第5話 嫉妬心

 人に対しての妬み。この思いは、自分でも結構厄介なものだと思っている。

 例えば、日本代表が世界一になったということで、お祭り騒ぎになったり、あるいは、高校野球で優勝したと言っては、地元だけでなく、全国で盛り上がったりするのだ。

 有岡にとって、正直。

「俺にはどうでもいいことだ」

 と感じる。

 むしろ、決勝に近づくにつれて、次第に興味を失ってくる。

 それは、学生の頃までであり、それ以降は、そんな大会というもの自体に、まったく興味がなく、最初から意識もしなくなっていた。

 特に高校野球など、

「いつ始まって、いつ終わったのか?」

 ということすら分からないくらいだった。

 それでも、高校時代までは、大会の途中くらいまでは、気にしていたりもした。

 だが、高校を卒業すると、

「自分よりも下の連中が、やっている」

 としか思えない。

 ここでいう下というのは、年齢のことである。

 自分が年上だと思った瞬間に、一気に熱気が冷めてしまった。

 というのも、

「俺もいずれは」

 という思いがあったのだ。

 中学時代までは、野球部に所属し、

「めざせ、甲子園」

 という目的があった。

 もちろん、中学で目立つことで、高校のスカウトの目に留まり、

「野球留学」

 などという形で、有名校に入部して、

「そこから、甲子園を目指す」

 というような、

「青写真」

 を描いていたりもした。

 しかし、二つ上の先輩が、ちょうど自分が中三で、野球部の中心選手となっていた頃、その先輩は有名校からスカウトを受けて、自分の描いた、

「青写真」

 の通りの、甲子園を目指していたのだが、先輩が二年生の時、突如、野球部を辞めてしまい、さらに、数か月後には、学校も辞めてしまった。

 正確にいえば、

「退学させられた」

 ということであった。

 万引きだったか、罪としてはそんなに重くはないが、完全な転落人生に違いなかった。

「一体、先輩に何があったというのだろう?」

 それを考えていると、ウワサというのは流れてくるもので、

「先輩は、練習中の怪我から、治療後のリハビリに失敗したことで、肩を壊してしまったのだ」

 ということであった。

 結局は、そのまま野球ができなくなったとのことだった。

 この時、もう一人、共犯として、その人も、

「野球留学の仲間」

 であり、

「前途を宿望されていたはずだった」

 ということであった。

「それがなぜ?」

 ということであるが、考えてみれば、ある意味当たり前ではあった。

 中学時代には、地域で有名な中学生であり、

「いずれは、彼が甲子園につれていってくれる」

 という、地元の勝手な期待を受けていて、本人もさぞや、その気になったことであろう。

 中学を卒業し、まるで決まっていたレールに沿う形で、

「お約束の野球留学」

 という形で、いわゆる、

「甲子園常連校」

 と呼ばれる学校に入学した。

 当たり前のように、野球部に入部し、高校野球という舞台に、脚を踏み入れたはずだったのだ。

 だが、実際には、そうもうまくいかない。

「中学時代では、まわりに敵なし」

 と言われるほどの、

「無双選手」

 であったが、この学校は、そんな選手ばかりをスカウトがその目で見て、集めてくるのだから、

「トップ中のトップ」

 の集団と言っても過言ではないだろう。

 そんな中に入ってしまうと、

「高校野球レベル」

 と言われ、高校生になれば、

「超高校級の選手」

 と呼ばれるだろうと、自他ともに思っていただろう。

 しかし、今自分が、

「エリート集団」

 の中にいるということを失念していたことで、自分の実力が、一気に分からなくなり、レベルから言えば、平均よりも下だということを認めたくなかったのだ。

 だから、その時点で、彼は、自分の限界を見てしまったのだ。

 そうなると、

「俺はここにいてはいけないのではないか?」

 と感じるようになると、練習にも身が入らなくなっていた。

 監督から、しょっちゅう罵声を浴びていたが、すでに、

「もう、このまま野球部にいるということは、許されないのかも知れない」

 と感じていた。

「俺には、これ以上、このままの精神状態で野球を続けることはできない」

 と思いながらの練習は、完全に、上の空で、その後、ケガをすることになるのも、無理もないことだ。

 ただでさえ、実力の差が激しくなっていくばかりで、ケガをしたことで、一気に突き放されることは目に見えていた。もう一人の、一緒に退学になることになった、ケガをしてしまった先輩と一緒に、結局万引きをすることになっての、退学だったのだ。

 お互いに、

「身の程を知らなかった」

 ということからの悲劇だといえるのだろうか?

