話も長いクソウサギ

 帰宅した鈴野すずのは、徐にパソコンを起動し配信を始め出す。

 軽い挨拶の後、やり出したのは灰色の楽園という一昔前の横スクのアクションゲーム。

 多少ホラーチックだが、独創的な世界観とストーリーがしっかりしていると影ながらで賞賛されている、所謂良ゲーというやつだ。


 そして十六時前後に頃に配信開始して、現在日を跨ぐ直前。

 いまいちやり時が見つからずに積んでいたのだが、何故か今日やる気になったので始めたのだが。

 予想以上にのめり込んだのか、トイレと煙草休憩以外の何一つ中断せず、完全クリア直前の裏ボスまで突入していた。


『すごくね? 俺三日掛けたのに、この人半日でクリア出来そうなんだけど』

『¥1000 凄いねベル。けど体に気をつけて』

『三日ニキも充分に化け物だから安心して』

『後半のあれ平気かな?』

『かわいい』


「スパチャありがとー♥ 今ちょーっと大変だから後で改めてお礼言うねー♥ あ、後匂わせやネタバレはNGだゾ♥」


 やることの多さに、流石の鈴野すずのも片手間とはいかず。

 それでいてしっかりと砂糖声を作りつつ、慈悲の投げ銭も何ら見逃すことなく礼をしながら画面のボスを追い詰めていく。

 HPゲージはじわじわと、けれどもしっかりと色を変え数値と形を減らしていく。

 珍しくゲームに没頭していた鈴野すずのは、早バレされた後半の特殊パターンも初見ながらにものともせず、営業ミスなしの被弾一回で発狂パターンを切り抜け決着へと向かおうとしていた。


『すごっ。初見でクリアは伝説だろw』

『まじで人間辞めてる。ネオの矢吹やぶきでも無理じゃね?』

『どうせ初見じゃないやろこれ。底辺にありがちな虚偽申告』

『つまらつまらつまらつまらつまらすばらつまら妻ラバニラ──』

『初見なんだよなぁ。ベルたんのゲームスキルは昔から高かったから当然よ盲目共』


 賞賛する者餌共

 他者と比較する者イキリカス

 ありふれた非難アンチ

 スパム人間以下

 そして古参ぶった厄介信者マウントカス


 いかにもといった連中に支えられながら、色つきのお金コメント以外は完全にシャットアウトしつつプレイする鈴野すずの

 そして鈴野すずのの操作するキャラが放つ一撃が、ついに裏ボスHPを削りきり、ついにはエンディングという名の勝利を掴み取る。


「おっ……やったー勝ったー♥ これでミレウたんは妖怪恵方巻きの呪縛から解き放たれて地上へ出られるんだね……!」


 感極まったほんの一瞬、思わず素が出そうになった自分を慌てて軌道修正しつつ。

 成し遂げたエンディングを眺めながら、我ながら頑張ったと自分を褒めつつ時計を確認する。

 

 ただ今十一時四十五分。大体まあ、始めてから八時間弱ってところか。

 途中から主人公のミレウたんを気に入りすぎて魅せプよりもシナリオメンタルだったが、楽しめたから良しとしよう。

 大体過去描写が重すぎる。何だよミレウたんが生き別れになった妹を殺すのが全ルート共通で、けれどもルート毎に対峙する因縁や姿が変わるの。

 あー疲れた。珍しく頭使ってゲームした。サブクエが少ない割に一つ一つがしっかりと伏線になっていて脳が活動しまくりんぐだった……はっ?


「え♥ え、ちょっと待って♥ 何でミレウたん、地上に出た瞬間撃たれちゃってるの……?」


『¥10000 流石ベル。君は僕の永遠の希望だ』

『¥1000 ここが見たかった』

『疲れた脳で味わう鬱エンドは美味いか?』

『つまらつまらつまらつまらつまらすばらつまら妻ラバニラ──』

『草』

『結局ミレウたんは死ぬ定めなんだよねぇ』


 全ての因縁を断ち切り、ようやく地上へと辿り着いたミレウたん。

 けれども待っていたのは、作中で語られていた緑の楽園とはまるで別物の灰色の世紀末で、唖然とした瞬間に響いた銃声の直後、ミレウたんのグラから赤い点が流れ落ちてしまう。

