第40話 戦闘訓練終了

 魔剣一閃。

 魔力を帯びた刃による狙いすました一撃が、対象を完全に斬り裂く。


「えいっし、お疲れ! これにて今回の遠征終了!」


  そう叫んだ俺の目の前で、首を失ったモンスターが崩れ落ちた。

 ダンジョン深淵第15層のボス・・モンスター、俺が命名したところのガルーダの、もはや動かない死体がそこにはあった。


:お疲れー!

:大半見えなかったけど見事な戦いだった

:やっぱこいつおかしいって。なんでアレをソロ討伐出来るの?

:やべえやべえ、バズリまくってるわ

:もう切り抜き上がってる仕事の早さよ

:短期決戦の極み、みたいな早さで仕留めたな


 第15層のボスモンスターであるガルーダ。

 なぜそんなモンスターに挑んでいるかというと、俺が魔力操作を使えるようになった自分の今の強さを把握したかったからだ。

 とはいえボス戦は命がけ。

 流石にぶっつけで生身は怖いということで今回は分身での挑戦となった。

 そして無事に討伐に成功した、というわけである。



******



 ことの発端は、深淵籠もり最終部である今日の午前中に俺が第15層で絶え間なく押し寄せるモンスターを倒しまくっていたときまで遡る。


:魔力操作やべー

:ヌルが鼬竜みたいに木の間飛び回ってんのホントエグい。

:身体能力倍どころじゃなくないか?

:あ、また乱入来た

:乱入多すぎぃ!

:でも2体でもきっちりさばけてるよな

:結構余裕が出てくるようになったな

:すげー危なげなく対応出来てる感じがする

:あ、怪鳥逝った


 瀕死の怪鳥と元気なグリフォンを同時に相手し、無事討伐し終えた後にコメント欄を見て気付いた。

 

『あ、俺もうこの階層のモンスターじゃ余裕になっちゃってるかも』


 と。

 もちろんそれは悪いことではない。

 俺の魔力操作の技術や戦闘能力が相応に高くなっていることの証明であって、けしてマイナスなことではない。

 この階層のモンスターは1体1体がちゃんと強いので、レベル的にもおそらく美味しい。

 

 それに余裕になったと言っても、ギリギリの戦いには変わりない。

 ただ俺が、そのギリギリの死線を飛び越えることに熟達してきただけで。

 今だって軽傷は複数負っているし、普通に大きめの傷を負うこともまだある。


 でも、精神的に余裕が生まれているのは事実だ。

 今ならばあるいは、以前のゲリラコラボとか中層のソロ配信のときのように、戦闘中も視界の隅にコメント欄を表示して、コメントに答えながらでも第15層の怪物達と戦うことが出来るかもしれない。

 それほどまでに、精神的に余裕があった。

 つまり、もはやこの階層での戦いで、俺は肉体的に死地にいても、精神的には何も気負うことの無い鍛錬と変わらなくなってしまっているのだ。


 となると、このまま更に戦いを続けても良いが、もっと別の事をやった方が良いかもしれない。

 単純な話だが、息の詰まる戦闘、手に汗握る展開なら幾度でも楽しめても、わかりきった作業だと飽きが来る。

 今の俺もおそらく、精神的にはその状態なのだろう。

 3種類いるとはいえ同じモンスターを相手し続けて、もはや流れ作業のように戦闘が出来るようになってしまった。

 それが今の俺の状態だ。


 そこが死にゲーの悪いところで、戦闘が手に汗握る戦闘から作業へと変化してしまうのである。

 ここで2歩踏み込んで1回攻撃して、バックステップで回避後すぐに横ローリング、そこから魔法を使用。

 それは敵との戦いではなく、自らの持つ知識の遂行に過ぎない。


 もちろん敵のパターンは場合によって変わるので全てが全て完全に作業だとは言わないが、そういう傾向がある、ということだ。


 そして今の俺はまさしくそうなりつつある。

 ならば、ここは一旦階層を変えるか何かアクセントを加えるべきだ。

 

「と思うんだけど、どう思う?」


:このゲーム脳がよぉ

:ガチで言ってるからヌルは怖いんだよな

:要するに飽きそうだから他に何かしたいってことね

:でも14とか16層は危険なんだろ?

