リーダー交代編

第1話 つまんねー人間

「ムウ、ごめんね一緒に来てくれて」


 昼頃、幼馴染のキューネに頼まれて、村から数キロ離れた街に来ていた。

 自分たちの地元の村を含め、いくつかの村の中心にある都市である。

 といっても、国の隅にある田舎街なんだけど。


 キューネはこれからギルドに入るための申し出をしたいらしい。


「いいよ、今日は暇だったし」


「今日は?」


「……今日も」


「ふふふ」


 数分ほど歩いて、酒場の前に立つ。


「はぁ、緊張するぅ。ギルドに入れてもらえるかなあ」


 キューネが何度も深呼吸を繰り返す。その度に、彼女の自慢のクリーム色の長い髪が上下した。

 彼女の顔を見上げていると、キューネは強がるように笑った。


 ギルドとは、各地の街を代表するモンスター退治の専門組織である。

 地元の喧嘩自慢が集まって、人に害をなすモンスターを倒したり、用心の護衛をするのだとか。


 未開拓のダンジョンの攻略もこなすらしいけど、正直よくわかっていない。

 なんせ興味がないし、生活の上で関わったこともないから。


「小さい頃から言ってたもんね、ギルドに入りたいって」


「うん。せっかく手に入った力、みんなのために使いたいもの。お父さんとお母さんを楽させたいし」


「将来の夢ってやつだ」


「ムウにもできた? 夢」


「ないよそんなの。ないとダメかな?」


「ダメじゃないけど……あった方が楽しいと思う」


 それは何となくわかる。

 度々キューネのスキルの修行を見学しているけど、笑顔で汗を流しているから。

 夢、将来なりたい自分、か……。


 いや、あるな、夢。

 のんびりダラダラ暮らしたい。


「毎日ストレスなく、心穏やかに過ごせたらそれでいい」


「もう、犬とか猫じゃないんだから」


「はやく行こう」


「そ、そうね」


 酒場の扉を開ける。

 賑わう店内の奥で、ガラの悪そうな男たちが下品な笑い声を発していた。


 この前の仕事だの、モンスターがどうのと口にしているし、彼らがギルドメンバーらしい。


 キューネがぎこちなく近づいていく。


「あ、あの!!」


「ん? なんだあ?」


「キューネと申します!! 昨日16歳になりました!! ギ、ギルドに入れてください!!」


 男たちは顔を見合わせると、ニタニタと下卑た瞳でキューネを見つめた。


「へえ、どうするランド」


 一番偉そうな、青い髪の男が答える。


「嬢ちゃん、スキルは?」


「もちろんあります。魔法スキルで、主にバフ系の魔法が得意です」


「惜しいな。間に合ってるわ。回復魔法なら入れてやったが」


「うぅ……」


「だいたい、なんで俺たちのギルドに入りたいんだよ」


「夢だったんです。せっかく手に入れたスキルを使って人を苦しめるモンスターを退治したり、ダンジョンを攻略したり、とにかく、人の役に立つことが」


「夢ってなあ。夢を持ってりゃ必ず叶うわけじゃねえんだぜ?」


「そ、それは……」


「だがあ? 見習いってことなら入れてやってもいいぜ」


「ほんとですか!?」


「ただし、この俺の命令は絶対だ。わかってんな?」


 両隣りの子分らしきやつらがクククと喉を鳴らす。

 彼らの言葉が何を意味しているのか、キューネも理解しているようだ。

 明らかに嫌そうな顔を、ぐっと堪えている。


 んで、とランドがこっちを向いた。


「てめーも入りてえのか?」


「別に」


「あぁん? んじゃあさっさと帰れよ。さっそくこの女の味見をするんだからよお。はは〜ん、もしかして彼氏か? くけけけけ、残念だったなあ。まあ、てめえのような女みたいな顔したヒョロヒョロのチビじゃあ、この女に相応しくねえな」


「彼氏じゃないですよ」


「もしかしてお前、女か? なら悲惨だなあ。胸もなければ尻もねえ」


 なんで彼氏じゃない=女になるんだか。

 思考が短絡的すぎる。これで本当にリーダーなのか?


「……」


「おい、なんか言い返してみろよ」


「え、なにを?」


「あぁん?」


 なんて答えればいいんだろう。

 キューネのためにも機嫌をとったほうがいいのかな。

 それとも、挑発的な返事をしてみる?


 うーん、考えるのも面倒だな。


 と、トイレに行っていたであろう別のメンバーがやってきた。


「お、ムウとキューネじゃねえか」


「知り合いか?」


「はい。俺の地元のガキっすよ」


「おい、このムウってガキはどんなやつなんだ?」


「人間味のないやつっすよ。なにやっても反応薄いし、いつもぼーっとしてるし、自分から話さねえし、趣味も拘りも、好き嫌いも特技もない。スキルだってねえんすよ」


「かーっ!! つまんねえ、つまんねえ人間だなてめえ。お前みたいなつまんねー人間に用はねえ、失せろ!!」


 酷い言いようだな。

 こんな奴らの仲間になるなんて、キューネは大丈夫だろうか。

 どうしてもギルドに入りたいのなら、止めはしないけど。


「女の方は?」


「良い女っすよ〜、服で隠れてますけど、実は凄いんスよ〜。うひひ、しかもあの年で誰とも付き合った事のない初物っす」


「ほう」


 ランドがジロジロとキューネを睨む。

 目線だけで犯してきそうな気味の悪さだ。

 さすがにキューネも居心地が悪くなり、後ずさりをする。


「あの、その、や、やっぱり私……」


「まあまあ、そういうなよ。お前はもう俺たちの見習い、だろ? これから楽しい歓迎会でもやろうぜ」


 ランドがキューネに詰め寄る。

 ガチガチに怖がっているキューネの腕を、強引に掴む。


「たーーっぷり、いろんなこと教えてやるからよお。金だって不自由しねえぜ? 夢だなんだと抜かしていたが、要は金目的で来ているんだろう?」


「ち、ちが……」


「ほら、さっさと宿に行くぞ」


 キューネがこっちを一瞥した。

 諦めの中に救いを期待するか弱い眼差し。

 うん、わかってる。黙って行かせはしないよ。


 こいつら、いい加減うざったいし。


「やめなよ」


「あぁん? てめえまだいたのかよ。スキルなしのザコは引っ込んでろ」


「あんたの方が強いって証拠が、どこにある」


「はあ? バカかお前。俺はギルドのリーダーだぞ?」


「部下に任せっきりで本人は無能かもよ」


「……殺すぞ」


 酒場が一瞬にして静まり返る。

 他の客も、腰巾着の部下たちも、サーっと青ざめているようだ。

 もちろん、キューネも。


「や、やめてムウ。わ、私なら大丈夫だから。止めようとしてくれただけで充分嬉しいから」


「いまさら謝ったって遅いでしょ」


 ランドの頬が釣り上がる。


「その通り。ザコのくせにカッコつけやがって。表に出ろ。てめえのつまんねー人生、終わらせてやるよ」





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※あとがき


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