すすき野原の小道

緋雪

第1話 少女

 祖母の家は広い田んぼの真ん中に建っていた。その辺の家は大抵そうだった。


 僕が小学校5年生、弟の航太こうたが3年生の秋だった。祭日を挟んだ連休があり、休みの前日から、お母さんの実家の、ばあちゃんちに遊びに行っていた。 

 お母さんは、連休中も仕事があるから、最終日の夜に迎えに来るね、と、ばあちゃんに話していた。僕らは、ばあちゃんのところで芋掘りを手伝ったり、ばあちゃんと一緒におやつを作ったりしていた。

 毎年、ばあちゃんちに来たときに遊ぶ仲間たちもいて、大抵裏山に探検に行ったり、公園で遊んでいた。


 この年は、珍しく、丘の上の古い展望台で遊ぼう、ということになった。人があまり行かないところなので、探検みたいで楽しいと思っていたのだ。ただ、何故か「親に叱られるから……」と抜けていく奴もいた。「シンセイな場所だから遊ぶな」と言われ、行くことを禁じられていた子もいた。

 が、丘の上が何で遊んではいけないのかわからなかったし、「シンセイ」な場所って何だ? と他の子たちは遊びに行くことにしたのだった。


 丘の上の展望台からの景色は、とても綺麗だった。何故かそのあたりだけは田んぼがなく、すすき野原が一面に広がっていた。


 すすき野原の中に細い道が一本通っていた。



 道の途中に、白いワンピースを着た女の子が立っていた。


 僕と航太は、彼女を手招き、皆と一緒に遊ぼう、と言った。女の子はにっこりと笑って頷いたが、他の子たちは、顔を見合わせて、それぞれの用事で、「もう帰らなければ」と帰ってしまった。

 気にすることもなく、三人で遊んだ。鬼ごっこにかくれんぼ。地元の子たちから教わった(皆、お父さんたちから教わったと言っていた)「メンコ」や「ベーゴマ」は、彼女が力がないからと、僕と弟の勝負を見守っていた。

 陽が落ちかけて、僕らは「またね」と手を振った。



 ばあちゃんの家に帰り、その日あったことを話した。白いワンピースの少女のことも。

 台所で夕飯支度をしていたばあちゃんは、ギョッとしたように僕たちを振り返ると、

明彦あきひこ、航太、あの道に入ったんか?」

と言う。

「ううん。入ってないよ」

と航太。

「向こうに女の子がいたから、一緒に遊ぼうって呼んだだけ」

僕も、ばあちゃんの問いかけに答えた。

「そうか。あの子と遊ぶんは、ほんまは良うねえんじゃけどのう……」

「なんで?」

「連れていかれるかもしれん」

「どこへ?」

「帰って来られんとこへじゃ」

帰って来られない所?

 僕らには、ばあちゃんの言うことがさっぱりわからなかった。

「あの子もなあ、寂しいんじゃろうな。ほうじゃけど、あの子について行っちゃいけんよ」

祖母はため息をつくように言う。

「あの道には入らんこと。ええか?」

いつになく強い口調に、僕らは顔を見合わせ、ばあちゃんの顔を見て頷いたのだった。


 次の日は、従弟のようちゃんと、その妹、佳純かすみが来たので、ばあちゃんの家の中で遊んでいた。洋ちゃんは、小学校に上がったばかりで、今、縄跳びの練習をしているのだと、青い縄跳びの縄をもって来て、仏壇のある広い部屋で跳んでみせた。下手っぴだった。

 笑って、航太が代わった。5回くらい跳んだところで、縄がビシッと何かに当たった。佳純の腕だった。佳純は大泣きだ。

「あんたら、外でせえ」

叔母ちゃんに叱られ、僕たち男の子三人は庭に出て、縄跳びをしていた。


「ねえ、昨日のとこに行こうよ」

そう言い出したのは、航太。

「あの子も縄跳びに誘ってみない?」

航太が提案したが、僕は少し考えて言った。

「いや、やめよう。ばあちゃんに叱られるぞ、多分」

航太は平気な顔で走り出した。洋ちゃんもあとからついて行く。

「あの道に入らなきゃいいんでしょ? 大丈夫だよ!」

航太の声に、僕も渋々ついて行った。


 しかし、そこに女の子はいなかった。

 代わりに、叔父ちゃんがカメラを持ってやってきた。

「ここは、見るだけじゃったら、ほんまに綺麗なとこなんじゃけどなあ」

そう言って、風に揺れて波のようになっている、すすき野原を写真に収めた。それを背景に、僕らを並べた写真も撮ってくれた。

「帰るぞ。ここは、遊んじゃいかん」

叔父ちゃんは、洋ちゃんの手を引いた。僕らも仕方なくついて帰る。

 結局、僕たちはばあちゃんの家の庭で遊び、その日は、洋ちゃんと佳純と一緒に、広い部屋に布団を敷いてゴロゴロ眠った。


 でも、僕は、どうしても納得がいかなかった。

 なんで、あの子と遊ぶのは良くない、あの道には入っちゃいけないって言うんだろう? あの子は寂しそうに一人でこちらを見ていて、仲間に入りたそうにしているのに。


 子どもたちはみんな寝てしまったが、大人たちは起きていたので、僕は居間に行った。

「あらぁ、明彦、どうした? 寝られんのか?」

叔母ちゃんが言う。

「うん……。聞きたいことがあってさ」

「あの、すすき野原の女の子のことじゃろ?」

ばあちゃんが見透かしたように言う。

「うん……。どうして、あの子と遊んじゃいけないの?」

叔父ちゃんと叔母ちゃんは顔を見合わせた。

「あんたら、あの子を見たんか?」

「一緒にあそんだ」

「一緒に……?」


 次の日の朝、急にお母さんが迎えに来て、僕たちは東京に帰ることになった。

「なんで? 帰るの明日の夕方だって言ってたじゃん!」

航太が怒って言う。

「まだ1日以上あるじゃない!」

 でも、僕は、なんとなく、帰ったほうがいいような気がしていた。昨日の夜、詳しい話は聞けなかったけれど、叔父ちゃんと叔母ちゃんの驚いた顔と、その話を聞いてすぐ飛んできたお母さんの行動で、僕たちは、ここにこれ以上いない方がいいのだと思ったのだった。


 僕は、もう一度、あの子に会いたかった。

 真っ白で綺麗な肌、華奢な体。にっこりと笑う顔が可愛らしく、声も可愛いかった。

 鬼ごっこで捕まえたとき、二人で「あははははは」と大きな声で笑った。ベーゴマの時の応援も、ちょっとだけ僕の方を贔屓ひいきしてくれていた。


 あの子は、どこから来た子だったのだろう?

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