:はい、ボスと戦ってみたら良いと思います!

:ボス猿と遊んでくれば?


 色んな意見が飛び交う中に、俺はまさしく今の俺好みの意見を見つけた。

 

「それ良いな。よし、ボス戦やろう」


 通常モンスターとの戦闘ではなくボスとの戦闘をやる。

 それはその時の俺にはかなり魅力的な提案として映った。

 確かに魔力操作の練度を上げるためにより強敵を求める状態になっているその時の俺にとって、ボスモンスターはまさしく強敵に相応しい相手だと思ったのだ。


 そこからいきなりボス戦に突っ込もうとした俺だが、流石に視聴者たちに止められて一旦キャンプ地に戻り、《分身》スキルを発動。

 流石にボス戦に生身で突っ込むのは怖くて見ていられないということで、分身に意識を移してのボス戦を行うことになった。


 戦う相手は第13層のボス猿と第15層のボスで悩んで、結果より時間のかかりそうな第15層のボスに決定。

 それと同時に、今回のダンジョン籠もりの最終戦をそいつとの戦闘にする事を宣言した。


 そして俺は再び第15層に戻ると、まっすぐにガルーダの巣があるエリアに向かって木々の中を走っていく。

 地面を蹴り、時折木の側面を蹴り。

 魔力操作を使えるようになった恩恵としてこういう動きも俺は出来るようになっていた。


 そしてたどり着いたガルーダの生息地帯。

 そこはこの巨大樹の森の中でも比較にならないほどの太さと大きさを誇る大木が鎮座しているエリアで、その大木の枝の陰に入ってしまうためか、周辺一帯には木が生えておらずポッカリと空白地帯になっている場所だ。


 そしてその空白地帯の中央にある大木こそが、ガルーダの巣だ。

 ガルーダとの戦闘をするならば、この木を攻撃していればガルーダは降りてくる。

 一方で、一応選択肢の1つとしてだが、ガルーダの巣は大木のかなり高い所にある。

 そしてその周辺には他にも何本も枝がある。


 つまり、登っていってその先でガルーダと戦うことも出来る、というわけだ。

 メリットとしては、大木のすぐ近くになるのでガルーダの行動が地上と比べてある程度抑制され、真っ向から戦いやすくなること。

 デメリットはそもそも落下したら死ぬ高さで風を操る力を持つガルーダとやり合わなければならない事。


 まあ俺は今回真っ向勝負をしにきたので地上で戦うつもりだが。

 数発の火球を大木にぶち込んでやると、遥か上方から『キィエェェェェ!』と甲高い鳴き声が聞こえる。


 そしてすぐに上空からこちらに向かって一直線に突っ込んでくる怪鳥のような姿が見える。

 だがその大きさは、怪鳥とは比べ物にならないぐらいに大きい。

 黄金色に輝くその巨大な怪鳥は、俺の目の前まで来ると翼をはためかせて空中で停止する。

 その際の羽ばたきによって発生した暴風だけで近くの巨大樹が揺れたわみ、俺も吹き飛ばされそうになるのをなんとかこらえる。


『キュイェェェェェ!』

「うっせーよ」


 俺の前で威嚇するように再び鳴き声を上げるガルーダ。

 元から全長10メートルクラスと戦闘機の半分以上のサイズがあった怪鳥よりも更に巨大な体躯。

 羽ばたく度に身体が吹き飛ばされそうになる暴風を巻き起こす姿はまさしく空の王者と呼ぶに相応しい。


 さあ、こいつとどう戦う?

