第9話 実技授業

 庭へと移動した二人は、早速実技授業を始めることにした。

 シエラが指を鳴らすと、二人の間に魔法陣が浮かび上がって巨大なゴーレムが出現する。

 今シエラが使ったのは時間差詠唱ストックブートと呼ばれる高等技法だ。事前に呪文を詠唱しておくことで後に任意のタイミングで発動させることができるというもの。

 魔法を複数同時に操る際に必要となる演算領域キャパシティと呼ばれる能力が強くなければ使えないが、シャーロットなら問題ないだろうと思いいつか教えてあげようとシエラが内心思う。

 そしてシエラは、昨夜のうちに作っておいたこのゴーレムを使って実際に魔法に慣れてもらおうと考えていた。

 ゴーレムとは鉱物で作られた魔導兵器の一種だ。高い攻撃性と頑強な防御力が特徴的で、体を形成する鉱物次第で戦士にも魔法使いにも対抗できるという使い勝手の良さから、戦争になると前線でその姿をよく見かける。

 今回はさすがに怪我をさせるわけにはいかないのでゴーレムは攻撃しないように設定されている。また、万が一もあるため人が気絶するレベルの衝撃を受けると緊急停止するようにも設定しておいた。

 突然現れたゴーレムに驚くシャーロットに、シエラがゴーレムの腕を叩きながら話す。


「今からシャルに第二階級魔法の【サンダーショット】を教えるね。これを一節の省略詠唱で発動させてゴーレムの動きを止めることができたら目的達成」

「はい!」


 【サンダーショット】は護身用の魔法だ。電撃を飛ばし、相手の意識を刈り取るための技。小さな魔獣やゴブリンといった弱い魔物に対しても高い効果を発揮するため、多くの人に重宝されている。

 魔法を改変し、魔力を操作できる者なら誰でも使えるようにした魔法の下位互換である魔術と呼ばれる技を習う時も、最初に教わるのはこの【サンダーショット】を改変したものというまさに基本中の基本となる技。


「基本的な詠唱は、〈走れ・閃光纏う・雷の虎よ〉だよ。慣れれば〈走れ雷の虎〉で発動できるようになるけど、まずは詠唱を省略せずに練習してみなさい」


 始め、と合図をすると、ゴーレムがゆっくりとした動きでシャーロットを追いかけ始める。

 シャーロットは走りながら、視線をしっかりとゴーレムに向けていた。ゴーレムの胸部を指差し詠唱を開始する。


「〈走れ・閃光纏う・雷の虎よ〉! いっけぇぇぇぇ!!」


 指先から一条の電撃が迸ってゴーレムに直撃した。

 だが、当たり所が悪かったのか動きは止まらない。なおもシャーロットを追いかけ続ける。

 その後もシャーロットは何発も【サンダーショット】を撃ち続ける。熱くなったのかしばらくすると無意識のうちに省略詠唱を行い、それも難なく成功させてシエラを感心させた。


「攻撃魔法の省略詠唱は他のものと比べて難しいはずなんだけど。やっぱりシャルは優秀だね」


 この調子なら、いずれ本当にシエラのようにストックブートはもちろんのこと、無声詠唱や反復詠唱ダブルキャストのような高等技法もできるようになるだろう。

 などと思い、フッと笑う。


「本当にこの子は、世界で一番の魔法使いになれる」


 術式の理解も早いようで、攻撃を重ねる度に威力と速度が上がっている。時間と共にどんどん成長しているようだった。

 だが、何度も攻撃を受けているにも関わらず一向に止まる気配のないゴーレムにはシエラも首を傾げる。


「あれ……ヘッドショットも決まってるのにどうして……?」


 並の人間なら感電死していてもおかしくない電撃量が叩き込まれている。ゴーレムは感電死などしないが、設定が正しければとっくに止まっているはずだった。

 ふと見ると、シャーロットの顔色が悪くなっていた。

 額には脂汗が浮かび、血の気を失いつつある肌は青白く変色している。

 魔力切れを起こそうとしているのだと瞬時に察したシエラは慌てて指先をゴーレムに向ける。


「そこまで! 〈穿て雷槍〉」


 強めの【プラズマランス】をゴーレムの脳天に叩き込んで強制的に停止させた。

 動きを止めたゴーレムを見てシャーロットがその場に座り込んだ。胸に手を当てて深呼吸を繰り返している。

 シエラは停止したゴーレムに近付き、胸の一部を取り外して内部の術式を再確認する。

 そして、あることに気づいて頭を抱えながらシャーロットの元へと歩いていった。


「すみません先生……私……」

「ごめん、完全に私の設定ミス」

「え……?」

「停止条件の電力量と衝撃を、第二階級魔法の【サンダーショット】じゃなくて第五階級魔法の【サンダーシュート】を基準に設定してた。衝撃による緊急停止も一撃設定で蓄積による停止設定をしていなかったから、ずっと動き続けていたんだと思う。本当にごめんなさい」


 誰がどう見てもシエラに非がある。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「そう……だったんですね……」

「ええ。だからシャルが気にすることはないよ。それより、よくこの短時間で省略詠唱ができるようになったね。誇っていいよ!」

「っ! ありがとうございます……!」


 シエラに褒められたことがよほど嬉しいのか、シャーロットが満面の笑みを浮かべていた。

 大きく息を吐き、立ちあがろうとしたシャーロットを見て考えを先読みしたシエラが告げた。


「じゃあ、今日の授業はここまでね」

「え……でも私はまだ……」

「魔力切れを起こすわよ。それは冗談抜きでマズいからやめておきなさい」


 魔力切れ状態で魔法を行使すると、寿命が魔力に変換されてしまう。その上、燃費も最悪で本当の緊急時以外はどんな魔法使いでも取らない悪手だった。


「しっかり休むこと。余裕はあるのかもしれないけど、常に少し余力を残しておくのが賢いやり方よ」

「そう、ですか……」

「休めるときにしっかり休んでおくのも魔法使いに必要なことよ。それに、まだ授業を続けたいのなら地下に行きましょう。座学なら問題ないからね」

「では、よろしくお願いしますシエラ先生!」


 溢れるやる気にシエラは笑顔で応えた。

 シャーロットを連れ地下へと戻り、他の魔法の詠唱について教えていくことにする。

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