 そして最後は「灰色の、楽園エデン……」と言い残して倒れ、そのまま暗転からエンドロールへ。


「……クソゲーでしょこれ♥ 神ゲーって言ったやつ誰♥ まとめて処してやりたいんだけど♥」


『マジギレで草』

『キャラ崩れてて草』

『これが灰色の楽園なんだよなぁ』

『かわいい』

『これが年齢詐称の真実ですか?』


 あんなにも盛り上がったというのに、差し込まれた鬱エンドで一気に萎えてしまう鈴野すずの

 どうにも共感してしまった主人公の悲劇に、結局お布施を読み上げる気にもならず。

 投げられたお金への感謝は明日枠を作って読むと、はそう告げてから鈴野すずのは配信を切り、抑えていた叫びを声へと変える。


「う゛ぁかじゃねえのこのクソゲェ!! 灰色の地下こそ真の楽園ですってか!? 繋がれたままで終わるだけの生なんて死んでるのと変わりねえじゃねえかよッ!!」


 最早萌え声のもの字もなく、どっかのゲームのゾンビのように喚く鈴野すずの

 そんな彼女を糾弾するかのように叩かれる壁に、鈴野すずのはつい怒鳴りそうになるが、灰皿に貯まっていた吸い残しを口に含んで火を入れる。

 

 まあ、今回は私が悪いから仕方ない。一度で止まればあっちも乗り込んでは来ないだろ。

 持ちつ持たれつってやつだ。先週は隣が煩かったからな、主に女の喘ぎ声で。

 ったく、連れ込む女を悉く感じさせるとか相当のテクだぜ。あんまりにも甲高く、たまに野太いもんだからつい壁を貫きかけたんだからよ。物理的に。


「ふわぁ、落ち着いたし寝よっか。歯ぁ磨いて……明日起きたら配信して……そんで二度寝……」


 吸い殻を灰皿に捨て、冷静になった途端に欠伸をかく鈴野すずの

 腹も空かないし、さっさと歯を磨いて寝てしまおうと、布団を引くために椅子から立ち上がろうとした。


 まさにその瞬間だった。

 ちょうど日付の変わったと同時に、突如鈴野すずのの背後──部屋の中心に、魔力が発生し形を為していったのは。


「……誰だ。私は今機嫌が悪いんだ。人違いなら、三秒以内帰ったら許してやる」

『いいえ、間違いなどではありません。当方、伝言を預かって──』


 色気ある声を最後まで待たず。そして一瞥することすらせず、鈴野すずのは魔力を指で弾く。

 米一粒以下の魔力の弾。それは刹那の間、一筋の線を描いた後に謎の魔力へ直撃し霧散させる。


「……かったるい。素性、どっからもれ──」

『そう警戒しないでいただきたい。当方、所詮は片道のみの言の葉が故に』

「……あぁ?」


 だが再度発生した魔力。その場所は鈴野すずのの前──パソコンの画面。

 先ほどシャットダウンし、マウスを動かそうと切り替わるはずのない黒に宿る人の形。

 ……否、それは人といよりヒト。肌は白い体毛に覆われ、頭には長耳を生やしながら、右耳に小さなシルクハットを掛けた二足の獣のヒト。

 

 胡散臭い兎の獣人。

 不思議の国から紛れ込んできたと、そう言われれば信じてしまう紳士がそこにはいた。


「……使い魔か。随分と愉快な人格してんじゃねえか」

『光栄ですね。我が君の技巧、お褒めに預かり恐悦至極の極みです』


 絵本の読み聞かせでもすれば、子供より主婦の方々から黄色い声の上がりそうなバリトンボイス。

 そしてその存在の密は、そこらの魔法少女に出せるそれではなく。

 警戒を強めながら、画面を割るわけにもいかないと諦めつつ、鈴野すずのは一旦座り直す。


『さて、双方の納得を得られたところで自己紹介をば。とは言っても、当方に名などございません。歯車ウサギギアラビットと、今宵のみの月のウサギをそう呼びいただければと』