 ちなみに初めてというか唯一討伐出来たときは、こいつをトレインしたまま大樹林を走り回って他のモンスターを引っ掛けまくり、ガルーダをとにかく疲労させてから打ち取るという誉れの死んだ戦い方をした。


 今回はそんな戦い方をする予定はない。

 ただひたすらに真っ向勝負。 

 負けるなら負けるでそれで良い。

 今の俺の力の確認と、圧倒的格上という強敵を前に足掻くことによる成長こそがこの戦闘の目的だ。


 剣を引き抜き、前傾姿勢で前方へと駆ける

 まずは近づかないことには始まらない。

 怪鳥相手ならば牽制の意味も込めて魔法を使っていたが、万全の姿勢で待ち構えるこいつを相手に俺の魔法陣魔法は基本通用しないのだ。

 その羽ばたきに混ざる魔力が、俺の魔法を打ち消してしまう。

 それほどに格に差のある相手だ。


 前のめりに魔力操作で強化した肉体で駆ける俺に対して、ガルーダの反応は早かった。

 今の俺からすればほんの10歩もあれば詰めきれる距離にも関わらず、接近し切る前にガルーダは翼から風の刃を放つ。

 モンスターはこうして時折物理法則を無視した攻撃をしてくるのだが、俺はそれらを全て魔法の生態的利用と判断し、魔法だと思うことにしている。


 さておき、飛んでくる複数の風の刃に、俺はわずかに進路を変えて複数を回避しつつそのコースで直撃コースに入ってくる複数の刃を剣で弾き飛ばす。

 

 怪鳥との戦いで、魔力を込めた剣を用いれば風の刃が斬り裂いて消せるということを知っておいて良かった。

 ちなみに火炎系の魔法は斬り裂いたらそこでほどけるように消えるし、雷系の魔法は剣を伝ってどっか行く。

 魔法というのは、どうも魔力で構造を崩すと崩壊する場合が多いようだ。


 しかし、やはりガルーダの魔法は一味違うようで。


「おっも……!」


 ガイィンと金属がぶつかる硬質な音が響く。

 斬り裂くどころかそらすことが精一杯だった。

 それでも足をとめることなく最初の地点から弧を描きながらガルーダへと接近。

 高度差があるものの剣が届く射程に入る寸前で、思い切り跳び上がる。

 

 まずは引きずり降ろさないと話にならないが。

 跳び上がった俺を躱す様に、ガルーダはわずかに移動しつつ再び風の刃を放ってくる。

 そして空中での移動手段を持たず攻撃を弾くことに専念させられた俺は、そのままガルーダに触れることなく着地する。


「ま、こうなるわな」


 当然の結果に呟きつつ、俺は魔法陣を展開して魔法を投射する。

 確かに体勢の整ったこいつには魔法は効かないとはいったものの、だからといって使えないわけではない。

 要するに使い所を考えれば良いという話だ。


 放った魔法の黒い塊はガルーダに近づいて打ち消される前に自主的に爆発して黒い煙を吐き出す。

 おそらく闇属性魔法に属する視界阻害の魔法、『暗霧』だ。

 それも1つ1つではガルーダに打ち消されてしまうのでいくつも放ち続ける。

 

 やがて辺り一帯には黒い霧のようなものが漂い、見通しが悪くなっていく。

 ガルーダも羽ばたいて吹き飛ばそうとしているようだが、風を操って吹き飛ばした端から俺がばらまいていくので効果が無い。


 それに焦れたのか、再び『キィエェェェェ!』と咆哮を上げたガルーダは、魔法などで霧を打ち払おうとしていた行動から一転、俺に向かって突撃してきた。

 視界は阻害されているものの、俺が魔法を放ち続けていることでそれがどこから来ているかガルーダにはわかっている。

 というかそもそもボスモンスターは皆高い感知能力を持っているだろうから、俺の居場所も察知しているのだろう。


 そして俺もこれを待っていた。

 そもそもガルーダは、他の怪鳥と違って基本的に地面にほとんど降りてこない特性を持っている。

 故に、攻撃を躱しながら待っているだけではガルーダは俺の剣の届くところまで降りてきてくれない。

 

 だがどうにかしてガルーダを俺の剣の射程におさめなければ俺に勝ち目はない。

 故に相手から降りてくるように、鬱陶しくなるように煙幕を放った。


 感知しているガルーダの反応が急激に俺に接近する。

 そしてそれに合わせるように俺は横に2メートル程サイドステップで移動してから剣を上から振り下ろす。

 当然魔力で強化をした剣だ。

 強い手応えはあったものの、当たったものを斬り飛ばした。


『ギェエエエ!!』

「ぐっ!」


 ガルーダが苦悶の声を上げる。

 同時に俺も、左腕の側面を切り裂かれてうめき声が漏れた。

  