 それとも、そもそも、

「野球留学」

 などという仕組みが、このような悲劇を生むことになるというのか、判断が難しい。

 しかし、まだまだ精神的にも子供だといってもいい中学生に、その判断をさせるというのは、酷なことだろう。

 野球ができなくなって、野球部を辞めた時点で、それまで無料だった学費の無料特権や、

勉強しなくても、進級ができる制度は、まったくの白紙となり、一般生徒と同じ扱いということになるのだ。

「野球しかしてこなかった人間が、他の生徒と渡り合えるわけがない」

 というわけで、

「他の生徒がまるでプロで、自分は、その中にアマチュアが入った」

 というような状態になった。

 そうなると、ぬるま湯だった状態から、野生に放たれた状態になった。

 今までは、

「野球ができていて、学校の代表のような人たち」

 だったのだが、そのメッキが剥がれると、今度は、

「なんだ、俺たちよりも下じゃないか?」

 ということで、やっかみなどがひどくなってくるのだった。

 だから、成績も悪いので、先生も、見る目が、

「劣等生」

 でしかなかった。

 それまでは、勉強ができなくても許された人だったので、先生からすれば、

「アンタッチャブルな存在」

 ということになり、手が出せなかったのだが、今度は遠慮などいらない。

「今までの分まで、弄ってやろう」

 とばかりに、先生の中には、やっかみから、つらく当たる人もいただろう。

 天国から地獄とはまさにこのこと。

 二人は、こうなるまでの過程はそれぞれに違うが、結果が同じことなので、過程も、元々が違うというだけのことで、一直線の別ルートで辿り着いたといってもいいといえるだろう。

 結局、退学ということになった先輩たちが、どこでどうなっているのか、ウワサが聴けることはない。

 しかし、間違いない転落人生だったことで、かなり狭い幅の中にいるであろうことは核心できるのであった。

 だから、有岡は、それを分かっているので、

「高校野球など、面白くもない」

 と思っていた。

 なぜなら、

「理不尽なことがあまりにも多すぎる」

 というものだったからである。

 高校野球は、まず予選があって、そこから、

「都道府県代表」

 というものが決まってくる。

 ちなみに、春と夏があるのだが、春は別にして、夏は、基本的に、

「県大会での優勝校」

 というものが、そのまま、

「県の代表」

 ということで、全国大会に進むのだ。

 それが、高校野球の聖地と言われる。

「甲子園球場」

 ということになるのだ。

 その中で、一つ理不尽に感じることであるが、

 県代表が優勝することで決まると、世間は、ちやほやするようになる。学校側はもちろん、近くの駅などでも、

「祝 甲子園出場」

 などという横断幕があり、県知事に表敬訪問に行ったり、新幹線の駅では、壮行ということで、出発前に、まるで、出征兵士のように、万歳三唱を受けたりする。

 完全に、

「地元の英雄」

 ということで、送り出されるのだ。

 応援団を駆使して、甲子園まで応援に行ったりするのだが、もし、負けてしまうと、後は、蜘蛛の子を散らしたかのように、誰も見向きもしない。凱旋しても、それは、敗者だということで、誰も出迎えてくれるはずもない。

