旅立ち前の宴

 わたしを認めたからか、彼は「お気に入りの飲み物だ」と、どこからともなく現れたティーポットから色鮮やかな液体を、いつの間に用意したのか分からないティーカップに注いで、無言で「飲めよ」と差し向けてきたから、何か変なものが入ってないか、警戒しつつカップに口を付けた。


 そうすると「なにこれ!美味しすぎる!!」と絶叫のような絶賛の声が出てきてしまって、ミザは「本当、ふざけた味よな。俺も最初飲んだ時はムカつくけど、吐き出せなかったからな」と、したり顔をしながら彼も一口飲む。


 どんな味かと訊かれると、小束にすると陳腐になるほどにシンプルな味で、腹の底から上がって来る香りは芳醇そのもの。実際飲んで存在にしか理解は得られない深みがあり、舌に自信があるわたしでもニンマリとしちゃって、顔の筋肉が自然に蕩けてしまう。クサいことをいえば人生の味ってヤツか――。なんにしろとにかく美味しい。わたしに尻尾があったらずっとフリフリとしている、そんなところの味だ。


 頭の中で語彙力の失った感想を巡らせている間に、カップの中の液体はなくなってしまって、これから話されるであろう彼の長い話を形式的に聞かないといけないと、覚悟しながらも、空になったカップを右往左往してどうすべきか迷う。


「そんなに慌てなくともいい。注げる量は限られているが、俺が話す量的には全然足りる。余計な質問してきたら足りないかもしれないがな」


 ミザは一口また含み、後一口分を残して、その中に先ほどの液体を注ぎ足し、空になったわたしの方にも同じ量になるだけ注いだ。


「最初にここについてだが、第一印象としてはどうだ?」

「とても綺麗で壮観なところだと思います。物が散乱してますが、空間的にはありふれた一部っていう印象があるように感じる。……それが一体?」

「そうか、なら素質があるな。ま、本名を言っちゃうような上位者だ。そのくらいの力量があっても驚かない」

「ん?」

「安心しろ。ちゃんと説明する」


 そういって一口いったあと、机に書かれていたあの文字を指差し「あそこにさっき言った『キュヲラリア』って彫ってある文字があるんだが、あれはこのアカシックレコードの一部でもあるこの空間のこと示している。別に委任情報で刻み込めばいいものをわざわざこの机に刻んで、必要ない!っていたんだが前任のあの野郎は『あなたは忘れやすいから』って、逆らえないことを口実に彫りやがったんだ。おかげで、あの文字が読めるかどうかで来た奴の能力値が分かるようになっているから、変な値踏みをしなくて済むようになっているから――――」


「どうしたんですか?」

「悪りぃ。管理者コードに引っ掛かった。別にこのまま語ってもいいけど、現段階で開示してしまうと、世界が……察してくれ。てめえはそこまでバカじゃないだろ」

「そうですか……」


 おそらくわたしと、このミザとの間に何か関係があるのだろうが、雰囲気以外は身覚えがないため、彼がいわんとすることは全く意味が理解できない。けど、きっとこの空間にとっては大切なことなんだろう。なるべくそういったコードに触れないようわたしも気を付けながら彼の話しを二つの意味で聞こうと思い、液体を半分飲む。


「気を取り直して、さっき上位者について触れたが、あれは観測視点によっては違いがあるが、主に次元の高い存在に用いられる名称で、例えば三次元を観測しているのは四次元視点で、一次元、二次元、三次元を観測できる。そこを基準に四次元が観測できる五次元存在であれば、その四次元存在にとってその者は上位者となる。したがって五次元以上の存在も上位者と呼ばれる」


