無実の証明3

「待て、これは罠だ」

 声を上げたのはエドモンドだ。

「アンジェリカが殺人なんてするわけない。……アンジェリカは、そこにいる男に操られているんだ。そこにいるマティアス・バルトは……ヴァンパイアなんだからな!」


 大勢の前でとんでもない事を言ってくれた。マティアスがヴァンパイアである事は裏の世界では有名らしいから、エドモンドが知っていても不思議ではないのだが。マティアスは、眉根を寄せて黙っている。


「お前は、王弟派だろう。だから、人々から信頼される聖女が私の妻となる事を恐れた。だから、アンジェリカを無実の罪で陥れようとしたんだ。アンジェリカを信じる振りをして。もしかしたら、ガブリエラ嬢はお前が操っていたんじゃないのか?」

「……あの王弟殿下の忠臣になった覚えはありませんが」

「しかし、お前がヴァンパイアである事は事実だろう。お前が今こうして立っていられるのは、日常的に誰かを襲って生き血を啜っているからではないのか?もしかしたら、ガブリエラ嬢の血も吸っているかもしれないな。お前はそもそも、危険な存在なんだよ」


 アンジェリカは、思ってもいなかった展開に驚いたが、心の中で笑みを浮かべた。アンジェリカとしては、自分が助かるのなら、罪を被るのがガブリエラであろうとマティアスであろうと構わないのだ。

 そして、考えた末、涙ながらにエドモンドに語り掛けた。


「殿下、信じて下さってありがとうございます。先程は、勝手に私の口が動いたのです。私は殺人などしておりません。……実は最近、記憶の一部が途切れる時があったのです。もしかしたら、バルト伯爵が私を操っている間の記憶が抜け落ちていたのかもしれません」

「何?そうだったのか」

「はい。私の自宅には隠し部屋があります。一人で静かに神に祈りを捧げたい時に使うのです。……ところが最近、その部屋に見た事もない植物が保管されているのを見つけました。不思議に思いながらも放置しておりましたが……今思うと、もしかしたらバルト伯爵が私を操って麻薬の運搬をしていたのではと……」

「アッカルド子爵を殺害したのは?」

「記憶が無いとはいえ、さすがに私は殺害には関わっていないと……信じたいです。……恐らく、バルト伯爵か、伯爵に操られたガブリエラ様が殺害したのでしょう」


 よくもまあ、そんな嘘をペラペラと。会場の隅にいたロマーナは、顔を顰めた。アンジェリカが前もって解毒剤を飲んでいたせいか、自白剤の効果が早くも切れてしまったようだ。


「気付いてやれなくてすまなかった、アンジェリカ。すぐこの男の本性を暴いてやる。……そうだ、もしマティアス・バルトがガブリエラ嬢の血を吸っているのなら、ガブリエラ嬢の首に噛み痕が残っているかもしれない。……そこの騎士団の、ベルナルドと言ったか。お前、ガブリエラ嬢の首筋を見てみろ」


 さすがにこの展開は予想が出来ない。ベルナルドは、困ったような顔でマティアスを見た。マティアスは、小声で「仕方ない、正直に言え」と呟く。


 その時のマティアス達の様子を見て、アンジェリカは確信した。マティアス、ベルナルド、ロマーナの三人は、ガブリエラの味方だ。もしかしたら、プリシッラもそちら側の人間かもしれない。

 何故、ゲームでアンジェリカの味方だった人間までガブリエラの味方になっているのか。自分は、聖女なのに。皆に愛されるヒロインなのに。


 アンジェリカは、少し怒りを滲ませながら聞いた。

「ベルナルド様、ガブリエラ様の首に噛み痕はありますか?」

 ベルナルドは、苦しそうな顔をしながら呟いた。

「……噛み痕が……ございます……」


「やはりな。この男は生かしておけない」

 そう言うと、エドモンドは腰に収めている剣を抜いた。

「お待ち下さい、殿下!マティアス様は、無理矢理私の血を吸っているわけでは……」


 ガブリエラの言葉を遮って、エドモンドが言った。

「ガブリエラ嬢も、こんな男に騙されて可哀そうに……今すぐこの男を成敗しよう」

 そう言うと、エドモンドはマティアスに斬りかかってきた。


「マティアス、これを使え!」

 ベルナルドが、自分の剣をマティアスに渡した。マティアスは、エドモンドの剣を何とか受け止める。


「殿下、王城で刀を抜く意味をわかっていらっしゃいますか!?」

「お前を投獄しても、叔父上はお前の味方だからすぐ釈放するだろう。今すぐお前を始末するしかないんだよ」


 マティアスは、苦虫を噛み潰したような表情をした後に叫んだ。

「ベルナルド、ここにいる客達を避難させろ!それと、これ以上俺に加勢するな!皆にもそう伝えろ。下手すると、反逆罪で捕まるぞ!」

「わかった!」

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