第19話

 重苦しい気持ちに溜息を付きながらロイナルちゃんねるを開いて動画を見れば、既に数十件とコメントが書かれているのが見えた。

 つい癖で、それを開けてしまう。


<べびぃどぉる:待ってましたー!>

<べびぃどぉる:イチコメだった!>

<べびぃどぉる:すご! こういうのがあるんだ>

<べびぃどぉる:流石だね! ナルル!>

<べびぃどぉる:ナルル最高~!>

<べびぃどぉる:どうやって分かったの?>

<べびぃどぉる:あ、その攻撃方法、詳しく知りたい!>

<べびぃどぉる:きゃ~! クリアー!>


 荒らしかと思える程、コメントは全てべびぃどぉるのものだった。

 悲しみとか嫉妬より、何故か怒りの感情が立ち込めてしまう。


『何、この荒らしみたいなの』

『あ~。まぁ一応、感想的なものもあるしね』


 嫌われたくない、なんて考えは、頭の片隅から吹っ飛んだように、私はいつもならば言わないだろう言葉を並べて行く。

 思考回路が怒りだけでなく、全ての感情でいっぱいになって制御しきれない。


『もうべびぃどぉるを大事にしていれば良いんじゃない?』

『なんでそうなるの?』

『ロイさんは簡単に女抱けるの? ワンナイト? それとも継続できればセフレが出来てラッキーとか思ってた?』

『は?』


 止まらない言葉。

 受け入れた自分にも非はある筈だけれど、私には少なからずとも気持ちがあった。


『私は都合良い女ですかね? そういう人、何人並べてるんだろう』

『俺の事、そんな風に思ってんの?』

『そうとしか思えないでしょ。Hした後、べびぃどぉるの話をされて、これなんだけど?』

『あのさ、付き合ってもいないのに、いちいちそんな事に口を出される意味も分かんないんだけど』


 私は諦めに似た気持ちを抱き、もう何を伝えても無駄だろうと思った。そしてロイさんに返事を返す事もなく、スマホをマナーモードにして、ゲームにログインする。


 シン:ほれみろ。


 吐き出せば、予想通りというか、まぁ言われるだろうなという言葉が画面に映し出された。


 あすやん:しぃの心が心配だ。

 りっぷ:怒りに燃えろ! そして、そのまま好きな気持ちも燃やしきってしまえ!

 しぃ:本当、いつもありがとう。皆には助けられてるよ。

 あすやん:当たり前だ!

 りっぷ:今更!

 シン:気分転換なり何なり、いくらでも付き合うぞ。

 しぃ:本当に?

 りっぷ:デートだ! デートの誘いだ!

 シン:そんなつもりはない!

 あすやん:マジで出かけてくるのもアリじゃね? 休日ずっとゲームするよりは、外に出た方が良いかもよ?


 確かに、ずっと家に居ても気分が憂鬱なだけだろうし、一人では外に出る気力もない。


 しぃ:水族館とか行きたいなぁ。

 シン:……行くか?

 りっぷ:デートだ!

 あすやん:魚見て、お腹すいたとか言うなよ。シン坊。

 シン:言わねぇよ!

 しぃ:言ったら、水族館の後は魚料理食べに行くとか?

 シン:しぃまで!

 りっぷ:魚づくしデート(笑)


 どこか虚無感を抱えながらも、いつもと同じ悪ふざけをチャットで打つ。

 普段の私ならば、いくらシンとはいえ会う事なんてしなかったと思うけれど、長い付き合いだし今更感もある。それに、ロイさんとは時間をかけたとはいえ、会ってしまっているわけだし。

 何もかもに自暴自棄な所があるのは否めない。

 ぽっかりと心に穴が開く、なんて表現があるけれど、まさしくそれが相応しいかのような自分が居るのだ。




 ◇




「詩帆!」


 最寄り駅まで来てくれたシンと合流する。

 普段はメッセージでもハンドルネームでやり取りするけれど、たまに本名で呼び合ったりもしているのでスムーズだ。


「あ、慎司! ごめんね、こんな所まで迎えに来てもらって」


 皆が居るグループメッセージでは、昔に自撮りを送りあった事もある。そのお陰で、パッと見ただけで、お互い分かった。

 彫りの深い顔、がっしりした体躯にベリーショートの髪。身長は178cmで、ラフな格好に身を包んでいる。


「いや、危なっかしいから」

「水族館って、港のやつで良いんだよな?」

「そーそー! 大きいところ! そしてお刺身でも食べる?」

「いや、肉が良い」


 ゲームでのノリそのままに、現実でも同じようフランクにやり取りが出来た。


「じゃあ動物園の方が良いかな」

「おい、やめろ」


 そんなやり取りに、思わず吹き出してしまう。


「おーおー、笑え笑え」


 唇を尖らせて駅構内へ向かう慎司の後を追いかける。

 電車の中でも会話は止まる事なく、文字だけのやり取りと変わらず、楽しい時間が過ぎる。違う事と言えば、そこに表情や声色があるから、感情が伝わりやすい事だ。


「チケット買ってくるわ~」

「あ、私の分……」

「飯は詩帆のおごりな!」


 素っ気ない会話でも、文字だけよりも安心感がある。声や態度に、シンの優しさが滲み出ているようだ。

 まぁ、シン相手ならぶっきらぼうなだけだと分かっているから、今更だけれど。


「うわぁ~すっごい!」


 入れば、イルカやサメの大きな水槽がお出迎えしてくれている。

 水族館なんて、どれくらいぶりだろう。自分の年齢も忘れて、私はイルカの水槽へ駆け寄る。


「イルカショーあるって」

「え! 見たい!」

「じゃあ時間まで他回るか」


 期待で頬が緩んでしまえば、それを見てシンは吹き出した。思わず、ジロリと睨み上げて言う。


「なに?」

「子どもっぽいなと」

「同じ年ですー!」


 じゃれ合いながらも、次々と見て回る。

 魚のトンネルに熱帯魚。カワウソやアシカ、それにアザラシ。熱帯魚のコーナーまで見た所でイルカショーの時間が迫ってきて、戻ろうとした時にスマホの通知音が鳴った。

 私かと思ってスマホを取り出そうと鞄を開ければ、シンの方が先に取り出して画面を見ていた。シンの音だったのかと思えば、シンは少し眉間に皺を寄せている。

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