「くっど、三文芝居の狂言回しかよ。ああ、ちょい待ち。話長そうなら水取ってくるから」

『ええ、ええっ! どうぞご自由に。当方は所詮連絡端末であるが故。役割を果たすまでは、何時までも待たせていただき──』


 歯車ウサギギアラビットと名乗った兎の紳士。

 その実に芝居がかった口調に辟易しながらも、鈴野すずのは水を取りに冷蔵庫へと向かう。

 

 はあ、もう寝たかったのに。良くも悪くも、せっかく充実した一日で終われたってのにさ。


『おや、随分とお早い帰還で。当方、貴方様のお顔を再びまみえるまでの間、胸が引き千切れそうになしそうで──』

「いちいち長えって。とっとと寝たいしはよ用件を。血みどろ上等の喧嘩がお望みなら、御託はいいからさっさと仕掛けてきてくれ」

『んー辛辣ぅ! しからば、貴方様の望むままにいたしましょう。魔法少女ベル、いや魔法少女ラブリィベル! 或いはそう、魔法少女ブラック──』


「おい」


 その遮りは決して大きくない、何なら呟き程度でしかなく。

 だがその言葉一つで空気が変わる。たった一言が、部屋を包む緊張と圧を一気に膨れあがらせる。


『……おお、やはり健在。流石はかの最強、我が君と肩を並べた十五人の一人! かつての伝説の一角でございましょう!』

「その名で呼んだって事はあいつらの誰かだ。んでそこまで精巧な使い魔を遠隔で維持するなんて芸当……ギアルナの玩具パシリだな、お前」


 鈴野すずのの断言にも近い確信に、兎の紳士はにやけつつも華麗に一礼する。

 

「舐めてやがるな。かつてとはいえ戦友にその態度かよ」

『その件につきましては主人に代わり謝罪いたしましょう。何分我が君は真っ当な企業勤めにて、酷く多忙であるが故に』

「……そうかよ。偉くなったもんだ」


 企業勤め。つまりは自分とは違い、真っ当な社会人であるらしく。

 それを言われちゃおしまいだと、無職でヤニカスの鈴野すずのは溜飲を、ついでに戦意を下げざるを得ない。

 

 だがまあギアルナからってなら、恐らく宣戦布告の類というわけじゃないのだろう。

 正体が漏れたのも、おおよそ誰かがちくったわけでもなく、ミカンオレンジのマスコットを通してだろうしな。

 もちろん無職煽りなら果たし状として受け取ってやるが、まああいつはそんなことしないだろう。暇じゃない社会人ってこいつが言ってるわけだしな。

 

「しかし未だ後釜は見つからず、か。難儀な善性してるよ、あいつも」

『ええ、ええ。我が君の慈悲深さと頑固さ、それは貴女様や御三方とは異なるが故に』

「独り言に口を挟むな。んでウサ公、何の用だ。とっとと本題入れ」

『ああ失礼! 些か会話というものが楽しく、ついつい横道へ逸れてしまいました。当方、寂しがり屋の兎ですので』

 

 そう言ってから、ごほんごほんと分かりやすく喉を鳴らす兎の紳士。


『ではでは。まずはご復帰おめでとうございます、魔法少女ラブリィベル。かの伝説の再来に、我が君も大変心弾ませておりますとも』

「どーも。こっちは復帰したつもりないけど」

『つきましてはわたくし共から依頼をと。嗚呼、何! 貴女様であれば赤子が手を捻るが如くでしょうが!』

「聞けよ、おい」


 またしても勝手に言葉を紡ぎ始める兎の紳士に、鈴野すずのはでかいため息を吐き出してしまう。

 

『偉大なるラブリーベルに頼みたいこと! それは今日! 貴女様が巡り会ったメケメケ団と名乗る外星組織! つまりは宇宙人と和解を成し遂げていただきたく!』

「え、やだ。なんだその特級に面倒臭そうな案件」


 にべもなく、兎の紳士の言葉を一刀両断する鈴野すずの

 そのばっさり具合に兎も言葉を詰まらせ唸ってしまう。顔は微塵も困っていなさそうではあるが。


『……なるほどなるほど。しかしながら、是非ともわけを聞いていただきたく。まあ聞かずとも! 当方がここに残り続けてしまうのもまた一興ですがっ!』

「あーもう! じゃあとっとと話せ! 手短に!」

『ええ、ええ! なれば語りましょう! 我ら魔法少女の浅慮を、彼らと敵対するまでに至る発端を!』


 そうして声高々と、画面の中だからかろうじて許されるテンションで話し始める。

 一分、二分、五分飛んでやがては十分を越え。

 手の指では足りぬ舌の回りは、紙のようにペラペラと。吹いても消えぬ、蝋燭の上で踊る火のように。

 

