第2話 少女を引き取る

 一旦少女から離れ、シエラは路地を進んでいく。

 少女の他にも檻に閉じ込められた奴隷たちは多く、外にいる者は見た限りだとほとんどが病気を患っているようだった。

 力なく倒れている者や、既に死んでいるのではと思う者。頭を抱えてブツブツと何かを呟き続けながら震えている者など、どこか様子のおかしい者たちばかりだ。

 そのうちの何人かは、シエラが奴隷商が構える店の客だと見るや否や、必死に檻にしがみついて腕を伸ばしてくる。


「お、お願いします……! 私を買ってください! きっと満足させて見せますからっ!」

「女よりも男の俺の方が絶対に気持ちよくなれます! だから買うなら俺を!」

「おいら、村で一番強かったんです! 役に立ちますから!」


 何が彼らをそこまで必死にさせるのかシエラは分からなかったが、とりあえず他にも宝石の原石があるかもと一人一人魔力を込めた瞳で確認していく。

 だが、シエラに言わせれば良くても中の下程度の魔力保持者しかおらず、少し気の毒に思いながら路地の奥にある店の前に立った。

 立派な両開きの扉を開け、店の中へと入る。

 薄暗いカウンターには、人相の悪そうな太った男と武装した二人の男がいた。

 武装した二人の男がシエラの姿を見て背中の斧に手を伸ばすが、人相の悪そうな男がそれを制止する。

 男は睨めつけるような視線でシエラを軽く見ると、金貨を数えていた手を止めて立ち上がり、両手を揉みながら胡散臭い笑顔でシエラの元へと歩いていく。

 この太った男が店主で、武装した男二人は護衛として雇われている者なのだとシエラは判断した。


「これはいらっしゃいませ。しかし、申し訳ありません。本日はもう閉店でして、また明日にでも来ていただきたく思いますが……」


 笑顔を浮かべてはいるが目は笑っていない。視線で帰れと言っている。

 が、そんなことお構いなしにシエラは続けた。


「外にいる奴隷が欲しい。売ってもらえないかしら?」


 店主の男が持っていた敵意がわずかに膨れ、眉がひそめられる。が、それも一瞬ですぐに首を傾げていた。


「外の奴隷ですか? お客様のお気に召す者がいたのかもしれませんが、あれらは諸事情によりこの後すべて処分する予定の者たちです。あまりオススメはできませんね。こちらとしても、後々苦情を言われても困りますのでハイ……」


 店主の話を聞き、ようやく外の奴隷たちが必死になっていた理由が分かった。

 なおさら後日出直すなどできるものかと思い、強気に体を乗り出す。


「そんなことしないわ。売るか売らないかで返事をして」

「……そこまで言うのでしたら」


 渋々、といった感じだが、店主は護衛を連れてシエラと共に店を出た。

 助けを乞うような奴隷たちの視線から目をそらし、最初に見つけた少女の檻の前に立つ。


「……お客様。まさかとは思いますが……」

「ええ。この娘が欲しい。いくら?」

「失礼ながらお客様、正気でしょうか?」


 店主は、悪臭に鼻を摘まみながらハエを振り払って話し始める。


「この娘はとある貴族様の隠し子だそうで、性奴隷として高い需要があると思っていたんですがね。買い取ってすぐにこの娘を売った母親の暴力のせいで目がほとんど見えない傷物であると分かったんです。すぐに目が完全に見えなくなったから売り物にもならず、挙げ句にどこからか疫病をもらってきて他の奴隷たちまでダメにしてしまった。まったく大損もいいところですよ」


 店主の話を聞き流し、改めてシエラは少女を見る。

 やはりいい娘だ、と。素質がある、と。

 シエラの回復魔法であれば、傷も視力も病もすべて治すことができる。

 万全な状態となった彼女を弟子として迎え、修行を付ける。その結果この少女が魔法使いとしてどれほどの高みに到達することができるのか、今から楽しみで仕方なかった。


「そういうわけでして、やはりこの娘は……」

「私はこの娘が欲しいと言ったの。何度も言わせないで」

「……失礼しました。しかし、いくらと仰られてもこの娘は売り物にならないので正直いくらで売ればいいのやら分からず……」

「じゃあ、言い値で払うわ。金貨の手持ちは少ないから、これで許してね」


 そう言って、シエラは収納と転移の魔法を付与した鞄から金塊を取り出した。

 黄金の塊が一つ、また一つと積み上げられていく光景に、店主も護衛たちも目を見開いて顔色を変える。

 金と白金プラチナは特に価値が高い。各国が発行する硬貨の材料になり、金持ちが観賞用や美術品の材料として求め、魔法使いにとっても非常に優秀な魔法触媒になるという圧倒的な需要があるにも関わらず、銅や銀と違って錬金術で精製できないため自然のものしか流通しないという圧倒的供給の少なさが金とプラチナの価値を高く維持させていた。高額な買い物をするときは、金貨や白金貨で支払うよりも金塊やプラチナ結晶で支払うことも多い。

 尤も、金もプラチナも錬金術で精製できないというのはあくまで常識の話。金もプラチナも問題なく精製できる常識外れのシエラにとっては金塊など大した価値もなく、どれだけ渡したところでお財布は痛くも痒くもない。

 昔、儀式魔法にハマっていた頃に大量に精製して宝物庫の奥に放り込んでいた余り物の金塊を鞄を通じて取り出し、並べればいいだけなのだから。

 金塊が七つほど積み上がった頃、輝きに目を奪われていた店主が我に返り、八個目を取り出そうとしていたシエラを慌てて止める。


「もう充分でございます! おい! 早く檻と首輪の鍵、それから契約書を持ってこい! お客様をお待たせするんじゃない!」


 店主の言葉に護衛の男が首が取れるのではと思うくらい激しく頷き、急いで店に戻ると大急ぎで言われた物を持って戻ってきた。

 護衛の男たちは震える手で金塊を店に持っていき、その間に店主とシエラが契約書を確認して署名を行う。


「で、では、最後に少々血をいただいてもよろしいでしょうか? 奴隷がお客様に反抗できないように隷属魔術を使いますので……」

「必要ないわ」

「え? しかし、それでは奴隷が逃げる可能性も……この体では不可能ですか。しかし万が一があり得るので……」

「こう見えて私は魔法使いなの。魔術じゃなくて魔法で隷属させることができる」


 そんなことをするつもりはないのだが。

 しかし、こう言わないと契約が完了しなさそうだったために仕方ない。弟子を隷属させる趣味はシエラにはないのだ。

 檻が開かれ、シエラは少女をお姫様抱っこで抱きかかえる。

 最初とは打って変わり、心からの笑顔を見せた店主と護衛たちは揃って腰を直角に折り曲げた。


「「「ありがとうございました! どうぞまたご贔屓に!」」」


 その行動に、謝意と隠されたもう一つの意図を読み取ってシエラがフッと口元を緩める。


「利口ね。気に入った」


 店主たちが地面を見ている間に、シエラは転移魔法を使って自分の屋敷へと帰っていった。

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