骸田所長は火炎放射トラップも仕込んでくれた。見事な手際の良さに「やっぱり所長はすごいなぁ」と心から感心する。


「所長は設計だけでなく、魔巧技術もお持ちなんですね」


「まあ伊達に長くこの業界にいないからね。アンくんもすぐにできるようになるよ」

 と謙遜して笑ったが、魔巧技師は非常に専門性の高い職種で、正式な技師と名乗るには国家試験を受ける必要がある。骸田所長の技術はたゆまぬ研鑽の賜物なのである。


 私は骸田所長に改めて尊敬の念を抱いたが、同時に、兼ねてから腑に落ちないことがあり、悩んだ末に思い切って聞いてみることにした。


「骸田所長は凄腕の設計士なんですよね? どうして設計には携わらないんですか?」


 そう、骸田マミーと言えば、この業界でも随一の天才設計士である。


 代表作の「オラーフ王のピラミッド」を始め、数々の殿堂入りダンジョンを手掛てきた彼は、その功績を称えられ、この世で3人しかいない「魔王御用達職人」の称号を授与された、本当にすごい人なのだ。


 それなのに近年、骸田所長は現場から離れて設計には一切関わっていない。

 工務店の凋落も、それが一番の原因だと思っている。


「今回は工務店の存亡に関わる重大な案件ですし、骸田所長が設計を務めた方が良いんじゃないかと思うんですけど……」


 やや不謹慎ではあるが、正直、私にとって今回の案件はビッグチャンス。

 正設計士として技術を磨く最高の機会なのだが、やはり骸田所長を差し置いて、新人の私が設計を勤めるのはなにか違う気がする。


 しかし骸田所長はキッパリと、

「いや、私はもう設計士は辞めたんだ。二度と、ダンジョン設計に携わるつもりはない」

 と言い切った。


 どうしてですか? と聞き返そうとした時、

「何をいってもムダだぜ、アン。そいつはもう腑抜けちまってんのさ」

 と背後から声がした。


 振り返ると、そこにはいつの間にか腕組みをしたケンゾウが立っていて、骸田所長を睨みつけている。


「いつまで『あの事件』を引きずってるつもりだ。長く職人やってればそういうこともあんだろ。くだらねぇことでウジウジしやがって」


 ケンゾウの苛立ちを隠せない態度に、骸田所長は軽く溜息をついて立ち上がると、

「くだらなくはないよ、少なくとも私にとってはね。まあお前は情緒の機微がわからない朴念仁だから、理解できないかもしれないが」

 と冷えた声音で言い返した。


 なんだか不穏な雰囲気……


 工務店の古株であるケンゾウは骸田所長と付き合いが長い。

 昔は酒飲み友達として大変仲が良かったそうなのだが、現在は両者の間に溝があるようだ。


 それにしても「あの事件」とは一体なんのことだろう? 入社して日が浅い私にはわからない。


 勢いで聞いてみようか、と考えていると、

「じゃあね、アンくん。後は頼んだよ」

 と感情の読めない声で告げ、骸田所長は立ち去って行った。


 ケンゾウは去っていく所長の背を複雑な感情の入り混じった目で見ながら、「俺の技術はお前の設計を実現するためにあるのによ」とかすれるような小さい声で呟いたのを、私は聞き逃さなかった。


 その後、第3層の細部設計を終わらせたケンゾウと共に、第2層の残りの作業を終わらせた。


 ダンジョン制作2日目、わずかばかりの不協和音を伴いながらも、無事に終了。


 そして事件は3日目に起こるのである……!

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