 しかも、高校野球というのは、地元では大イベントだったりする。

 母校が、県代表ということになると、学校から、

「寄付金の要求」

 が必然的に起こるのだ。

 これは、希望者という形は取っているが、ほぼ、強制的だと言ってもいい。

 しかも、在校生に対しては、絶対となるだろう。

 だが、中には、そんな高校野球というものを好きではないという人もいるだろう。そrを無視して、

「県の代表」

 なのだから、

「在校生は、寄付をするくらい、当たり前」

 ということになってしまうのは、理不尽以外の何ものでもない。

 しかも、敗れてしまうと、何もない。せめて、ベスト8くらいにならないと、

「凱旋」

 ということにはならないだろう。

 しかも、学校が、

「甲子園優勝の常連校」

 であれば、

「優勝しなければ、凱旋ではない」

 というような風潮があったりする。

 ここでも、若干の理不尽さがあるのだ。

「甲子園常連校だから、名門だ」

 というのは、どういうことだろう。

 確かに、監督が名物監督だったりして、

「あの監督の下だったら、甲子園出場も当たり前」

 ということになるのだろうが、

「やっているのは、生徒ではないか?」

 ということになる。

 しかも、

「学生スポーツは教育の一環」

 ということなので、主役はあくまでも選手なのだ。

 だから、いくら監督が有名でも、やっている選手にとって、

「甲子園常連校」

 という言葉は、プレシャー以外の何者でもない。

 一回戦で負けでもしようものなら、

「今年は、最弱だったんだな」

 と言われるのがオチである。

 しかし、選手としては、

「今年はって何なんだよ? 俺たちにとっては、今年が最初で最後なんだよ」

 と言いたいだろう。

 そして、

「何も俺たちは、学校の名誉や、県のためんい野球しているわけじゃない。俺たちは俺たちのために野球を楽しんでいるだけだ。それの何が悪いというのか」

 ということである。

 この気持ちは、野球留学であろうがなかろうが同じことだ。

 なぜかというと皆、

「甲子園」

 という、全国大会を目指して戦っているのであり、

「甲子園に出たから終わりではなく、まわりは、そこから先を期待する。」

 ということになるのだが、

「俺たち高校生に、そんな期待だけを持って、結局、自分たちは好き放題にいうだけで、下手をすれば、俺たちの試合で、賭けをやったり、酒のつまみにでもしたり、それこそお祭り騒ぎのみこしを担がされているだけではないか?」

 ということになるのだった。

 高校野球という舞台は、自分たちだけのもののはずなのに、

「学校の名誉」

 あるいは、

「県の代表」

 ということでの、お祭りのイメージが大きいのだ。

 だから、寄付金を募ってでも、大応援団を甲子園に送り込むという使命を、学校が担っている。

 だから、学校としても、勝ち負けは、

「学校の名誉の問題」

 ということになるのであった。

 ただ、それを選手に負わせるというのは、いい加減迷惑だ。

 試合をする選手にとっては、プレシャーでしかない。そんな、プレッシャーを、高校生という児童に負わせるというのは、何事だということになるのだろう。

 学校としては、甲子園で活躍してくれれば、翌年の入学希望者の数に影響する。そういう意味で、必死にもなるというものだ。

 しかし、考えてみれば、いくら希望者が多くても、入試でふるいにかけるということである。

 入学者は決まっているので、収入は変わらないが、学校の知名度が違ってくるし、レベルの高い生徒が入学してくるということになる。

 なるほど、

「生徒の質」

 ということであれば、向上するのだろうが、それも、大学進学率ということで変わってくるのだろう、

 学校側が、どう考えているのか、難しいところであろう。

 こういう、

「野球留学」

 のような体制は、今では、いろいろなスポーツで存在する。

「スポーツ推薦」

 というもので、大学が、才能ある高校生を授業料免除というような形の制度があったりする。

 パッと聞けば、非常にありがたい制度であるが、前述のスポーツ推薦のように。

「どこまで、学生に寄り添っているのかが分からない」

 ということであれば、ケガや病気で、そのスポーツが続けられなくなった時、突然、それまで発生しなかった費用が発生することで、

「学校を辞めなければいけない」

 ということになったりもするだろう。

 特に、そこに、

「収賄のようなものが絡んでくる」

 ということになると、大きな問題になったりするだろう。

 高校野球などで、

「最初はちやほやされ、県代表などということからのプレッシャーも、ひょっとすると、負けて帰ってくると、もう注目されなくても済む」

 と考える人もいることだろう。

 高校野球において、学校代表、県代表ということになれば、本来であれば、

「自由に楽しむ権利」

 というものが、抑制されてしまうということになる。

 特に、

「学生スポーツ」

 というものがどういうものなのか?

 ということを考えると、少なくとも、

「自由な権利」

 である必要はあるだろう。

 それを思うと、

「生徒のことも考えず、まるで季節の風物詩であるかのごとく、高校野球を見ている連中の勝手な言葉など、気にする必要などない」

 と言ってもいいのではないだろうか。

 生徒のことを気にしているつもりだったが、今は別の発想が頭の中にある。

 というのも、自分の中に、

「嫉妬心」

 というものが芽生えているということだ。

 というのも、

「確かに、生徒は学校や県に利用されて、可愛そうだ」

 という発想があるが、それでも、ちやほやされるというのは、普通に考えて、羨ましいといえるのではないだろうか?


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