禄儀の使者からの最初の電報

始まりは一杯のコーヒーから

喫茶店 ソウル

 扉を開けて入った目の前は何もないくらいに真っ白い光景。本当にこの先に彼が言った通りの異世界があるのかと不安になるくらい何もない。


 けれど、その空間をじっくり見ていると、幻覚か?それとも、もう既に到着して、わたしがキュヲラリアに来たときと同様に、徐々に現実が浮かび上がってくるのかか?そう不安に思っていると突然――。


「ねえねえ~お願いだからご飯奢ってくれない?一生お願いだからさ~そうだ最近巷をざわつかせている変な三人組の情報とかどう?」


 聞き覚えもない猫なで声。発声源に視線を向けると、そこにはカフェのカウンターに身を乗り出し、腹がボコッと出ている男性とマゲでも結っているのかと思わせる長髪の男性に、何か説得を試みている様子の幼女?がいた。


「バカいえ、そういって碌でもない情報売りつけてきた奴がよくいう」

「あれはスグ君が変につっかかってややこしいことをしたから、本来の情報と誤差が出て、ウチも大損したんだから、ノーカン!ノーカン!」

「うるせえ」


 少女に呆れてものも言えないという風な顔をする長髪の男マゲ結い男。そこに「スグ君。エンビちゃんが必死こいてお願いをしているんだ。ひとつ力になってあげないか」と優しく手を差し伸べる出腹のおっさん。


「モブさん、そうやって甘くするから、こうやって金をせびりに来るんだ。モブさんはいいかもしれないが、給料天引きされるこっちの身にもなってください」


「ちゃんと給料に反映しているよ」

「してねえよ。この前の給料の中にあったのは働いた分だけだった」

「もう、そんなに意固地な真似をしていると、大切な時間が無くなっちゃうよ」

「お前がゆうな。蝦助えびすけ野郎」

「可哀想に思わないのお姉さんがこんなに困っているのに、シクシク」

「だったら、自力でどうにかしろ『お姉さん』だったら」


 え、マジで。わたしはその幼女、女性の言動とマゲユイ男の返しを聞いて内心、彼女、彼よりも年上なの⁉と、たじろぐほどに驚いた。


 試しにオブジェクトを操作し、観測媒体かんそくデバイスを作動させ、三人の情報を覗き見てみる。


 《海月蝦尾うみづきエンビ》ジョウ・ホーヤ一族の海月家の情報屋。見た目は幼女と見誤る容姿をしているが、御年二四歳。一族自体この世界の平均よりも顔一つ分低い者が多く、特に海月家の人間は体躯は小さい。ジョウ・ホーヤはこの世界マッシェル創世以前から存在していると語られ、その星の核なる存在と共に異世界を駆け巡った伝説はこの世界では有名な話だ。


 高い明晰力のおかげか、なかなか有力な情報が出てきた。マッシェルがこの世界の名前であることと、ジョウ・ホーヤとか記されている星の核クラスの存在と共に冒険できる格の高い存在がいて、彼女がその子孫という事はこの情報から読み取れる。これはわたしの考察だが、一族が小さい理由はおそらく情報を手に入れやすくするため、愛玩っぽさを出しているのだろう。その方が威圧されて黙ることも少ないだろうし、弱く見てベラベラ話しやすそうだし、それに小柄ならばいろんなところにも潜みやすいと思うから――。


「ピンポンピンポン、その通り~」

「え?」


「良い着眼点してるね。誰か解らないけど、人の情報を勝手に覗き込むのは失礼だよ。だけど、うちの情報を抜きとれるとはお主なかなかやるな。その力量に免じていくらかサービスしてやろう~」


 突然、何者?うちってことは、海月蝦尻――「エンビでいいよ」そのエンビちゃんからお叱りか不正アクセスか知らないが、割り込まれたことに面食らう、わたし。


「何?君、初心者?そんなに能力あって?珍しいこともあるんだね。とりあえず、ものを送っておくから確認してね。ウチはいま人生を賭けた交渉中だから――」と、元気よく言って勝手に切って、勝手に何かを送りつけてきた。


 二人の情報とご挨拶?前者はサービス品だと思う。で、後者は『マニュアル情報込み優先』と表示されていて、彼女のサービス精神の痕跡が顕著にみられる。


 開いてみると、そこには『存在も分からない観測者へ。我々のネットワークの末端情報にアクセスするその力量を認め、ある程度の情報を共有する。おそらく他世界からやってきたものであると仮定するが、このように当世界の者から介入される可能性は充分にあることに気を付けながらも、ジョウ・ホーヤネットワークの誇りとサービスとして、あなたに介入できるであろう存在をピックアップしておく――』と長々と表示され、細かい解説がズラッと並ぶ。


