第九話 立場

井上の目にうつったのはそこにいるはずのない赤坂晨人その人であった。


「どうして、赤坂さんがここに。」


井上達がくる数十分前、さらに遡り、川名春吉達が川名組に帰ってくる数十分前のこと、秘密裏に護衛をしていた伊月から電話がかかってきた。


叡山は組長になにかあったのではないかと考え、慌てて電話をとる。


『組長が陣間組と戦うギャンブラーを見つけたみたいです。』


電話から聞こえてきた声は、叡山が思っていたようなことではなかった。いや、それどころかとても嬉しいことであった。


「本当か。」


『本当ですよ。』


「それで、どんな奴だ。陣間組と戦えそうか?」


そう。これが大事なのだ。叡山は陣間組からゲームを申し込まれる以前から川名組のギャンブラーを探していた。だが、川名組を背負える程のギャンブラーには一人たりとも出会えなかった。それほどまでに珍しい存在なのだ。


『正直わからないでが、今までの奴とは比べようがないくらいには凄いやつですよ。』


伊月は一呼吸おいてから続きの言葉を話す。


『もしかしたら、赤坂さんよりも強いかもしれません。』


電話越しでもわかるくらいに伊月は興奮していた。今まで出会えなかったレベルのギャンブラーを見つけたのだ。興奮しても無理はない。


「そのギャンブラーを川名組に取り込めそうか?」


『どうですかね。今、組長が直にお願いをしているみたいですが、正直なところわかりません。』


「そうか、わかった。結果がわかり次第また連絡してくれ。」


『わかりました。』


ここで電話はきれた。


(どうする。ギャンブラーとの交渉は俺が行った方がいいのではないか、だが、今行ってしまうと組長に尾行のことがバレてしまう。いや、だが赤坂さんレベルいや、もしかしたら赤坂さん以上のギャンブラーを手に入れるチャンス。)


数分思考した後、叡山は答えを導く。


(組長のあの目は本気だった。)


叡山は組長が護衛のことについて話してきた時のことを思い出す。


(ここは、組長に任せるしかないな。)


そこから再度電話がかかって来るまで数十分かかった。その間たったの数十分だが、叡山にとっては永遠とも言えるくらいの長い時間出会った。


プルルル。


持っていたスマホが音をたてる。


叡山はすぐさま電話をとった。


「どうだった。」


叡山は固唾をのんで、回答をまつ。


『組長がやりましたよ。ギャンブラーを川名組に引き込むのに成功してくれました。』


「本当か。」


叡山の心の中に安堵と喜びの心が溢れ出てきた。


『本当です。これからそのギャンブラーと共に川名組に帰るそうです。』


「わかった。」


ピーピー。


電話をきった叡山は一安心したのか、でかいため息を1つした。


それから数十分して組長が一人のギャンブラーを連れて帰ってきた。


遠目から見てもわかるくらいに組長の顔は笑みに満ちていた。


「ただいま。」


川名春吉が元気よく川名組の玄関に足を踏み入れる。


「お帰りなさいませ。組長。」


川名春吉を出迎えたのは他でもない若頭の叡山であった。


「組長。そちらの方は一体?」


あくまで知らないフリをする。普通は知らないのだから、隠れて護衛でもしていない限り。


「あぁ、例のところでスカウトしてきたんだ。陣間組と戦うギャンブラーの阿黒賢一さんだよ。」


組長の後ろにいる黒髪、赤目の男は軽く会釈をする。


「強さは俺が保証するよ。」


「そんなに強いんですか。」


その返答に川名は自信に満ちた顔を縦にふった。


岩田叡山はギャンブラーの実力を既に伊月から聞いていたので、それ以上言うことはなかった。


「わかりました。それでは、広間に行きましょう。組員達に阿黒賢一さんのことを紹介をしないといけないですから。」


「そうだね。」


川名春吉は靴を脱ぎ、玄関を去り、広間を目指して進んで行った。


阿黒賢一も同様に靴を脱ぎ、川名春吉の後ろにつき、広間を目指すために歩みを進めようとした時、横にいた叡山に小さく、叡山にしか聞こえない声で何かを告げた。告げられた叡山は何も言わずにその場に立ち尽くした。


