白雪姫

@amy2222

第1話 「毒を作る国」


それは私が白雪姫の母になる前のこと。



私の故郷は、遠く離れた「毒を作る国」。その地は、一見すると荒涼とした地域にも思えるが、実は神秘的な美しさを秘めている。朝霧が立ち込める森は、さまざまな植物が生い茂り、その中には世界で最も強力な毒を持つものもあれば、命を救う薬草もあった。土地全体が、生と死が密接に絡み合った繊細なバランスで成り立っている。


ここでは、季節ごとに変わる自然の風景が、その地の知識と伝統を色濃く反映している。春には、毒を帯びた花が美しく咲き乱れ、彼らの危険な魅力が森全体を覆う。夏には、日差しの下で様々な薬草が最も力を増し、彼らから抽出されるエキスは多くの命を救う。秋の訪れと共に、落葉が地を覆い、冬には、霜が植物を守るかのように静かに降り積もる。


私が育ったこの地では、薬学と毒の知識は生活の一部であり、私たちは自然の力を敬い、その秘密を慎重に扱うことを学んだ。しかし、この国に嫁いでから、私のその過去は疑念と不信の目で見られてきた。私が持つ深い知識とこの美しいが危険な土地への愛情は、新しい故郷では常に誤解され、恐れられている。


私がこの国の王に嫁いだのは、冬の終わりに近い時期だった。彼の国は、私の故郷とは異なり、穏やかな緑の丘と豊かな土地で知られていた。初めて足を踏み入れたその地は、冬の寒さが和らぎ、最初の春の兆しが感じられる時だった。凍った地面には、生命の再生を告げるように新芽が顔を出し、空は明るい青に染まっていた。


王様との結婚は、政略的な背景があった。私の故郷「毒を作る国」は、その薬学と毒の知識で孤立しており、同盟を求めていた。王様の国は、病で苦しむ王女、白雪姫を救うことができるかもしれないという希望を持って、私を迎え入れた。私の知識が、彼らの最も愛された王女の命を救う鍵となることを期待していたのだ。


白雪姫の病気を治すために、私は様々な薬草と秘伝の処方を持ち込んだ。私の故郷から持参したこれらの知識は、私にとっても大きな意味を持っていた。それは、私の国が国際的に認められ、その独自の知識が価値を持つことを証明する機会だった。


結婚式の日、王宮の庭は白と金色の花で飾られ、新しい章の始まりを祝福するかのように輝いていた。庭園の池には水面が鏡のように反射し、私たちの姿を映し出していた。私が新しい国にもたらした希望と、私の故郷との架け橋となる可能性は、その日の光の中に宿っていた。


私は、白雪姫の病を治すことができれば、私の国と新しい国との間に強固な絆を築くことができると信じていた。それは、両国にとってのメリットとなり、私の故郷が持つ特別な知識を世界に示す機会となるはずだった。



新たな王国に嫁いだ私は、遠く離れた毒を作る国の出自を背負い、そのために常に疑念の目で見られてきた。この国は広大な野原と穏やかな川が流れる、美しい風景で満ちている。春には野に咲く花々が風に揺れ、夏には金色の麦畑が太陽の下で輝き、秋には豊かな果実が木々を飾り、冬には雪が静寂をもたらす。


しかし、この美しい土地の中で、私は過去の影に囚われていた。私の学んだ薬学と毒に関する知識は、この国の人々に恐れと好奇心を同時に抱かせた。私の到来は、白雪姫の病を治す可能性という希望をもたらしたが、同時に、私の知識がどのように使われるのかに対する不安と疑念も生んだ。


私が庭園を散歩するたび、私を取り巻く自然の美しさとは裏腹に、その視線は冷ややかだった。豊かな緑の中でさえ、私は常に他者の警戒心を感じていた。私が扱う草花一つ一つに、彼らは秘密や危険を見出そうとし、私の一挙手一投足は慎重に観察されていた。


この国の壮麗な自然は私を魅了したが、その美しさの中にも、私の過去と故郷から持ち込んだ知識への不信と警戒が隠されていた。それは、私がこの地での新しい生活を築く上で、乗り越えなければならない大きな壁となった。


そんな時に出会ったのが白雪姫だった。


その時期、私がこの国に溶け込もうと努力していた中で、白雪姫との出会いが私の人生に新たな光をもたらした。彼女は王宮の庭で遊んでいるところを初めて見た。庭は春の訪れを告げ、桜の花が満開になり、風に舞う花びらが空をピンク色に染めていた。白雪姫はその中で笑い、踊っていた。彼女の髪は太陽の光を受けて輝き、その瞬間、彼女は自然の一部のように見えた。


私は遠くから彼女を見ていたが、彼女はすぐに私に気づき、ためらうことなく私の方へ走ってきた。彼女の目には好奇心が満ちており、私のことを何も恐れていないようだった。彼女は私の手を取り、


「あなたが新しいお母様ね。私たちはきっと良い友達になれるわ」と言った。その純粋で率直な言葉に、私は心を動かされた。「でも、私、あなたのことをお母様と呼べるかしら」少し悩んだような、そんな彼女の言葉に私はハッとする。少しだけ優しく対応されて喜びはした。けれど彼女の気持ちを考えなさすぎだった。外部から来た人間に、いきなり母親と呼べと言っても納得出来るはずもない。そんな当たり前のことにも気が付かないなんて、なんて馬鹿なのだろう。「ごめんなさい、気が付かなくて」

彼女は首を横に振る。違うの、と言いながらそして少し照れたように「あまり年齢も離れていないのですもの。お姉様の方が近い気もしますわ」

私は初めは気を使われたのかと思った。だけど、耳まで赤くして、本当に恥ずかしそうなその姿を見て、私は思わず吹き出してしまった。本当にこの子はそんな心配をしているのだと。その少しだけ抜けた考えに思わずくすぐったくなる。そして耐えられず、私は笑った。

今まで張り詰めていたものが、溶けた気がした。そしてようやく気がついた。この国に来て初めて笑った気がする。「何が可笑しいのですか。私が真剣に言っているのに」


私たちの出会いは、庭園の美しい景色の中で行われ、彼女はその場を完全に支配していた。彼女の周りの花々はより鮮やかに見え、鳥たちの歌もより明るく響いた。彼女はこの国の自然と完全に調和しており、その場のすべてが彼女を中心に回っているかのようだった。

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