第4話 売られた喧嘩


 社交界デビューをしたからには、ありとあらゆるパーティーやお茶会に参加をして顔を売らないといけない。


 デビュタントから二日後、本格的な社交界シーズンがやってきた。毎日どこかしらで開催されるパーティーに、私はクリスタ姉様と参加をしていた。


 デビュタントだけで終わりではない上に、毎日のようにコルセットをつけて、作り笑顔を浮かべながらパーティーに参加しないといけないのは、なかなかにキツイ。


 体力に自信があったけど、慣れないことが続いた私の体は疲労がたまっていた。


 しんどいと思う私に比べて、馬車の向かいに座るクリスタ姉様はいつもと変わらない健康体のように見えた。


(……やっぱり姉様は凄いな)


 姉様は私と比べて喋る量も多く、人気者なだけに大変な立ち回りのはずなのに、静かに微笑む姿からは一切疲労を感じさせなかった。


「こんなにも忙しいのは、社交界シーズンの今だけよ。アンジェ、よく頑張ったわね。今日で最後よ。もう少しの辛抱だから頑張って」


「……頑張ります」


 クリスタ姉様が何度も応援してくれるので、どうにか頑張りたいとやる気だけはあふれてくる。せっかく地獄の日々をこなして学んだのだ。その成果を発揮してこそ、学んだ意味があるというものだ。


 そうポジティブに考えながら、今日もパーティーへと向かっていた。


「最終日だからと言って気を抜かずに。品よくね」


「はい、姉様」


 以前の講義でデビュタントのように振る舞えばいいと言われたので、優雅を追及するのはひとまず保留にした。


 最終日のパーティー会場へ到着した。


 デビュタント以降知り合いができた私は、クリスタ姉様とは離れて一人で各所に挨拶をしたり談笑したりしていた。クリスタ姉様による授業のおかげで、話の内容がわからないということはなかった。


 最近はどんな歌劇を鑑賞した、どこどこのブティックが流行っているなどという話はつまらないとは思っても重要な情報でもあるので、しっかり記憶に残した。


「アンジェリカ様のご趣味は何かしら?」


「乗馬ですわ。晴れた日によく乗っているんです」


「まぁ、素敵ですね」


「私も乗馬を嗜んでいるんです。アンジェリカ様と、今度ご一緒したいですわ」


 きっと、彼女の言う乗馬と私の言う乗馬は違うんだろうな。


 彼女の言う乗馬とは、恐らくゆっくりと馬に乗ること。

 私が言う乗馬とは、かっ飛ばして駆け抜ける乗馬のことなので、だいぶ異なる。


 それでも実現したらしたで、楽しそうなので、笑顔で受け取っておく。


「ありがとうございます。是非ともご一緒しましょう」


 本気でそう思っていても。社交辞令になってしまうのが少し残念な所だ。

 ご令嬢方との会話を終えると、クリスタ姉様を探そうと周囲を見渡し始める。


 すると、一人の男性が視界に入った。


(……あいつは、この前のガン飛ばし野郎)


 忘れもしない、あの銀髪と良いガタイは。その上鋭い眼差しは再び私に向けられた。


(またこっち見てくんのか……)


 一瞬、睨み返してやるという気持ちが浮かんだ。


 しかし、クリスタ姉様の「睨むことは品のあることかしら」という言葉が頭を過ったので、私は彼から視線を外した。


(無視だ、無視。ああいう変な奴は気にしちゃ駄目だ)


 男性から目を離してクリスタ姉様を探しに移動しようとすれば、こちらに近付いてくる足音が聞こえた。


(……えっ)


 予想外にも男性は私の目の前にやって来ていた。驚きながらも、彼の顔を凝視する。


(なんだ、直接文句でもいいに来たのか)


 そう身構えながらも、挨拶をしようと彼の目を睨まずに真っすぐ見つめる。


「ごきげんよう」


 にこやかにそう伝えても、相変わらず相手は睨んだままだった。何とも気分の悪い相手だが、ここで睨み返してはいけないし悪態をついてもいけない。


 今日の私は品よくするんだ。


 一人勝手に意気込んで、名乗ろうとした瞬間だった。


「いい度胸をしていますね」


 睨まれたまま、男はそう一言告げた。


(……前言撤回。睨んでいいか? 喧嘩売ってるだろこいつ)


 心の中が荒れ始めるものの、どうにか歯を食いしばって笑顔を浮かべた。


「あら、光栄ですわ」


 かかってこいよと言いたかったけれど、この場にいかにふさわしくないかはわかっていたので、どうにか呑み込んだ。


「お名前は」


(喧嘩を売った相手だもんな、知りたいよな。……売られた理由はわかんないけど)


 睨みつけられたまま名前を聞かれる。問われた以上、答えないのも失礼だろう。自分から名を名乗れと言いたい気持ちを抑えて、ガン飛ばし野郎の目を見た。


「アンジェリカ・レリオーズです」


「……レリオーズ嬢。ギデオン・アーヴィングです」


 なるほど、ギデオン・アーヴィングか。覚えた。

 もしかして睨み返すよう煽られている可能性まで考えるほどの睨みっぷりだけど、その挑発には決して乗らない。


 さぁ、何を言い出すんだと見つめていれば、ギデオン・アーヴィングは突然目を逸らした。


「……またお会いしましょう」


 そう一言言い残すと、ギデオン・アーヴィングは足早にその場を去っていった。


(……な、何だったんだ⁉)


 ギデオン・アーヴィングのいきなりの退場に、私はひたすら困惑するのだった。


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