フィフスとナインとタイニー
リディアが倒れてから五日。
使用人用の食堂には現在、フィフスとナイン、それからタイニーが大きなテーブルを前に座っていた。料理長が淹れてくれた紅茶が湯気を立てているが、誰一人手を出さない。
「主様は今日もミス・リディアの部屋なのか?」
紅茶の赤い水面を見下ろしながらタイニーが尋ねる。ふうっとフィフスが溜息を吐いた。
「一応、書斎で仕事をされている時間もあるが、ほとんどがリディア様の部屋だな」
唐突に婚約者として屋敷にやって来たリディアは訳あり物件そのものだった。
父伯爵を失くし、住むところを失いかけていた元伯爵令嬢。その彼女と婚約していたらしい、新・コートニー伯爵から逃げ出し、それをリアージュが保護した。
元婚約者は彼女を探し、彼女の周りには物騒なことが増え、結果、婚約を発表した席で倒れた。
「呪いの影響なのか?」
フィフスの視線がナインに向く。彼女は緩やかにウエーブする自身の銀髪を指に絡めて右手中指にはめられた指輪に視線を落とした。七色の光を放つ水晶の内側で、ゆらりと陽炎のように白い光が揺れる。
「誰かがミス・リディアを呪っていることは間違いないですわね」
静かなその一言に、タイニーが脱力するように溜息を吐いて天井を見上げた。
「一体誰がお嬢ちゃんを呪うんだよ? コートニーとかいう伯爵が取り戻そうとして画策するのならわかるけどさ。お嬢ちゃんが死んじまったら意味ないだろ?」
「……ミス・リディアのお話ではじわじわと死ぬ呪いが掛けられているということでしたが」
タイニーの疑問にかぶせるようにナインが告げる。
「……私が視た限りではそういった呪いではないようですわね」
じっと指輪を見つめるナインの台詞に、フィフスがその銀色の瞳を伏せた。
「では彼女が嘘を吐いている?」
「……呪われていることは確かなので、嘘ではないかと」
「まっすますわけわかんねぇ」
ばったりとテーブルの上に倒れ込み、タイニーが半眼で双子の姉と兄を見た。
「てか、厄介ごとしか持ってこないお嬢ちゃんをなんで主様は気にしてるんだ?」
そこが一番の問題だ。
そんな訳あり物件をどうして我が主、オルダリア公爵リアージュが婚約者として発表し、更には部屋に籠っているのか。
ハイスペック、ハイクオリティ、ハイエンドの我が主を脳裏に思い浮かべ、冷酷そうな微笑みが最も似合うその人が、見たこともないような焦った様子で屋敷に帰ってきた瞬間を思い出す。
屋敷中が「今日で世界が終わる」と確信するような……生きていてお目にかかることなどなさそうな表情だった。
「……それだけの困難を抱えている方を妻にと選ばれたということは、主様はそれだけミス・リディアのことを大切に思ってらっしゃるのでしょう」
静かに告げて、ナインが紅茶のカップを持ち上げる。ほうっとうっとりしたような溜息を吐いて紅茶をすする姿に、タイニーは「うげぇ」という顔をした。
「
「それが愛というものでしょう」
厳かに告げる彼女に不満をぶちまけるべくタイニーが口を開いた。
まさにその瞬間、使用人用の地下に設置されたベルが鳴り、敬愛する公爵閣下が使用人を呼んでいると察する。
「……いこう」
立ち上がり、先頭に立ってフィフスが歩きだし双子が慌てて付き従う。
そうして立ち入ったリディアの寝室で、ベッドの上で婚約者を抱き締めて離さない主の姿を見て唖然とするのだった。
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