仲良くやろうぜ、最悪な女同士でさ

 結月ゆづきとやる気満々だったミカンオレンジと澱み駆除に勤しんだ鈴野すずの

 その次の日、結月ゆづきにはお休みと家に来るなの連絡を済ませていたので、鈴野すずのは誰の襲来も考えることなく正午まで爆睡していた。


「んー。頭回んねえ……」


 水道から出る温い水で顔を洗い、安売りしていたので買い溜めた栄養バーでさくっと朝食を済ませ、目覚めの一本を吸い終えた後。

 それでもどうにも回りきらない頭でパソコンを立ち上げ、所定の時間まで覚醒ついでに暇を潰していた。


「なないろひかり、鳴神なりかみかぐら、シロキ・まリップ。流星乙姫ほしおき城煉魔社しろれんまやしろ、そして忌々しき油揚あぶらあげコン。……うーん分からん」


 片方の腕で頬杖を突きながら、退屈そうな顔で鈴野すずのが今覗いているサイト。

 それはとある会社に設立された、Vグループ『ネオエンター』のタレント紹介ページに載せられた無数の顔写真であった。

 所属ライバー六十三人。四期に分かれた通常所属と特殊な生業の番外所属によって支えられ、現在V業界においても三本柱の一角とされている大手事務所。

 以前鈴野すずのが鬱憤晴らしに板でアンチしていた油揚あぶらあげコンや、今回コラボするに至った宵闇バットなどまさに目白押し。そんな中から一人を見つけようなどと、如何に魔法少女と言えど不可能に近いだろう。


 一応、あの頃のイナリの声であれば覚えている……はず。

 けれど最後に会ったのはもう八年も前の話。あの戦いの後、私とギアルナを残し去っていた薄情者共の記憶など最早思い出でしかない。

 それでもエターナルほどの不変であれば、まだ捜しようもあるのだが。

 あの二人は普通の人間。特にイナリは私と同い年だったのもあって、成長で声が変化していないわけがない。

 実際エンターのライバーで女ライバーの声を片っ端から聴いてみたが、まったくもって記憶にヒットしなかったからな。そもそもあいつは猫被る天才だし、声だけじゃ無理だろうけどな。


「しかし宵闇よいやみバット。こいつ割と隅に置かれてんなぁ。やっぱりクビ間近なんじゃねえの?」


 二期生で中の上くらいの人気だったというのに、まるで厄介者のように最下部に置かれた女。

 その腐った性根はともかく、かつてアイドル売りで事務所に貢献したライバーの末路としては少しばかり同情してしまう。

 どうして有名人ってのは裏垢にバレる余地を残すのかなぁ。見られないという自信、そして見られて賛同されたいという承認欲求があるんだろうなぁ。


 自分にもないわけではない、配信者の業とやらに鈴野すずのもおどけつつ。

 いざ時計を確認すれば丁度良い時間だと、ぽちぽちと画面を切り替えていく。


「さてさて。天使か悪魔か、それともただの俗人か」

 

 青い鳥のツイッタラーもとい黒いだけのZでDMを交わし。

 そして貼られたURLの誘導に従い部屋へと入室し、後は相手方の到着を待つだけの簡単な仕事。

 その待ち時間の最中、鈴野すずのの心には柄にもなく、ちょっとした緊張が宿ってしまう。

 

 こういう緊張はバイトの面接以来で、正直な話くそほど苦手だったりする。

 やっぱり自分は社会に適合できないなと実感してしまうからな。結月ゆづきには恥ずかしくて言えないけど。


「……おっ、来たな」


 そんな毒にも薬にもならないを考えていると、鈴野すずのの広げている画面にアイコンと『お待たせしました』の文字がぽつりと現れる。


『本日は貴重なお時間を割いていただき、まことに感謝申し上げます。ただ今音声通話に切り替えますが、そちらは大丈夫でしょうか?』

『承知いたしました。立ち上げは私がした方が良いでしょうか?』

『いえ、私の方でやるので大丈夫です。少々お待ち下さい』


 棘のない丁寧な挨拶の後、指示通りに三十秒ほど待機する鈴野すずの

 

