第26話
俺は聞きなれた言葉に、思わず大聖女へ問いかける。
彼女はわずかに視線をこちらに向けてから、軽く頷いた。
「ええ。英雄カイン様よ。あなたも知ってはいるでしょう?」
「ああ……まあ、多少は」
「多少、ですって!? 英雄カイン様よ!? あれほど素敵で素晴らしいカイン様のことを多少しか知らないの!?」
ちょっと怖いくらいの迫力で肩を掴んできたので、俺は慌てて答える。
「い、いや知ってる。知らないことはないくらい知ってるから……っ」
「それなら別にいいのだけど……英雄カイン様は私の推しなの。私の聖騎士様は、英雄カイン様だけしかいないのよ……! ああ、カイン様! 今日も夢の中であなたと会えることを祈っているわ……!」
「……いい年して、そこまで熱を入れなくてもいいんじゃないか?」
「誰が、いい歳ですって?」
「いや、すみませんでした。なんでもないです。……もしかして、専属の聖騎士をつけていない理由は、それなのか?」
「ええ、そうよ。まあ、私の仕事に巻き込みたくないというのもあるけれど」
ふふん、とドヤ顔で腕を組む。
……大聖女とはこれからも最低限の関わりだけにしよう。
俺はそう心に固く誓った。
「まあ、さっきの話に戻すけど、あなたが教会騎士たちから敵意を向けられているのは邪教集団のスパイとか……そういう可能性も疑っているからでしょうね」
「あんたは、疑ってないのか?」
「アレクシアも私も、人を見る目はある方だと思うわよ?」
大聖女がイタズラっぽく微笑む。
……まあ、その通りだな。
アレクシアにしろ、大聖女にしろ、俺の能力を見極める目は確かだ。
「そろそろ、戻りましょうか。あんまりあなたを引き止めていると、アレクシアに怒られそうだわ」
「……まあ、あいつあれでわがままだからな」
「わがまま、できるだけ聞いてあげてちょうだい。あの子、誰にもそういう姿を見せないから」
……大聖女にも、あんまり見せていなかったのだろう。
それでも、アレクシアも多少自然に振る舞えていた相手というのも大聖女くらいなんだろうな。
「まあ、できる範囲でな。そのお礼に一つ、聞いてもいいか?」
「何かしら?」
「……今、何歳なんだ?」
「あら、何か言ったかしら?」
ニコニコ。
満面の笑顔を浮かべる彼女に、さすがの俺もそれ以上の質問はせず、逃げるようにアレクシアの部屋へと向かった。
アレクシアと一緒に仕事をしてから一週間ほどが過ぎた。
特段、大きな問題は今のところはない。毎日、報告のあった仕事をこなし、早めに終わらせて戻ってくる日々。
移動時間込みでも五時間もあれば終わるような仕事ばかりなので、俺としてはとても楽だった。
遠征などの仕事が入ると、もっと大変になるらしいが、今はそう言った仕事もない。
もう一生このままでもいいかも。
まあ、まったく問題がないわけでもないんだけど。
同行の申し出をする教会騎士たちを拒否していたせいか、最近ではすれ違ったときの眼力がどんどん増している。
「グランド、今の俺の評判はどんな感じだ?」
「え、えーと……その、まあ……あはは」
依頼などを持ってくる仕事は、顔を知っているグランドにお願いをしていたので俺が問いかけたが、彼は苦笑いを浮かべるだけだ。
もうそれが返答なんだよな……。
隣にいたアレクシアがくすくすと笑っている。
「まあ、毎度あれだけはっきりと断っていたらアピールの場もありませんからね。グランドさんは大丈夫ですか? スチルと関わってるせいで迷惑などはかかっていませんか?」
「僕は大丈夫です。むしろ、なんだか色々雑用を任されているとか思われているみたいで、心配されることもあるくらいですよ」
「それならよかったです」
満足した様子で頷くアレクシアだが、何を安堵の息を吐いているんだこいつは。
「よくないぞ? 俺がそんなパワハラしまくる奴みたいな誤解をされているってことだろ? ちゃんと否定してくれているのか?」
「僕は一応言っているんですけど……なんだか、口封じまでされてるって誤解されてしまってますね」
グランドの言葉に、アレクシアはさらに楽しそうに笑っていた。
俺の上司はまったく庇ってくれないようだ。
グランドは丁寧に頭を下げてから、仕事部屋から立ち去っていった。
「さて、今日の仕事は南の村の結界の貼り直し、のようですね」
「南の村ってことはちょっとした遠征になるな」
「はい。移動に関しては乗り物が必要になりそうですね。馬って乗れますか?」
「乗れないことはないが、魔導バイクはどうだ?」
「ま、魔導バイクですか?」
ぴくり、とアレクシアは反応し、それから目をキラキラと輝かせる。
「最近流行っている乗り物ですよね? 魔力さえあれば無尽蔵に移動できるということで非常に有名な!」
「そうだ。門近くで貸しだしを行っているし、それ乗っていくのはどうだ?」
「そうですね……ただ、まだ教会から使用許可は出ていないので……どうしましょうか」
「使用許可ないのか? なんでだ?」
「新発売された魔道具などは安全性に不安があるので、すぐに使用許可が出ないんです。聖女に万が一があったら大変でしょう?」
「なるほどな。んじゃあ、いつになったら使用許可はおりるんだ?」
「……数十年、とか経ったらでしょうか?」
そん時には俺もアレクシアも引退しているだろうな。
「じゃあ、こっそり乗ってくか」
「それもいいですが、大聖女様に相談すればなんとかなるかもしれませんし、行ってみましょうか」
アレクシアはとてもワクワクした様子でそう言って、歩き出した。
いちいち魔道具を使うにも申請が必要って、本当面倒臭いな。
勝手に使ってもいいのかもしれないが、その場合は経費として落ちない可能性があるし、仕方ないか。
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