程なくして護衛をしていた伊月が帰ってくる。


「どうしたんですか?」


玄関に立ち尽くしている叡山を見た伊月が心配そうに声をかける。


「あの、ギャンブラー。化け物だな。」


「何かあったんですか?」


何も知らない伊月が岩田叡山に質問をなげかけた。


「さっき、阿黒賢一とすれ違った時に、『演技上手いですね。』って言って来たんだよ。」


「え、それって。」


その言葉の意味を瞬時に理解した伊月は驚愕する。


「そうだよ。隠れて護衛してたこと、俺が阿黒賢一の実力を知っていたこと、全てを見透かされた。」


岩田叡山は改めて確信する。今まで話でしか聞いていなかった阿黒賢一の実力をその身で体験したことによって。





岩田叡山が広間に着く頃には既に組員がある程度集まっており、阿黒賢一が座っている椅子を囲うかのように立っていた。


その全員が若頭が部屋に入って来たことに気付き、大きな声で挨拶をする。


若頭である岩田叡山はその挨拶に答えると、阿黒賢一の近くに行こうとしたその時、ピンポーンというチャイムの音が部屋中に鳴り響いた。


「何だ?」


ザワザワする組員達。その中で一人の組員が「俺が行きます。」と言い、玄関の方に向かって走り出す。


そして、一分もしないうちに戻ってきて、近くにいる若頭に耳打ちをした。


「埼崎組長がきているのですが。どうすれば良いでしょうか。」


岩田叡山はとても驚いた。埼崎組長が死んでいないことは知っていたが、ここに来るとは微塵も思っていなかったからである。


「俺が行こう。組長にはお前が伝えてくれ。」


「わかりました。」


叡山はそう言うと、広間を後にした、玄関方に向かって早足で向かった。


玄関には着物を着た60歳くらいの男性、埼崎組長が待っていた。


「埼崎組長。川名組に何かようでしょうか。」


「もう組長では無い。」


「す、すみません。」


「謝らんでも良い。」


「そ、それで川名組に何の用でしょうか。」


「わし個人としては、用はないのだが、赤坂が用があるというから来たのだ。」


「赤坂?」


さっきは気づかなかったが、埼崎元組長の後ろにはそのギャンブラーである。赤髪、丸メガネ、赤と黒のスーツをきている赤坂晨人の姿があった。


「赤坂さん。」


「どうも。」


「赤坂さんが川名組にどんな用があるのですか。」


「阿黒賢一に会いたくて来た。」


「!!。」


岩田叡山はこの日何回目かも分からない驚愕をする。


「どうして、そのことを。」


「僕にわからないとでも。」


「いえ、そんなことは。」


「まぁ、いいや。はやく阿黒賢一と会わせてくれないか。」


「すみません。少し待っていてください。」


叡山は広間に戻ると組長に今までの経緯を話した。


「と言っているのですが。」


経緯を聞いた川名春吉は入れるかどうかを検討する。


(なんの用かはわからないけど、埼崎さんのことだ。変なことにはならないだろう。)


「わかった。俺が行くよ。」


川名春吉は広間を出ると埼崎元組長と赤坂晨人が待っている玄関まで歩みを進めた。


「遅くなってすみません。」


玄関に着くなり二人に謝罪をし、組に入れ、を阿黒賢一のいる広間まで案内をした。


広間に集まっていた組員達は埼崎組長と赤坂晨人にとても驚いていたが、赤坂晨人はそんなのお構い無し阿黒賢一の方に向かってに進んで行った。


阿黒賢一が座っている椅子とテーブルを挟む形で対面にある椅子に赤坂晨人が座る。


「赤坂晨人だ。よろしく。」


阿黒賢一に手を差し出す。


「阿黒賢一。よろしくね。赤坂さん。」


2人は机の上で握手をする。


「ところで、赤坂さんはここになんの用があるですか?」


埼崎元組長と一緒にいる川名春吉が赤坂の目的を聞く。


「それは、」


「どうして、赤坂さんがここに。」


大勢のくみいんの今まさに最前列にきた井上が驚きの声を上げる。


「ん。」


その声に反応したのか、赤坂晨人は自身の言葉を引っ込め、声の主の方に目をやる。


「あぁ。井上じゃないか。」


赤坂と会った井上の表情は酷くこわばっていた。


「そんな顔をするな。お前の親友はまだ無事だ。」


「井上さん。親友ってどういうことですか?」


それを井上の横で聞いていた酒井はたまらず井上に質問をしてしまう。


だが、その質問に答えたのは井上ではなく赤坂であった。


「どうしたも何もコイツの親友が僕のことを下に見てきやがったんでね、奴隷にしてやったんだよ。」


そこで酒井は井上が廊下で話していたことが親友のことであったことを知る。


「ん?君も僕のことを舐めてる?」


酒井のことを見つめる赤坂の眼には心の奥底までも見られているかのような錯覚に陥るほどの眼力があった。


「いっ、いえ、舐めてません。」


酒井は赤坂晨人のことを舐めていた。本人に会うまでは。


「まぁ、そんなことはどうでもいい。」


酒井に向けていた目を真正面にいる阿黒賢一にうつす。


「単刀直入にいおう。僕とゲームをしないか?」


「「ゲーム?」」


川名春吉だけではない。岩田叡山や周りを囲んでいる組員、ほぼ全員が同じ疑問を口にした。


「君の実力を測りたい。」


それを聞いた阿黒賢一はどこか笑っているように感じる。


「いいよ。どんなゲームにする?赤坂さんが決めていいよ。」


「決まりだな。だが、何も賭けずにするのも味気ない。何か賭けてやらないか?」


「良いよ。赤坂さんは何を賭けるのかな?」


阿黒賢一は川名春吉の意見も聞かずに淡々と話は進めていく。


「ダメですよ。阿黒さん。」


勝手に話を進める阿黒賢一を川名春吉は必死の思いで止めに入った。


「どうして?」


「いや、どうしてって、賭けの内容も聞かずにのるのはまずいからですよ。」


「川名さんは俺が負けるとでも思っているのかな?」


「いや、それは……、」


川名春吉は阿黒賢一の実力をまじかで見たことがあるからこそわかる。彼が化け物であることを。それと同時に知っているのだ。赤坂晨人の強さを、彼もまた化け物であるということを。


「君が僕に絶対に勝てるみたいな言いぐさだな。」


赤坂が話に割り込んでくる。


「当たり前じゃないか。」


「じゃあ、やろうじゃないか。」


阿黒賢一は横に立っている川名春吉に目を向ける。


「わかりました。受けましょう。」


阿黒賢一の目を見て何かを思ったのだろう。川名春吉はゲームを受けた。


「それで、赤坂さんは何を賭けるのかな?」


今度は赤坂晨人の方に目を向ける。


「僕が賭けるものはなんだっていい。ただ、君には賭けて欲しいものがある。」


「何が欲しいんだい?」


「川名組でのギャンブラーの立場だ。」

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