20杯目 決戦前

 決戦は明日。

 俺なんかがダンジョンの守り手と戦う。

 もちろんパーティとしてだが、年甲斐もなく緊張している。

 今俺は朝早く起きて馬を借りて走っている。

 生まれ育った村に、久しぶりに帰っている。

 馬を走らせれば昼前にはつける。

 久しぶりに教会に顔を出しておこうと思った。

 別に死ぬ気はない。

 たぶん、ダンジョンを制覇したら、ゆっくりと村に戻るよりも早く旅に出たくなるだろうから、今日、帰っておこうと思った。


 俺には親が居ない。

 故郷はもう無い。

 魔物に滅ぼされた街で助けられた赤子、それが俺だ。

 救助に来てくれた冒険者によって救われ、教会へと預けられこの小さな村で育った。

 この世界で人間は弱い。

 野生に存在する猛獣や魔物が牙を剥けば、小さな村や街なんて簡単に滅んでしまう。

 神の加護も万能ではない。

 強力な魔物が気まぐれで街を襲い、その街にその魔物を倒せるだけの戦力がなければ、滅びる。

 冒険者ギルドがあればかなり滅びる可能性を減らすことが出来る。冒険者ギルドは神に優遇されているからだ。ただし、かなり発展した街にしか冒険者ギルドの芽は出てこない。

 神が認めた街に生えてくる不思議な樹、神木。ギルド同士の情報の共有や冒険者カードの発行などを可能とするのはその神木が存在するからだ。村を育て、街を育て、この神木を得ることは権力者の仲間入りを果たしたことを意味する。

 この国の貴族と呼ばれる人たちは、そんな神木を手に入れた一族のことを呼ぶ。

 王も神が定めている。大神木。その大樹を得た者が王となる。

 権力者のゴールではあるが、当然その地から移動できないし、国への責任もはっせいするし、俺はゴメンだ。冒険者を凌ぐ長寿を得られるが、非道な悪政を行って国の体を保てなくなると大神木は枯れて、悲惨な最後を迎えると言われているので、国民のために必死に働く羽目になっていく。神様も残酷な方法を考えたものだ……


「相変わらず、変わってないなぁ……」


 村は昔と同じ姿で今も残っていた。

 俺は馬を連れて村の中を歩いていく。

 よそ者はほとんどこないのでジロジロと見られてしまう。

 仕方ない、前に帰ったのは15年くらい前だ。俺も歳を取ったしな……

 そのまま丘を昇っていくと、教会がある。

 木の柵の中では多くの子供達が遊んでいる。

 俺の姿を見つけると蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。


「教会に御用ですか?」


 若いシスターが早足で出てきて、教会の敷地の前で俺を止める。


「……シスターラッサにお世話になったものです。ご挨拶をしようかと思いまして。

 私、ゲンツと申します」


「!! ゲンツ様、いつも、ご寄付をいただいている!

 し、失礼しました。どうぞこちらへ……」


 俺はこの教会を支援している。

 俺を育ててくれた教会と、10年前に亡くなった俺にとっては母親も同然のシスターラッサのために、大した金額ではないが、ずっと寄付を続けていた。


 丘の上の花畑、その真中に綺麗な十字架が建てられている。

 シスターラッサはこの下に眠っている。

 俺は果物と花を十字架に供えて祈りを捧げる。


「あとで皆で食べてください」


「ありがとうございます。シスターラッサも喜んでいると思います」


 シスターミーナと言う女性も一緒に祈ってくれた。


「ええと、お渡ししたいものが有るのですが、倉庫についてきてもらってもいいですか?」


「はい」


 それから見慣れた懐かしい倉庫に向かう。

 この教会は、何も変わっていない。

 裏手に回ると畑とニワトリー、ヤギがいる。これも見慣れた光景だ。

 そして動物から家畜を守る犬がシスターミーナを見て尻尾を振っている。

 失ってしまった親友の事を思い出して、少し目頭が熱くなる。

 俺にもブンブンと尻尾を振ってくれているので撫でようとする。


「あ」


 ゆっくりと口が開いて俺の手をかぶりと……噛もうとしたのでさっと手を引いた。


「す、すみません、その子知らない人は笑顔で噛んでくるタイプなんです」


「ははは、そうみたいですね」


 このやろーっと心の中で思ったが、表には出さないでおいた。

 それから倉庫に物資をたっぷり提供し、一生分の感謝の言葉を繰り返すシスターミーナと子どもたちに見送られながら、街への道を戻っている。


「ただの自己満足だが、いいもんだな人から感謝されるのは」


 これからも、冒険者を続けて寄付を続けられるように頑張ろうと改めて誓った。


「見つけた!!」


 街に戻ると声をかけられた、ヒロルだった。


「ヒロルじゃないか? どうしたんだ?」


「ゲンツさんを探してたんですよ、明日、挑むんですよね?

 今日の夜は自由行動って聞いてたんで、ご飯食べに行きましょう!」


「まさかずっと待ってたのか?」


「……いえ、さっきから……」


「いやいや、俺行き先も言わず朝に出てるんだから、探してたってことは……

 はぁ、飯ぐらい付き合うからあんまり無茶をするなよ」


「迷惑でしたか?」


「いや、そうじゃなくて、なんか俺のために他人に迷惑をかける方が苦手なんだよ」


「ごめんなさい」


「ちがうちがう、ヒロルは悪くない。

 あー、もう、この話は終わりだ。

 明日のために力になるもん食うつもりだったが、そこでいいな?」


「はいっ!!」


 こんな若い女の子を長時間待たせてしまった……俺にはどうしようもないとはいえ、どうにも気持ちが悪いので、飯ぐらいは奢ってやるか……


「どうだ最近は?」


「きちんと自制して頑張ってますよ!」


 頑張っているのは、知っている。


「あんまり無理して急ぐなよ、まだ2年目だろ?」


「嫌です、急ぎます。でも、絶対に命は粗末にしません。

 ゲンツさんに救ってもらった命ですから」


「あんまり俺の恩を背負い込んでほしくないが、自分と仲間を大切にすることが一番の恩返しになる、頑張りつつ、冒険者をちゃんと楽しめよ?」


「はい!」


 なんとまぁ素直な笑顔を向けてくるんだ。おじさんくらくらしちゃうよ……


「お、来た来た!」


 照れ隠しに食事に意識を向ける。

 力をつけるのは肉、特にここは肉を目の前で自分で焼くからテンションが上がる。

 ここは実際に畜産で育てている動物から得ている肉を多く使っているので、特に内臓系が充実している。

 肉は熟成という過程があったほうが旨いのだが、内臓はとにかく新鮮な方が旨い。

 ダンジョン産の物を時間停止状態で仕入れられて出せる店なんて超高級店しか無い、そもそも冒険者がそんな状態で納品できることのほうが少ない。

 内蔵を食べさせるなら、育てたり狩った動物の物をできる限り早く手に入れる必要がある。

 この店は肉屋がやっているので、新鮮な内臓を手に入れることができ、お手頃な価格で食えるので庶民の味方だ。


「私、内蔵って煮込み料理以外食べたこと無いですけど、大丈夫ですかね?」


「だったらクセの少ないほうがいいだろうな。

 肝臓とかは俺が食うからまずはギューの腸、脂が甘くて旨いぞ」


 さすがは冒険者、見た目のグロさは普段から見慣れているので全く動じない。

 結局最後には肝臓もバクバクと食べていた。

 俺も負けじと肉をこれでもかと食べるのであった。



 

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