「あーつまり事の発端は三ヶ月前。奴ら……メケメケ団と接触の際、魔法少女が最初に手を出して返り討ちにあい、それが切っ掛けで交戦状態にあるって感じか?」

『ええ、ええ! 端的な説明実に見事っ! 流石は名を馳せしラブリィベル!』

「自業自得じゃねえか。本来の役目はどうしたよガキ共」


 話の九割を聞き流し、気怠げに一言でまとめた鈴野すずの

 その結論に兎の紳士はこれ以上なく大袈裟に、通信販売の名人にも引けを取らない感嘆を露わにする。


『ですのでどうか! どうか哀れにも迷い込んだ羊めに慈悲の手を! どうかっ!』

「嫌だね。はいこの話おしまい。ほら、役目が済んだならとっとと消えてくれ」

『……はい?』


 十分を越える時間の浪費の末、やはり変わらぬ結論を叩き付け消滅を促す鈴野すずの

 そんな即答に兎の紳士もついには動じ、目を点にしてしまう。

 そこに言葉ばりの大仰さではなく、本当にそう言われると思っていなかったかのように。


「聞いた限り、ガチでガキ共の不手際じゃねえか。最初に手を出した張本人に菓子折持たせてけじめ付けさせればひとまずましにはなるだろ。逆に何故そうしない?」

『……実に耳が痛い。いやはや、まことその通りでございます。しかしながら手を出し、そして返り討ちにあった愚かな魔法少女というのが問題なのです』

「つまり?」

『件の少女、統括会オイルの新米であれば。失態はつまり、均衡を崩すことに他ならぬと』

「……はーあっ、はーーあっ」


 二度のため息。最早呆れを通り越し、失望塗れの苛立ちが込めて吐かれれば。

 そうして半ば衝動で灰皿に手を伸ばし、けれど半端なものがないことに舌を打った鈴野すずのは、側に置かれた灰色の箱を雑に掴み取る。


 統括会オイル

 それは結月ゆづきに説明した通り、魔法少女の秩序を保つために発足された組織。警察とは少し異なる、謂わば学園物の生徒会といったところだろうか。

 魔法少女本来の活動に治安維持。法なき世界にせめてもの秩序をもたらさんと、システム改変後に魔法少女ギアルナが発足させた組織、それが統括会オイルのはずだ。


 それが今や不祥事の隠蔽とは。

 所詮は理想の届かぬ治外法権。例えシステムが変わろうと、力こそ全てなガキ共の世界ってことか。


「……世も末だな。いつから腐っちまったんだ?」

『いえ、いえ。決して腐ってなどおりませぬ! ただ、かつてと違い魔法少女は徒党を組むのが常とされる時代なれば! 各々の連帯意識が強くなるのは当然のこと。文字通り、とは違うのです。はい』

「はっ、お優しいことで。感動だね、きっとあの人も笑ってるよ」


 鈴野すずのは吐き捨てるように嗤い、箱から取り出した白い棒に火を付ける。


『死者、重傷者のいない今ならまだ間に合うのです。どうか、どうかラブリィベル! かつてのように、その鐘の音で祝福を与えてくださらないでしょうか?』

「断る。そもそもの話、部外者に尻ぬぐいさせようって態度じゃねえな。てめえらがどう思ってるかは知らねえが、私はとっくに引退してんだぜ? せめてやらかした本人か、ギアルナ自ら出てくんのだが筋ってもんだろ。何だ? 無職のカス相手には最低限の誠意すらいらねえってか?」