 近接戦においては鉤爪での攻撃よりも嘴での突撃を好むガルーダだが、嘴だけでなくその翼も凶悪だ。

 羽毛が刃物のように鋭く尖っており、普通に全身凶器である。

 故に、奴の右の翼を狙って切断した俺だが、その分ガルーダの羽根の中を突き進む事になり、全面に出していた左手はズタズタだ。

 流石に魔力強化の耐久性向上でもこういうのは防げないらしい。


 しかし、これでガルーダの力を大きく削いだ。

 俺が暗霧を放たなくなったことでだんだん見通しが良くなってくる。

 俺が振り返った先では、無事な方の翼を大きく広げ、なんとか飛びたとうとしているガルーダの姿があった。

 いや、更に魔法の風で自分を補助しているようだ。

 それによってガルーダの身体は浮き上がり始めている。


 だが、それを黙って見ている俺ではない。


「《開放リリース》」


 普段使うその場で構築する魔法陣ではなく、普段から練り上げてストックしてあった魔法陣を呼び出すための魔法陣を起動する。

 多重魔法陣。

 俺の使い方であっているかわからないが、小型の魔法陣で大型の魔法陣を呼び出すことで描写時間を節約する技術だ。

 まだバリエーションは少ないが俺の奥の手の1つ。

 それで巨大な火の槍を複数呼び出し、それらを離陸したばかりのガルーダに向けて放つ。

 

 もちろん片羽が機能していないとはいえ、ガルーダの周りには魔力を伴った暴風が吹き荒れていて、俺の魔法も崩されていく。

 だがあの魔法は、本来着弾点からほどけるようにして敵にまとわりつき焼き尽くすように魔法陣を組んだ魔法だ。


 そんな魔法が、ガルーダの魔法の風にぶつかってほどけるとどうなるか。


「ガルーダの丸焼き、いっちょ上がりってな」


 俺の魔法の炎がガルーダの魔法の風にのって激しく燃え上がった。

 これはガルーダが片羽を失ったことで、ガルーダを魔法から守る鉄壁の暴風域に穴が出来ているからだ。

 そこが起点となって、ガルーダの全身を覆う暴風域が炎に侵食される。

 これが両方の翼が健在であれば、いくら炎と風で相乗効果が見込めるとはいってもガルーダを取り巻くように炎が散らされてガルーダ自体には1つの火傷も負わせることが出来なかっただろう。


 だから俺は翼を狙ったのだ。

 正直飛べなくなることについては考えていなかった。

 それよりもガルーダの護りを崩すことばかり考えていた。


『ギィェェェェ!!』


 炎の塊の中から聞こえるのは、もはや悲鳴のようにも聞こえるガルーダの鳴き声。

 そら俺の魔法だけならともかく、自分の魔法で増幅した炎だ。

 さすがの階層ボスモンスターも食らったら痛いだろう。


 その鳴き声を前に、俺は剣を構えて最大限に魔力を溜め込んでいく。

 炎の幕が消えた時。

 その時がガルーダの命日だ。


 ん?

 命日じゃおかしいか。


「ま、なんでも良い、よな!」


 言葉の最後と同時に駆け出し、炎の幕が解けた中から俺の方へと視線を向ける焼けたガルーダへと急接近する。

 流石にこの距離まで踏み込まれているとは思わなかったのだろう、ガルーダが一瞬驚いた表情をした後、その嘴で俺の事を貫かんとする。

 

 しかし、火傷をしてぎこちない分こちらの方が速い。


「ぜらぁっ!」


 俺が全力で振り抜いた剣は、ガルーダの嘴の下をすり抜け、その首を完全に切り落とした。


「えいっし、お疲れ! これにて今回の遠征終了!」


 こうして、俺は初めて正攻法で、真っ向から深淵のボスモンスターを討伐したのである。



〜〜〜〜〜〜〜

ノーパソ逝ったので42話で更新途切れます。



すぐ帰ってくる予定ですが先に消化する予定だった他の小説書いてるかもしれないので、途切れても待っててください。

ちゃんと書きます。

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