修業2

 次の日から、ガブリエラがこなす雑用は少し減り、薬について専門的な事を教えてもらえるようになった。薬用植物の生息地帯、特徴、有効成分の抽出方法など、覚える事は多かったが、充実した日々を過ごす事が出来た。


 そして、とうとうあと一日で修業が終わる。

「ガブリエラ、この薬用植物の効能は?」

「咳を抑えます」

「では、この薬を保管する上で特に注意する事は?」

「湿気と直射日光を避けて保管します」

「……よく出来たね。修業ももう終わりだ。明日には帰るんだろう?ロッソ王国に帰ったら、ロマーナからもっと実践的な事を教わると良い。あの子は優秀だからね」

「はい、今までありがとうございました」


 二人がそんな話をしていると、店のドアが開いて、何人かの男が入って来た。男達の顔を見て、ダフネが眉根を寄せる。

「よお、シルバさん。そろそろ場所代、払ってもらおうか」

 男の一人が、ニヤニヤしながらダフネに話しかける。

「……あいにくだが、そんなお金持ってなくてね」


 ガブリエラは、小声でダフネに聞いた。

「何なんですか、あの男達」

「……地元のギャングだよ。この土地で商売したかったら場所代払えって、しつこいんだ」

 成程、みかじめ料の徴収に来たのか。

 しかし、ガブリエラは知っている。この店には、本当に大した額のお金がないのだ。ダフネの接客を見ていると、貧しい者に高価な薬を手頃な値段で販売したり、支払いを待ってあげたりしている。これで儲けがあるわけがない。


「金が無いなら、店にある薬をもらっていくぞ」

 男が、薬の入った瓶を手に取る。

「やめとくれ!その薬を必要としている患者がいるんだ」

「ふうん……」

 男は、瓶を棚に戻すと、今度はガブリエラをジロジロと見た。

「だったら、このお嬢ちゃんに稼いでもらおうかな。美人だし、夜の店で働いたら、あっという間に大金を稼げるぞ」

「その子は関係ない。一時的にここで修業してるだけなんだ!」

「でも、ここで働いているのは事実だろう?」


 そう言って、男がガブリエラに触れようとした時だった。誰かが店のドアを開けたかと思うと、ガブリエラを触ろうとしていた男を思い切り蹴り飛ばした。その人物の顔を見て、ガブリエラは目を見開いた。

「ヨハン様……!!」

「久しぶりだね、ガブリエラ嬢」


 ヨハンはガブリエラに笑いかけると、男達の方に向き直り、怖い笑顔になって言った。

「君達、これ以上僕が暴れない内に、この店から立ち去った方がいいと思うな」

 男達は、ヨハンに蹴り飛ばされて気絶した仲間を引き摺って、慌てて店から出て行った。


「ヨハン様、どうしてこちらに?」

 静かになった店内で、ガブリエラが聞いた。

「丁度この国の遺跡を調査しに来ていてね。その事を手紙で兄さんに知らせたら、頼まれたんだよ。ガブリエラ嬢の様子を見に行ってくれって」

「マティアス様が……」

「本当は、兄さんがここに来たかっただろうけど、あの王弟殿下に沢山仕事を頼まれてるみたいで」

 ジェラルド殿下は、相変わらずマティアスをこき使っているらしい。まあ、マティアスが優秀だからなのだろうが。


「ガブリエラ、この方は……?」

 ダフネが、困惑した顔で聞いた。その言葉を聞いて、ヨハンは素早く自己紹介した。

「申し遅れました、ヨハン・バルトと申します。考古学の研究をしておりまして、ここにいるガブリエラ嬢の恋人の弟です」

「そうでしたか……」

 ダフネは、笑みを浮かべながら自己紹介をした。

 しばらく三人で話した後、ヨハンは帰っていった。


「……あんたも大変だったんだねえ……」

 アンジェリカが起こした事件について聞いたダフネは、溜め息を吐いて呟いた。

「ええ、まあ……でも、皆が支えてくれましたから」

 ガブリエラは、穏やかな笑顔で答えた。


 次の日、ガブリエラは大きなトランクを持って店の前にいた。

「短い間でしたが、お世話になりました。色々教えて下さり、ありがとうございました」

「……元気でね、ロマーナによろしく」

「はい」

 別れの挨拶をした後、ガブリエラは馬車に乗った。


 馬車が走り出し、馬車の隙間から流れる景色を見ながら、ガブリエラは思った。ダフネは優しく、尊敬できる師匠だ。別れるのは寂しい。でも、早くマティアス達に会いたい。そして、もっと成長した姿を見せたいと。


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