 初接触の時もそうだったが、想像していたよりも遙かに丁寧な物腰でいちいち困惑してしまう。

 まあ文面だけは丁寧なやつとか普通にいるし、曲がりなりにも大型企画を熟してきただけはある。

 ぶっちゃけVとしては規模も経験もあっちが遙かに格上だし、この辺りはお手の物ってわけか。


 鈴野すずのがそんな風に思っていると、チャット欄に『お待たせしました』の一言が。

 誘導に従い、慣れない手つきで所定のボイスチャットを開く鈴野すずの。個人でしか配信せず、友達もいない彼女はこのアプリ自体使ったことがなかった。


『あーあー。聞こえるかしら?』

『ああはい、大丈夫です。お手数おかけしました』


 そしてヘッドホンから聞こえてくるのは、覚えのある声と文面とは違う強い口調。

 最近聴く機会の多かった声に、鈴野すずのはやっぱりかと思いつつ何故か安心感を抱いてしまう。

 宵闇バット。作っていないからか多少声の質は違うものの、それでも本人に間違いないものであった。


『改めて自己紹介するわね。私は宵闇バット。バットでいいわ』

『どうもです。今回コラボさせていただく魔法少女ベルです。ベルと呼んでください』


 二人は普段の配信より落ち着いた、どこにもいる大人みたいに挨拶を交わしていく。


『まずは感謝するわ。今回、受けてくれる人が中々いなかったから』

『まあ、ぶっちゃけ印象最悪ですもんね。自分や他の箱とかまず無理でしょうし、個人でも名のある人が今バットさんとやるのはリスクですし』

『……嫌なやつね。そんなに素直に嫌み言われたのは久しぶりよ』


 とりあえずの様子見だと、興味本位で企業憎しで軽く突いてみた鈴野すずの

 だが宵闇よいやみバットの反応は予想外にも大人しく、苦々しげな声で返すのみでしかなかった。

 

 ……これは意外だ。企業勢らしく、見下して非難してくると思ったのだが。

 てっきり声を荒げて反論してくるかと推測していたのだが、もしや私の予想以上にダメージあんのか?


『逆にあなたは何故受けたの? どんな馬鹿でも私のことを知っていれば断るでしょ?』

『……まあ思惑はありますよ。けれど一番は面白そうだと思ったからです。ほら、船が沈む間際って注目されるでしょ?』


 別に相手に好印象を持たれたいがために嘘をついているわけではない。

 確かに結月ゆづきには人捜しが一番だと言ったし、事実それを重要視してはいるが、それでも私の利にならないのであれば受けたりなんかしない。

 私も所詮は配信者。娯楽に食い付く虫共に餌を与える者。

 見世物にされる側として、阿呆な雑音ノイズ共に少しでも面白いものをという気持ちくらいは持ち合わせているつもりだ。

 

『ふーん。ま、せいぜい私の足は引っ張らないことね。ただでさえ崖っぷちなんだから、これ以上の問題はごめんよ』

『……じゃあコラボなんてせず自粛してればいいのでは?』

『嫌よ、そんなのつまらないじゃない。というか、そんなことやってたら今度こそ切られるわ』


 宵闇よいやみバットの言い分に、画面の前でなるほどと頷く鈴野すずの

 

