朱亞の知識 2話

朱亞シュアさん、彼女は……」

「お粥を食べてくれたので、少し休ませてください」


 少し考えてから、男性に視線を移して遠慮がちに言葉を紡ぐ。


「あの、毎月なのですか?」

「あ、ああ。そういえば、そうだな……」

「……では、これを。効けば良いのですが……」


 自身の鞄をごそごそと探す。月季花ゲッキカ代代ダイダイ花を配合したものを入れた硝子ガラス瓶と、月季花と益母草ヤクモソウを配合したものを入れた硝子瓶を男性に差しだした。


「それは?」

「毎月のものが少し軽くなる……かもしれないものです。合うか合わないかは、使ってみないとわからないので、一応ふたつともどうぞ」

「しかし……」


 男性は困惑したように梓豪ズーハオに視線を移した。彼は口元に手をかけて朱亞を見る。


「よろしいのですか?」

「はい。必要な人のところにあるほうが、この子たちも幸せでしょう」


 ずいっと硝子瓶を差しだす朱亞。思わず受け取ってしまい、「本当に良いのかい?」とたずねる男性。彼女はきょとんとした表情を浮かべて、それからはっとしたように頭を下げた。


「すみません、押しつけがましいですよね!」

「あ、いや。その、本当にもらっていいのかい?」

「それはもちろん」


 受け取ってくれると判断して、安堵した息を吐く。


 そして、男性が梓豪と朱亞を交互に見てから、彼女にすっと頭を下げる。


「すまない、本当に助かった」

「いえ、いえ。お役に立てたのなら、良かったです」

「ところで、うちになにか用があったのでは……?」


 小首をかしげる男性に、朱亞は梓豪を見上げる。彼は思い出したかのように小さくうなずき、ずいっと朱亞の背中を押した。


「彼女に合う服がほしいのです」


 男性の前に押しだされた朱亞は、目をぱちくりとまたたかせる。梓豪は辺りを見渡し、「ありますか?」と問いかける。


「いつ使う服でしょうか」

「後宮です。侍女として働いてくれるので」

「後宮で! それは思い切ったね」


 男性は目を大きく見開いて少し大きな声を上げ、それから朱亞に似合う色を探し始めた。


 翠色の髪に若緑色の瞳を持つ朱亞に、深緑色と薄紅の服を見せる。


「この色はどうでしょうか?」

「とてもきれいだとは思いますが……」


 二着の服を持ってきて、ずっと勧められた朱亞は思わず一歩、後ろに下がる。男性はにこにことした笑顔で、服をぐいぐいと押し付けた。


「こんなに愛らしい色や、きれいな色が、私に合うでしょうか?」

「似合いますとも。ねえ?」

「え? あ、ああ、そうですね」


 自分に振られるとは思わなかったのか、梓豪が少し焦ったように答えた。その返答に、男性が近付いて彼の肩に手を置く。


「ほらほら、よくご覧ください。とても似合うと思いませんか?」

「いや、あの、無理に言わなくて良いですからね……!」


 梓豪に自分を褒めるようにうながす男性に、朱亞は勢いよく手を振って顔を赤らめた。


 柔らかな印象を受ける薄紅色の服と、かっちりとした印象を受ける深緑色の服。そのどちらも朱亞に合わせてみて、梓豪が口を開く。


「確かにどちらも似合いますね。どちらもいただきましょうか」

「えっ」

「ありがとうございます」


 さくさくと男性と梓豪が話を進めていく。とても上質に見える服が、自分に買い与えられそうな予感に、朱亞はふたりの顔を交互に見た。


 そして、飛龍フェイロンがいっていたことを思い出し、開きかけた口を閉じる。


(桜綾さんの侍女になるのは、こういう上質な服が必要になるんだよね)


 あの宿の服も上質なものだったから、あそこはきっと、富豪層の人たちが泊りにくるのだろうと考えていると、いつの間にか服が数着増えていた。


「あのっ?」


 服が増えていることに対し「どうして?」という気持ちで声をかける。その声は少し裏返ってしまったが、男性も梓豪も気にした様子はない。


「どうしました?」

「多くありませんか!?」

「少ないくらいですよ」


 朱亞が梓豪の言葉に呆然と口を開けた。ざっと数えて六着はある。これで、足りないとは? と困惑している間にも次々と服を付け足していく。


 十着以上になったところで、「ではこの辺で」と選んだ服を包むように男性に頼み、梓豪が料金を問う。すると、少し安くしてくれたようで「良いのか?」と目を丸くしていた。


「妻が苦しんでいるときに、助けてくれた恩人だから」

「……私はただ、できることをしただけです」


 男性が朱亞に対して笑顔を見せる。緩やかに首を振るのを見て、梓豪がぽんと肩に手を置く。


 蒲公英たんぽぽ色の瞳を細めて、さわやかな笑みを見せた。


「朱亞さん、お言葉に甘えましょう」

「ですが……」

「彼の『感謝の気持ち』を大事にしてあげてください。それが、あなたのためにもなる」


 柔らかな口調に、朱亞はちらりと男性に顔を向ける。すると男性は大きくうなずく。


「――わかりました。その料金でお願いします」


 朱亞の言葉に、男性はぱぁっと明るい表情になり、選んだすべての服を包み終えると、そっと梓豪に荷物を渡した。


「こちらでお願いします」

「はい」


 金額を記した紙を用意し、梓豪に差しだす。彼はその紙も受け取り、呉服屋から朱亞を連れて出ていく。


 近くに待機させていた馬に近付き、梓豪が朱亞に振り返った。


「助かりました、朱亞さん」

「あ、いいえ。こちらこそ……こんなにたくさん買っていただいて」


 まさか十着以上も、と心の中でつぶやく。どのくらいの金額になったのかはわからないが、恐らく自分が見たことのない金額だろうと予想し、梓豪に声をかける。


「本当に、こんなに必要なのですか?」

「もっと必要ですから、帝都についたら買いましょう」

「も、もっと……?」


 村で暮らしていた頃には考えられないくらいの服の量に、朱亞はじっと服が包まれた風呂敷を見つめた。

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