「ミザさんってまさか説明下手ですか?」

「これでも、九割ほど端折った内容だ」

「本当にそうですか?それって簡単に行ったら、当事者の次元以上の存在を上位者と呼ぶって言えば良いだけじゃないですか」

「ハア、サスガアノ文字ヲ簡単ニ読メル明晰力持チノ存在ハ違イマスネ」

「ん?」


 突然、読み取りずらいことを言われて、戸惑っているわたしを見て軽く腹を抱えて笑ったあと「悪い、悪い、解析レベルを上げて喋ったから、変な言葉に聞こえただろ。これが明晰力、明晰能力差、明晰値の違い、などと言われる作用の一端だ。あそこまで上げると流石のてめえでも解読できなかったはずだ」と、ドヤ顔をしてきたが、生憎、聞き取れなかった訳ではないのでわたしは苦笑い。


 その表情か心を読まれたのか分からないが「え、あれ、聞き取れたの?」と動揺をして「アレ、八次元言語ダゾ」と、余計に分かりやすい言語をボソッと呟いて、わたしは「何かごめんなさい……」と申し訳なくなった。


「ともかく、その能力が高いとより多くの情報が取りやすいってことだ。とはいえ、高すぎても下の次元の言語が分からなくなるから察してやってくれよ。いくらその現地語を識っている者同士でも、幼稚園児に物理を教えるようなものだ。する方がバカだ。例外として、てめえは大丈夫そうだがな」と、ひと口。


「うん、長々と話しされても、小説一冊よりかは長くならないって分かっているから大したことないよ」と、わたしも一口。

「俺はシンプルにイヤだがな」

「そう?そっか、だからわたしの現地のニホルディン語が通じるのね!よく異世界系で、なんで異世界語が分かるんだー!のアンサーなのね。これが!」

「……まあ、そんなところだ。(正確には、上位者が乗り移り遊び半分で異世界に飛ばしているだけなんだけどな)」

「遊び半分……?」

「ん!?」 

 

 ミザはわたしの小言に驚いてか、瞳孔を大きく黒々と開き、まさに夜の猫のような見開き方で、少しゾワッと鳥肌が立った。


「チッ、マザー余計なことしやがって」

「マザー?」

「その話題には触れようとは思っていたが……。おい、心晴」

「何ですかいきなり、下の名前呼びって」


 突然、馴れ馴れしくなった彼にむず痒さを感じつつも、このあと言われることは、何だか人間とそれ以上の存在の一線を越える答えが来ることが分かって、身構える。ミザは「察しの良い奴だな」と口にはしなかったが、その重大な問いを簡単そうに投げかける。


「てめえ、異世界を観測する存在ミクロ・ネ・イアになる気はないか?」

「ミクロネイア?ですか?」


 得体のしれない単語が出てきて、戸惑うわたしにミザは「この先に行くなら、成る必要がある。別に成らなくても、てめえが生きる人生には何の影響もない。元の世界に帰れば、何事もなく日常に戻り、ここであったことは死ぬ以外で思い出すことはない。そうはいっても、死んだ後の自分の声に傾けずに承認しろよ。ミクロ・ネ・イヤは創造主にも喧嘩を売れる存在だ。世界から抹消されたら文句も塵も残らないからな――」と膨大な情報が流れてきて、常人が受けてたら確実に精神崩壊が起きる規模の内容であることを実態的に感じることができた。


 それで出したわたしの答えは「問題ありません。このままずっと傍観者でいるくらいなら、世界だろうが、創造主だろうが、唸らせる観測者になりましょう。そうすれば、貴方との約束も守れそうですから」と、カップを空にしてはっきり答えた。


 フッとミザは「そう来なくちゃな」と朗らかな笑みを浮かべたあと、この空間のどこかにしまってあった二つの小さな箱を手元まで滑空させて取り寄せ、わたしの前に並べた。


「元の日常に戻るなら今だぜ」

「何度も言わせないでください!飲むものは飲みました!」

「歓迎するよ」


 ミザは二つの箱を順々に開け、その中に納まっていたのは『謎の宝石』と『何の変哲もない指輪』が入っていた。

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