『……まったく仰るとおりで。流石はかつての生き残り。我が君と同じく、大人は夢と希望と情だけでは相手取れないようで』

「御託はいい。ともかく、無償の奉仕なんてしてやるか。帰れ、話はこれでしまいだ」


 そうして会話を打ち切り、布団を敷くべく立ち上がろうとした、その瞬間だった。

 

『おや、でしたら報酬があれば動いていただけると?』

「……まあ、一考の余地くらい生まれるかもな」

『でしたら話は早い! まったく! そのような妥協点があるならば、遠慮なしに仰ってくれればいいものを!』


 兎の紳士は一際声を跳ねさせながら、三回ほど軽快に手を叩く。

 すると鈴野すずのの前に小さな煙がぽふっと現れ、その中から茶色の封筒が落ちてくる。

 

「……これは?」

『我が君から預かっていた物です。よろしければ、是非とも中をご確認いただければと』


 どうせ碌なもんじゃないだろうと。

 鈴野すずのは訝しげに、けれどもちょっとばかりの好奇心で封筒に手を入れてみる。

 

 指で軽く触って感じたのは、どこかで触ったことのある紙の感触。

 一枚ではない。厚さと手触りから推測するに、少なくとも十枚以上は──。


「こ、これはまさか……!!」

『まこと味気のない、つまらぬものにございますれば。……はい、現金にございます』


 思いついてしまったすぐに封筒から引っ張り出す。

 何と中からは黄色みがかった札が。それもこの国にて最も高く、同じ絵柄のものが十五枚も。


『無論、これぽっちではありませぬ。此度時間を頂いた謝礼としてこの十五万を。そしてメケメケ団をこの星から出していただけたのならば、成否関係なくこれと同じ額を』

「え、まじ? ……いやいや、なんか美味い話すぎない? というか成否関係なくって?」

『最悪の話、こちらは殲滅でも構わないのです。極論メケメケ団さえいなくなってくれれば、魔法少女の均衡は保たれますので』


 ……そいつは怖い。吸ってるこれに負けないほど、刺激と苦みが詰まってやがる。


『いかがですか? お引き受けいただけると、こちらとしては嬉しい限りなのですが』

「……これ、違法じゃないよね? 実は夢の国の通貨で、使ったら捕まったりしないよね?」

『無論、法には触れないかと。所詮は端金、七桁を超えねば煩わしい税もかかりません故』


 兎の紳士はあくどくにやけ、如何にもな手つきをしながら、露骨に悩み出すを鈴野すずのをじっと見つめる。

 だがそんなことなどお構いなしに、鈴野すずのは咥えていた煙草を灰皿で消火してから捨て置き、腕を組んで悩み出してしまう。

 

 ……これだけで二ヶ月は延命でき、その上ちょっと美味しい物まで食べてしまえる額。

 ……そういや、メケメケ団の幹部は結月あいつの良い修行相手になるくらいだよな?

 なら、この件を上手く利用させてもらっても良いんじゃないか? い、いや決して! 決して金に釣られたとかじゃないんだけどさ!

 

「ふ、ふーん? ま、まあ? 昔馴染みのよしみだし? ちょうど都合もいいから、引き受けてあげてもいいかなぁ?」

『……ふふっ、ありがとうございます。んんっ! ではまた後日! 今宵は一夜の幻想、歯車ウサギギアラビットがお送りいたしました』


 商談成立と、こちらに微笑んだ兎の紳士は華麗に一礼し、これまた熟れた手つきで指を鳴らす。

 すると画面内に出るはずのない煙が充満し、それが晴れれば兎の紳士は影も形もなく。

 あれほど喧しかったはずの室内には、置いていかれた現金以外に痕跡はどこにも存在しなかった。


「……と、とりあえず今日は寝よ。明日これが消えてなかったら、その時はその時だ」


 これが都合の良い幻か、或いは結構危ない橋を渡った現実か。

 ともあれ、時間は既に一時を回っており。

 最早悩むのにすら疲れた鈴野すずのは、思考停止とお札を全て封筒へ戻し、自分の如何なる私物よりも丁寧にデスクに置いてから立ち上がる。

 

 その後歯を磨き、布団に入り、目を瞑って眠りに陥るまでの間。

 鈴野すずのの口はどうにも緩んでしまい、いつもよりも寝付くのが遅かった。


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