 読めるには読めるが整理しろと指定されたらかなり面倒そうだ。向こうもそれが解かっていたのか『長いと感じたら、これが能力が強すぎるデメリットだよ。そうはいっても我々からしたら羨ましいクラスの能力だ。専門が情報処理特化の上位者としての立場だけど』と、釘を刺さしてきながらも情報処理特化(入手とアクセス、整理)の能力がが高いと教え自慢している様子。


 当世界の上位者とはいっても、意外にも可愛いところがあるようだ。


 リストを確認してみると『マッシェル、シュウェル、モノ、クシャ、ホーヤ』と表示されていて注釈には『我々よりも前の者達は下手したら、君のことが見える可能性があるから注意。それ以外の者でも感知や何らかの接触があるかもしれないから様子を見て対応してくれ。観測者に成れるの生者の特権!お仕事頑張ってね!』と、ご丁寧に応援までしてくれた。


 初見でこれほど優しい相手に当たからよかったが、もし相手が悪かったら何をされていたのか。想像しようにも上位者たちが考えることだ、わたしには妄想することも敵わないだろう。気を付けておかねば、と改めて気合を入れ直す。


 仔細は後から閲覧するとして、二人の情報の方を確認する。


 《半田はんだもぶ》通称モブさん。喫茶店ソウルの店主である男。日中は閑散としていて、経営が成り立っているのかと心配になってしまうが、陽が落ちるころにはお酒も提供されるゲーム実況居酒屋として賑やかになる。元々はモブさんが四〇代の時にゲーム配信した結果、実際に集まる実況コミニティーが誕生。それをきっかけに飲み物を提供していったことが発展し、喫茶店を開くまでに成長した。普段は仕事の紹介をしてくれるほどの優しい男ではあるが、怒らせると常連客だろうが太客だろうが店から追い出してしまう割り切りの良さと豪胆さ持つ。ゆえに店の評判も人格としての信頼度も高い。


 要するに『太っ腹な良いおっちゃん』ってことだろう。


 この情報を信用してないわけではないが、とりあえず自分の目でも調べてみようとサーチにかけた瞬間、莫大な情報が羅列して出てきて、本当に良く整理されているんだなと、ホーヤのとこの処理の凄さが身に沁みて分かったから、そっ閉じした。


 続いて、マゲユイ男と呼んでいる男の情報を開く。


 《鮎川あゆかわスグル》通称スグ。今は亡き稲浮イネフの領主の長男。上には年の離れた姉がいて、故郷を失った原因であるヴォイドアウト事件により消息不明となった。彼もまたその被害者ではあるものの、その時の記憶が全くなく。一年前にうちが襲われそうになっている時に助けてくれて、身寄りがないということで喫茶店ソウルの店主に頼み込み、身銭を稼ぐ機会を与え、働いている。その後、身内と名乗る人間が表れて、現在はそこを拠点に生活をしている。性格は冷酷で無慈悲、恩返し相手のうちに対しても平気で酷い態度を取る。まさに醜裸シュラと呼んでも差し支えもない化け物だ。


 多少執筆者の私怨が反映されてるが、大まかにはここに至るまでの経緯、ヴォイドアウト事件や醜裸(シュラ)といったこの世界とっての重大単語が触れられている。そこを深くサーチしようとしたが、〈言語化不可能〉と表示され言葉にならない気怠けだるい感覚が伝ってきて――――これは直接調べていくしかないなと、いくら明晰力があっても分からないものがあることを実感した。


 そして、スグと判明したマゲユイ男にもサーチを入れてみると、流動的に情報が変わっているのか明瞭な情報が得られない。―――これは一体?と疑問が浮かんだ瞬間に媒体デバイスから通知データが送られてきた。


 稀に運命の定まってない存在いる。その場合、読み取れないことが多い、また解読できないことも少なくないから要注意。もっとも、そういった存在を観測することによって特別な顔料データを得ることも可能だ。できるならば、長期に渡る観測をしたい対象だ。と、どうやらチュートリアルとしても最高の人選を引いたらしく、同時に観測する対象として申し分はないと、わたしが確信した瞬間でもあった。


 これはとても面白そう。


こうして、わたしの初の異世界での観測調査が始り、胸をわくわくと躍らせながら、その場にいる者たちの会話に聞き耳を立てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る