『ま、それじゃあ仕事の話をしましょう。まずコラボ内容なんだけど──』


 それからしばらく、配信内容について語り合う二人。

 事前に告知していたゲーム配信の際の注意点。触れて良い部分や触れられたくない地雷、果ては触れなくてはならない話題の種などそれはもう色々。

 話し合いの最中、コラボのことをよく知らない鈴野すずのではあるが、それでもこんなに面倒だとは思っていなかったと受けたこと自体を後悔してしまう。

 というのもこの宵闇よいやみバット。流石に事務所所属且つ炎上中というだけあり、NGの話題が多すぎて何を話せば良いのか頭を使わなくてはならないという事態であった。


『ま、これくらいね。質問ある?』

『……なあ、これ全部守ってたら配信にならねえだろ』

『そうね。でも仕方ないの。触れられないのよ、マネージャーの指示で』


 一時間ほど話し、いつの間にか言葉に遠慮というものが亡くなった二人。

 その終わり間際、取り付く島もない宵闇よいやみバットの態度に辟易した鈴野すずのは、マイクに乗らないよう注意しながら極大のため息を零してしまう。


『ぶっちゃけさぁ。今の世が求めてるのってお前のゴシップだろ? そこが完全アウトってのはどうなの?』

『個人らしい素敵な理屈よね。風船くらい身軽そうで羨ましいわ』

『そりゃどうも。こちとら同期も彼氏もいないし、暴露する秘密もないんで。窮屈そうでお気の毒です』


 直接顔を合わせていないのにもかかわらず、互いの間に流れる重苦しい緊張感。

 もしもこの場に結月ゆづきがいれば、普段と違う鈴野すずのの姿にきっとそわそわと困惑していたことだろう。それくらい、鈴野すずのに顔には苛立ちが出てしまっていた。


『………ないっつうの』

『何か言ったか?』

『なんでもないわよ! ……どうやら仲良くやれそうね。せいぜい楽しみましょう? 今度のコラボ』

『ああ。仲良くやろうぜ、クソな女同士でさ』


 そんな言葉だけの同意とは裏腹に、握手なんてせずに殴り合い出しそうな棘を乗せて話す二人。

 その後、用があるからとチャットから抜けた宵闇よいやみバット。

 沈黙に戻る六畳間。その中で鈴野すずのは小さく息を吐き、小刻みに震える手で近場に置いていた煙草の箱を取り──。


「なんだあのアマッ!!!! くっそむかつくんだけどッ!!! 死ねッッ!!!」


 ──そのまま床へと叩き付け、ありったけの怒号を部屋へと響き渡らせる。

 天井を破り、あまつさえ空へと届いてしまいそうなほどの鈴野すずのの激怒。

 当然隣から大きな音で壁を鳴らされるも、それでも怒りは収まらず。けれどもう一回吠えたくなる衝動を懸命に堪えながら投げた箱を拾い、中から一本取り出して火を付ける。


「……ふうっ」


 数分後、どうにか落ち着いた鈴野すずのは窓を開け、灰煙を外へと吹きつける。

 それでも思考が落ち着けば、思い出してしまうのは先ほどのむかつく態度。

 再び湧いてきそうな怒りを煙草でどうにか誤魔化しつつ、今度は後悔に苛まれ俯いてしまう。


 想像もしていたし覚悟もしていたが、まさかこんなにも窮屈で面倒になるとは思っていなかった。

 大体何だあの女。生意気極まりない、あんなことしでかした後でなに良い子ちゃん気取ってんだよ。

 あー本当にめんどい。まじでめんどい。これだから企業勢は! ほんっとカス!


「……我慢だ、我慢しろ私ぃ。情報がかかってるんだ。二十三歳の私が大人になって仲を育め私ぃ」


 色んな怒りをぶちまけながらも、それでも目的のための自分を納得させていく鈴野すずの

 コラボも成功させ、魔法少女イナリの正体である女について探る。

 どちらもが大事なこと。片方だって疎かに出来ない、成功させなければならない任務なのだから。


「そうだ、ストレス発散だ。この前は邪魔されたが、あれで少しは戻していこう」


 どうか自分を納得し、ひとまずは冷静になろうと、灰皿に煙草を捨ててから椅子から立ち上がる鈴野すずの

 こんなことになったのも全てあのエロ狐が原因だと、脳内で手を振ってくるイナリにぐちぐちと文句を言いながら部屋を出て行った。

 

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