第4話 神戸市、中華街、南京町

「女難の相」


 兵庫県神戸市栄区──中華街、南京町。

 東西南北の道がちょうど交差する十字路に、その店はある。ぱっと見はただの土産屋だ。いや、正確には土産というよりも、中華街の住人たちが日々の食材などを買い求めるために使う、雑貨屋のような店だ。

 店先には禿頭の男性が背中を丸めて座っている。スマートフォンの画面を眺めながら煙草を吸う男性に声をかけたのは、砂川すなかわ美令みれいだ。


「あのっ」


 美令の呼びかけに、男は顔を上げようともしない。占いとはなにも関係ない場所のように見えるが──と不田房は半ば途方に暮れたような気持ちで空を見上げる。うんざりするほどの快晴だった。

 美令と桔梗ききょうに背中を押されるようにしてレンタカーを借り、同じホテルに宿泊している『底無活劇』関係者たちに「ちょっと所用で神戸に行ってくる」と告げ、運転席は不田房、助手席はナビ担当の美令、後部座席に桔梗という状態でここまでやって来た。


 しかし、占い。


 美令の言う、「こういう訳わからん事故に詳しい占い師の人」に『底無活劇』の舞台上で起きている──或いは能世春木の周りで起きている事象を素直に告げて、何かが解決するのだろうか。

 不田房は占いを信じない。それを頼り、心の拠り所にしている人間がいるのは理解できる。だが結局占いなど……統計と山勘とそれに話術がすべてだと思っている。


(は〜……なんか遠くまで来ちゃったな。あっ黒烏龍茶買って帰ろう……)

 雑貨屋の店頭を眺めながらぼんやりと考える不田房を「アニキ!」と美令が勢い良く振り返った。ほらやっぱり、占い師なんかいないんじゃないか。


! 行こ!」

「はあ……!?」

「ほんとにいるんですね」


 大きく目を瞬かせる不田房を他所に、美令と桔梗が楽しげに店の奥に入っていく。「行かんのですか」と禿頭の男が、地鳴りのような響きで尋ねた。「行きます」と慌てて応じ、不田房は女性ふたりの背中を追った。


 ──そうして、はじめに戻る。


 二階は、一階とはまるで違った。黒に近い緑色で塗られた壁、部屋の左右には大きな出窓があり、街並みを一望することができる。左側の窓辺にひとり掛けのソファが置かれており、真っ赤なオフショルニットにデニムのショートパンツという格好の女性が真剣な表情で自身の爪に向き合っていた。マニキュアを塗っている。


「占い師さんですか?」


 美令が目を輝かせて尋ねる。「んーん」と女性は応じる。ソファの上にあぐらをかいた女性は顔も上げずに、「正確にはやね」と続けた。


 情報屋。


 もう駄目だ帰ろう、と不田房は思った。レンタカー代と高速道路代は経費で落とそう。落ちるかどうかは分からないけれど。宍戸クサリがいれば、なんとしてでも落としてくれるだろうけれど。

 情報屋。占い師の倍胡散臭い響きだ。

 既にやる気を失っている不田房を他所に、「ここ座ってもええですか?」と美令が丸テーブルを挟んで正面のソファを指差している。「ええよ」とオフショルニットの女性は気のない声で応じ、


「そっちのおねえちゃんは、アレやったらそこの椅子使うてもろて……」

「あ、お気遣いすみません」


 桔梗が右側の窓際に置かれていた丸椅子を引っ張ってきて、これでオフショルニット・美令・桔梗という三人の女性が丸テーブルを挟んで座る格好になった。不田房栄治は立ち尽くしていた。


「お嬢ちゃん、どこでここのこと知ったん?」

「え? あ、うちですか?」

「他に誰がおんねん」

「美令です。砂川美令。ここのことは、SNSで知りました」

「えす、えぬ、えす〜?」


 そこでようやく、オフショルニットが顔を上げた。細い筆でさっと引いたような形の良い眉に、真夜中の猫にも似た気ままな瞳。紅を差して艶めいたくちびるが、


「どこのSNSや」

「どこのって……これですけど」


 と、美令が自身のスマートフォンを差し出す。アプリを一瞥したオフショルニットが、


「探偵さんか」


 と唸った。──探偵?


「え? 探偵? この人探偵なんですか?」

「匿名が売りのSNSや、うちは要らんこと言わんし、お嬢ちゃんも知らん方がええやろ。はあ、まあ。それにしても」


 ようやく両手の爪が仕上がったらしいオフショルニットは、ゆっくりと客人三人の顔を見回して、


「依頼人は?」


 そう尋ねた。

 依頼人──この場に来たいと言い張ったのだから、砂川美令が依頼人ということになるのだろう。不田房はそう思ったのだが、


「この人です」

「えっ」


 スマートフォンを握ったままの美令の手が、不田房を示した。


「俺え!?」

「だって、変な事件がいっぱい起きて困っとんのはアニキやろ」

「いや……それはまあ……いやでも俺はここに来るまで、占い師さんのことかて知らんかったわけやし!」


 ──それに依頼料だって払えるかどうか分からないし!

 裏返った声を上げる不田房をじっと見上げたオフショルニットが、「女難」と呟いた。


「おにいさん、女難の相が出てはりますなぁ」

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