第26話 祝賀会の夜

妻もエレナをしっかり抱きしめる。

私は軍人たちがドアの外にいないか確認した。

軍人たちも疲れているらしく、詰め所に一旦、戻ったようだ。

「ママ、会いたかったよ」

とエレナは泣き出す。

妻は嗚咽して

「エレナ、エレナ」

と泣いた。

イワンさんはその光景を優しく見守る。

私は妻とエレナの背中に手を置いて涙をこらえた。

いくら涙もろい私でもイワンさんの前で泣いてはいけない。

しばらくして再会の興奮が落ち着き私は妻に聞いた。

「どうして、私から逃げて部屋に鍵をかけたんだい?」

「私は武器を作る悪魔に成り果てたわ。あなたには許されないと思い逃げ出したの。ごめんなさい」

「悪魔だなんてそんなことはないよ」

と私は言った。

「拉致なんて言う誘拐犯罪を犯す人間は何をするかわからない。大人しく言うことを聞いておく事が身を守る一番の秘策さ。君はその秘策で私達に会えるチャンスをつかんだんだんよ。何も卑下することはない」

と私は続けた。

「そうだよ、ママ。ママがこうして生きててくれただけでエレナは嬉しいよ」

エレナの言葉に妻はただただコクリ、コクリとうなづく。

「奥さん、あなたは本当に幸せですね。こんな素敵で勇気ある家族に囲まれて」

とイワンさんが言う。

「ありがとうございます。私は武器を作ったという罪を償います」

「そうだよママ」

「そうだよ、カロリーナ」

と私達は下を向くのをやめた。

「それでは」

とイワンさんが身を乗り出した。

「明日がチャンスです」

「明日?」

私達家族は急な提案に面食らってしまった。

「明日、南晩漠労働党創立80周年記念祝賀会が開催されます。みんなが祝賀ムードで酔いしれている時は警備が甘くなりがちです。明日しかありません」

「そうですか、イワンさんがそうおっしゃるなら確かでしょう」

「明日って今晩寝た次の日だよね?」

と子供らしい事を言うエレナにみんなが微笑んだ。

「薬剤師は薬の持ち込みが許可されています」

「鍼灸師、漢方湯液家でなおかつ薬剤師なんですねイワンさんは」

「はい、睡眠薬は用意してあります。出口の衛兵の飲み物に混入します。衛兵が眠りこけているうちに脱出しましょう」

「わかりました」

と私は答えた。


翌日、祝賀会は銀総書記長の挨拶で始まった。「銀月敗総書記⾧から銀負月総書記⾧へ、そして私に引き継がれた南晩漠労働党は永遠に不滅である。これからも私を支えてくれ給え。乾杯!」

と言う言葉でしめ、やっとスピーチが終わった。

私は早く終わらないかなと思っていたが、幹部そしてその部下たちは銀負讐総書記⾧の一言一言に首を立てに振り拍手したくてたまらなさそう顔で聞き入っていた。

民は飢餓で苦しんでいるのにこんなに贅沢な料理が出てくるとは「民の心、官僚知らず」だと私は思った。

豚の丸焼きやらスンドゥブ、サムゲタン、マッコリ、ワイン、ウイスキー等がどんどん振る舞われる。

チマチョゴリを身にまとった舞踊が披露される。

銀総書記⾧はしたたかに酔い上機嫌だ。

「のんきなもんですね、世界中がミサイル発射行為に憤っているのにどんちゃん騒ぎなんて」

「まったくその通りですよ」

と私はイワンさんに相槌をうった。

エレナは初めて食べるキムチの辛さにビックリしてヒーヒー言っている。

それでも

「あ~辛かった」

とオレンジジュースを飲んでケロリとしている。

「辛い物を食べた後は甘い物を飲んだり食べたりすると辛さが収まりますよ。これは五行思想の中の五味の理論です。酸苦甘辛鹹の母子関係の適応です。甘が母で辛が子供です。

子供の辛さを母親の甘さが包む込み辛さが収まるのです」

とイワンさんが言うと

「ママがエレナを叱った後、お菓子をくれるのと一緒だね」

とエレナが楽しそうに言った。

開発者の妻の側にいると家族であることが発覚する可能性があるので、広い会場では私達は彼女から遠い席で祝賀会に参加している。

ミサイルの設計者である彼女の元にはひっきりなしに関係者が挨拶に来る。

笑顔で受け答えする妻、さぞかし心労が募るだろうと心配になる。

19時が計画開始の時間だ。

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