第33話 最後の光

 これは誰も知ることのない遥か遠い昔のお話。


 

「アストズァラク様、見えて参りました。あれが最後の可能性ある星。K2ー203dです」


「もうこれ以上の航海は不可能だったな……」


「先日の敵性体てきせいたいとの交戦により機関部の損傷は大きく、これ以上は……」


「このままでは宇宙を彷徨さまよう巨大な棺桶かんおけになるということだな」


「そこまでは言っておりませんが、似たようなものです」


「しかし、美しい星だな……」


「はい。故郷を思い出します」


 彼らは生存不能となった故郷の星を離れ、新たな入植地を求めて彷徨う流浪るろうたみ。彼らを乗せた巨大な方舟はこぶねが青い星へと降り立つ。



 2週間後。惑星K2ー203dの海洋上。


「大気中に有害な物質は検出されず。酸素濃度、その他数値も理想的です。先に放したマウスにも今のところ異常はみられません。現在、家畜動物による観察、分析を行っております。この分だと我々が上陸するのも遠くないかと」


「そうか。無人機ドローンの探索の状況はどうか?」


「確認した大陸においては現在数種類の知的生命体を確認しております。文明レベルから推察するに脅威とはなりえません」


「共存したいところではあるが文明レベルが離れすぎている。彼らと生活できる候補地は?」


「比較的安定した火山がありました。その熱エネルギーを利用すれば方舟の住民について最低限の水準ではありますが生活が可能です」


「計画を進めてくれ。私はこれから妻のところへ行く」


「もうすぐお産まれになるのですね」


「ああ、子どもの名を考えねばならん。この星で誕生する我々の新たな世代の最初の子になるらしい」



 方舟着陸から3年後。地底都市ヴァルハラ。


「駄目ですよ、そんなに走りまわっては。王妃さまもご心配なされます」


「ははうえ、みてみて。ちょうちょ、ちょうちょ」


「良いのですよ。この子が私の代わりに大地を踏みしめてくれる。ああ、転んでしまいましたね」


「うっ、うっ……」


「どうしたのですか、あなたはそのようなことで挫けてしまう子なのでしょうか? 母はこのように歩くことができません。あなたを抱き起こすこともできません。ですから自分でお立ちなさい。あなたはつよい子です。そうですよね」


 離れた場所から車椅子の母親は、子に優しく語りかける。


「わたし。つよいこ。ははうえをこまらせないって、ちちうえとやくそく、したの」


 幼子は泣くのをこらえてひとりで立ち上がってみせた。侍女の押す車椅子がゆっくりと近づく。


「ははうえ、わたしなかなかったよ」


「そうですね」


 母親は優しく頭をでる。


「よくできましたね、ツムトギアちゃん」


「王妃様、お時間でございます」


「もうそんな時間ですか……。『最終会議』でしたね。参りましょう」


 この星に降り立った入植民たちはこの時大きく数を減らしていた。3万人いた方舟の住民はその百分の一に、残された人々の余命も持ってあと数年。原因はこの星の大気中に存在する魔素であった。しかしこの未知の存在に彼らは気づくことができなかった。彼らはこの魔素に対する耐性が極端に低く、もし地上の現生生命体からこれを魔力へと変換し体外へ放出するという手段を知っていれば生き残る可能性もあったのかもしれない。『最終会議』と名づけられた集会では、残りの余生を自由に過ごすよう王から告げられただけであった。人々はこの地を離れ自分の最期の理想の場所を求め各地に散っていくことになる。


 この星への入植後、新たに子が生まれることは無かった。王と王妃の子、ツムトギアアンダビノを除いては。


「この子にはわずかだがこの星の大気への耐性がある。放っておけば私たちと同じ運命をたどることになるが、この子には生きて欲しい。この星の美しい自然を、もしかしたら現地民たちとの交流も……。いや、それは夢物語か……。だが私は可能性を信じたい。君は……」


「ええ、私も同じ想いですよ、あなた。そうそうこの子ったら、さっき転んでしまったのですけどちゃんと自分の足で立ち上がったんですよ」


「そうか、そんなことが……」


 子は不思議そうに両親の顔を見上げている。


「さあ、この中にお入りなさい。ツムトギアアンダビノ・アストズァラク・オリログラスソムンアミー。私たちの故郷オリログラスの最後の光」


「はい。ちちうえ」


 子が装置内のベッドに横たわるのを確認すると父はそのガラスの覆いをゆっくりと下ろす。


「ああ……」


 ガラス越しに最愛の我が子をに手を伸ばす母。


「姿かたちはもう人のそれではなくなってしまうかもしれないが、この子が私たちの大切な宝であることには変わりないよ」


「はい」


 カプセル内部が睡眠を誘導する気体で満たされていく。両親の顔を見つめていたまぶたはゆっくりと閉じられていくのだった。

 

 

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