第30話 ドワーフの住処②

 扉の先には真っ白な壁に天井、大理石のようなツルツルの床がまっすぐに伸びていた。両端にも扉がある。それは自動ではなくドアノブがついており開けてみると居住スペースのようでテーブルやキッチン、ベッドなどがほとんど未使用の状態であった。ひとつひとつ確認して進むがどれも代わりえしない様子だった。


「最後のこの部屋だけ入口が豪華ですね」


 突き当りの部屋の扉だけ木製で細かい装飾までされている。他と同じように鍵も掛かっておらず開いた。


「ここは生活感があるわ」


 ヒナさんがしおりの挟まれた本を手に取る。読めない文字だったのだろう再び元の位置に戻した。同じように木製の机の上に置かれているのは高級そうだがこの時代にもありそうな羽ペン。机の引き出しを開けると白い紙にぎっしりと文字の書かれた一枚の紙があった。手書きの横文字、もちろん読めない。


「なんだろ、これ?」


 誰かが使っていたであろう形跡のあるベッドの横の証明台の上に金属製の黒い箱のようなものがある。触ると淡い水色の光で覆われる。俺は慌てたせいでそれを床に落としてしまう。


「誰なの?」


 突然、人の姿が現れた。向こう側が少し透けて見える。これってSF的なあれか?


「ホログラムってやつか?」


「何? ほろナントカって?」


 ヒナさんには伝わっていないようだ。床に落ちた魔道具っぽい箱からベッドの上に向けて光が出ているのが分かる。古代ローマ人が着ていそうな服装の中年の男女が何かを話している立体映像のようだ。俺の聞いたことがない言語だ。それをツムトはじっと見つめている。それは食べられないの分かるだろ。


『チ、チチウエ……、ハハウエ……、アッ、アッ。アアッ!』


 えっ、いま何って言った? 


「ツムト!」


 ツムトはベッドの上に落下した。大丈夫だ呼吸はしている。まだ立体映像の二人は何かを語りかけている様子だったが、しばらくすると自動的に消えた。その二人の表情が俺の頭に残る。



 俺はツムトを両手に乗せてその場所を離れる。長老さんの家に着いた頃、ツムトは目を覚ました。


『オデ、ネテタ?』


「そうだな」


『ヒロト、オハヨー! ヒナ、オハヨー!』


「お、おう。おはよう、ツムト」


「良かった。ツムトちゃん」


 黒い毛玉さんは、何事も無かったようにフワフワと浮いている。さっきの出来事をたずねてみても覚えていないと言う。これは一体どういうことなのか。


「おお、毛玉も目を覚ましたようだな。宴会の準備ができてるぞ」


 レギンさんが顔を出す。


『オデ、ケダマチガウ! ……、エンカイ? エンカイ、ナニ?』


「宴会ってのは、うまい酒を飲んだり、うまい飯を食ったりすることだ」


『エンカイ、ウマイ?』


「ああ、うまいぞ」


『オッ、オッ! オデ、エンカイ、タベル!』

 

 レギンさんの頭上を激しく動き回る様子から心配はなさそうだ。


 

「ツムト様、こちらもお召し上がりください」


「ああ、ズルい。ツムト様、こちらも美味おいしゅうございますよ」


 美女というか可愛らしいドワーフのお姉さんたちに接待され、次々と料理を口に運ばれるツムト。金の刺繍ししゅうがされたクッションの上に鎮座ちんざしてご満悦まんえつのご様子である。


「ツムトギアアンダビノ様におかれましては、この度我々の前にお姿をお見せ頂き皆感激しております。今をさかのぼること約千年まえ……」


 長老の長い長いお話が始まる。広場に集まったドワーフたちは真剣な顔で聞いている。ツムトは食べるのに夢中でおそらく聞いてはいない。隣に座るヒナさんも我関われかんせずで無言でパクパク食べている。すでにすごい数の皿が積み上がっている。その食べたものはどこに消えていくのですか……。


 長老の話を要約すると、千年前のあの『最終決戦』の主戦場となったのがかつて彼らが暮らしていた土地だったらしい。その結果ドワーフは種族絶滅の危機にまでおちいっていた。突然終わりを告げたその戦争の後、新たに現れた女神は彼らに手を差し伸べるどころか彼らから故郷の土地を奪った。土地を追われたどり着いた先がこの場所であった。


 ドワーフのおじさんたちが声を殺して泣いている。


 この埋もれたおそらく旧時代の地下施設が彼らを救った。地上は強い魔物も多く土地はせていたが、この地下は地熱が利用されているらしく一年を通して温暖な環境である。鍛治に必要な火はマグマだままりから、そして金属鉱石も豊富にあることがわかっている。


 長老の長い話が終わるとドワーフさんたちの大合唱が始まった。


「我ら遠き故郷を離れ、幾星霜いくせいそう。未知への旅立ち心躍り。艱難辛苦かんなんしんくも……」


 あの壁画にあった古代文字を長老が翻訳ほんやくしたものをもとに作った歌らしい。彼はあの『最終戦争』時、生き残った最後の兵士だった。


「この地で永遠に生きよ! この地で永遠に生きよ!」


 それが終わると皆大いに飲み、大いに食べた。そして大いに歌った。



「ふふっ。ヒロト、おかわり」


 目がわっているヒナさんのプレッシャーに俺は屈してお酒を注ぐ。


「ヒナさんって未成年じゃなかったんですか?」


「ふふっ。ひ・み。つ」


 何か怖いのだけど。


「おお、姉ちゃんイケるじゃねえか」


「俺と勝負しねえか?」


 レギンさんも何だかいい感じに出来上がっている。


「もちろん。受ける」


 スッと立ち上がるヒナさん。周りも面白そうなことが始まったと騒ぎ立てる。


「ちょ、ちょっと。駄目ですって!」


 俺の制止を振り払って二人は中央へ。


 いやいや、それは無理だって。巨大な樽が二人の横にそれぞれ置かれた。アレを柄杓ひしゃくみたいなもので飲み合うらしい。どうなっても俺は知らんぞ。



「うっ、うっぷ……。参った。俺の負けだ……」


 レギンさんが仰向けに倒れた。ヒナさんが大歓声の中、樽ごと持ち上げて残りを一気に飲み干した。


すげえぞ、嬢ちゃん!」


「あのレギンに飲み勝ったぞ!」


 ヒナさんはその日、ドワーフの英雄となった。女神にアルコール耐性の加護でも貰ったのだろうか? ツムトは別格のようでその後ろには、更に強い『ドワーフ殺し』と呼ばれる酒樽が積み上げられており、次から次へと補充されていた。


 ヒナさんは隣に戻ってくると『私、最強でしょ』と言ったまま俺の肩に頭を預けて眠ってしまった。もう、これだから酒飲みってヤツは……。今日はレギンさんのところに泊めてもらうことになっていたので、彼の奥さんと子どもたちと協力して二人を家まで運び込んだのだった。ツムトも後から神輿みこしのようなものに乗せられてレギン邸に運ばれてきた。本当に神さまに見えてきた。

 

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