第7話 本当はみんな知ってたかもね

「ゼゴラ! ご飯出来たから帰ろう!」


 酔いがやや納まり、真っすぐ歩けるようになったころ。酒場『夢の上』にラベルタが現れた。隣にはカゲクロウがいて、低く唸っていた。


 酒場の男たちは早速、計画が怪しくなっていることを察し、冷たくゼゴラを見つめた。


「あー、じゃあ、とりあえず戻るわ。また、後でな」


 ばつが悪そうに頭を掻いた後、ゼゴラは酒場の面々にそう言って、ラベルタの後をついていく。


「大丈夫? 飲み過ぎてない?」


「そんなことないさ。ほら、まっすぐ歩ける。ダンスだってできるぞ」


 その場でくるっと回って見せる。ラベルタの乾いた笑みには、明らかに呆れが混じっていた。


「危ないから気を付けて。頭ぐらぐらしてるよ」


「そんなことないよ。ほら」


 そういって、がばっとラベルタに抱き着いた。


「もう。お酒臭い」


「ラベルタは飲まないの?」


「お仕事できなくなっちゃうから。ねえ、ゼゴラって、ほかの町でもこんななの?」


 ラベルタは爪先に力を入れ、ゼゴラを引き摺って歩いた。何を思ったのか、カゲクロウまでゼゴラの腰あたりを頭で押して、ラベルタを手伝い始めた。


「当たり前だろ。酒飲むために冒険やってるようなもんだ」


「それでよくクエストできるね」


「最強だからな。でも、最近はレーレルが一人でやってるよ」


「そうなの?」


「まあな。頼もしくなったよ。少しだけ、リーリドを思い出すな」


 一瞬、ラベルタの足が止まった。カゲクロウがゼゴラを押し込む感覚が、ラベルタの膝を前に出す。


「リーリド、好きだっただろ、お前」


 急に耳元で、ゼゴラが言った。


「な、なんのことですか! そんなことないですよ! もうほとんど覚えていないですし!」


 動揺してしまった。もう十年以上昔の話だ。気にするな、とラベルタは自分を抑える。


「お姉さんは気づいてたぞ。多分、リーリドもな」


「そんな……」


「……だから、守ってやれなくてごめんな」


 急に声を殺してゼゴラは言う。ラベルタに抱き着く腕に力が入った。こんなゼゴラは見たことがなかった。ラベルタの全身を、感じたことのない動揺が駆け巡る。


「別に、ゼゴラが気にすることじゃ……」


「でも、わたしの方が一億倍リーリドのこと好きだったからな。このマセガキめ!」

 

 そういうが早いか、ラベルタの胸に手を伸ばす。ラベルタは思わず身を捩った。


「やめて! くすぐったい! 声出すよ!」


「出したらどうなるの?」楽しそうにゼゴラは言う。


「こうなる」


 ごん、と黒い棒がゼゴラの頭頂を叩く。


「ぐえ」ゼゴラが先に悲鳴を上げた。


「レーレル。修行は?」


 さっとラベルタから身を離し、ゼゴラは宿屋の前で仁王立ちする少女へ大声で問うた。


「もう終わり。自分で言ったんでしょ?」


 拍動杖シャムカディカは、ぐるぐるとゼゴラの体に巻き付き、宙に浮かし、宿屋に彼女を運んでいく。


「そうだっけ?」


 吊られながらゼゴラが訊ねる。


「はい。もう忘れたんですか?」


 平然とラベルタは言う。ゼゴラは首を傾げた。運ばれながらラベルタとレーレルを交互に見、まあいいか、とぼやく。


「おいしいご飯、用意したので楽しみにしてくださいね!」


 先に宿屋に運ばれていくゼゴラへ、ラベルタは声を張った。ゼゴラは手を振って応える。


「勿論さ。ラベルタの料理は酒の次にうまいからな!」


 弟子の繰る枝に絡まれて運ばれる姿は何とも頼りなかったが、ラベルタはなんとなく嬉しくなって手を振り返した。

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