第21話 目の魔女

「取引所の店主さんが、あなたに手の魔女を譲ったと、そう教えてくれました」

あの店主のことを完全に忘れていた。ヨーケルの絵が売れ始めた時期や店主の話を総合して推し量れば、誰が手の魔女を持っているかは明白だ。最後の確認はすでに済んでいたのか。

石床に膝をつき、うめき声が漏れる。痛みに鈍い体質とはいえ、それなりに痛む。


「まずは痛みを止めろ」と、頭の中でグルタルの声が聞こえる。冷静さを取り戻す。傷口は焼け焦げているので、血はほとんど出ていない。外套のポケットから奇跡の粘土を取り出して傷口を保護する。鎮痛作用でかなりマシになった。


アコニットはヨーケルに近づき、彼の目の前に立ち、石床の上に転がった左手を一瞥したあと、再び視線をヨーケルに戻す。

「ようやく不埒な魔女を見つけることが見つけました」


ヨーケルはアコニットを見上げた。彼女の右目は人間の目ではなかった。目の魔女の義眼だ。

「どうして」

「グルタルから聞いていると思いますが、分かってくださいとは言いません。すべては、人類の未来のためなのです」


「人類の未来」

「そうです。私は人類の悲劇を終わりにしなくてはなりません。人間はいつか死ぬ。それが悲劇のはじまりなのです。

地上を離れ火星に移った人たちは、死に絶えました。なぜなら彼らは肉体を持っていたからです。そこから遠宇宙を目指した人たちとも、すでに通信が途絶えて久しい。おそらくは全滅したのでしょう。なぜなら彼らは肉体を持っていたからです。

人間の精神は不死ですが、その器である肉体はいずれ滅びます。だから、私は精神を肉体から解放し、死を克服しなければならないのです。精神を、壊れることのない機械の体に移植することで実現される死のない世界。それこそが、人類の向かうべき未来なのです」

アコニットの語る内容は、以前にグルタルの語った内容を超えていた。星を渡るどころの話ではない。


「そんなことができると本気で思っているのか」

ヨーケルは右手で目の魔女の左足首を力強くつかんだ。ヨーケルの意外な力強さに、アコニットの顔が引きつる。

「もちろんです。地下工場が稼働すれば、そのための設備も作ることができます」


「そうじゃない。その考えはすべての人間に二者択一を迫り、それに賛成する人間と反対する人間とに分断し、対立を作り出す。思想を統一することができると思っているのか」

「なぜ、永遠の命に反対する人がいると考えるのでしょうか。ヨーケルさん、あなたに落ち度はありませんが、運もありませんでした。これと関わることがなければ、ここで死ぬこともなかったのに」

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