第9話 憧れちゃう
「もしもし、天霧さぬきです。開口一番テレビ通話というのは流石にびっくりですよ」
間違って通話ではなくテレビ通話のボタンを押してしまった!
……言うほど『間違って』かなぁ? 故意だったような気がする。……なんで自分のことなのにはっきりしないのか。
そんな疑問は、画面に映るさぬきちゃんの美貌を見た瞬間どうでもよくなった。
「その、大丈夫ですか?凄い表情してますけど」
……驚かせてしまったみたいだ。たしかに、心が表情に出すぎていたかも知れない。
いつも意識している表情。彼女の配信前まで浮かべていたキリッとした表情に戻した。
「だ、大丈夫です!それよりすみません、通話ボタンを押すつもりがテレビ通話のボタンを押してしまって……」
「なるほど。ただ、普通の通話でも結構びっくりですけどね」
「……あう。スミマセン……」
こうして接するさぬきちゃんは結構な常識人だった。
配信場で見せる生意気な態度や、あのとてつもなく巨大な心からは想像もできないほどまとも。
ニートだった期間はそれなりにあるらしいが、十年以上真面目に働いていたみたいだからあたりまえなんだけど……それ以前の問題があった。
あんなとてつもない心を持っていながら、『普通の人生』を送れていたというのは驚愕でしかなかった。
私が見てきた限り、一定を超えて特異な心を持った人はみんな、どこか外れた生き方をしていた。
良い意味で人並み外れていたり、逆に人道を外れていたり。
質量に差はあれど同じく、特異な心を持つ私にとっては偉業のように思えた。
……憧れちゃうっ!
「いえいえ、好きな動画投稿者さんとこうして対面でお話できる機会なんてそうそうないですから。驚きましたけど、嬉しいですよ」
「……!!!う、うれしいですっ!まさかさぬきちゃんが私の動画を楽しんでくれていたなんて……」
好きな動画投稿者、そう言ってくれた。思わず泣きそうになった。あまりにも感動しすぎて逆に涙が出なかった。
でも、顔が熱い。脳がショートしそうだ。
「思い入れのあるゲームですからね。その動画をずーっと投稿し続けていて、プレイヤースキルも高くて、なにより編集や寸劇が面白すぎましたから。あのゲームに入れ込んでたならファンにならないわけないですよ」
ファン!つまり……お互いが推しということ?流石にそれは舞い上がりすぎだから考えないようにしよう。
……ずっと昔から、ゲームのやりこみとこだわりを持ったロールプレイが好きだった。
周りから異常に映るくらいゲームにのめり込んでいた。
それ以外の趣味も一応あったし、薄い仲の友達は数人いた。勉強はそれなりにできた。最低限は努力したから。
でも、それ以外はすべてゲームに注いでいた。
ある日、友達の一人からこんな事を言われた。
『そんだけやり込めるんだったら、動画にして投稿したらそこそこ行けるんじゃね?』
確かに。そう思った。腕で言えばもっと上手い人はいなくもない。でも、最上位層だ。
今特別やり込んでいるゲーム。それはまだまだ人気とは言え、爆発的に流行った時期はとっくに過ぎていた。そもそも、数年前に発売されたゲームのリマスター版だ。だけど、覆せるかもと思った。
だから、投稿を始めてみたのだ。
結果としてはうまく行った。本当に最初の頃は振るわなかったが、半年くらいで急激に伸び始めた。
「うへへ……」
だらしなく笑う私は、さぬきちゃんにはどう見えているだろうか。
顔やスタイルにはそれなりに自信があるけど、流石に気持ち悪いかな……。
今は女性だから、心もそっちに寄っているかもしれない。なのでそもそも、恋愛対象じゃない可能性もあるかも……。
『直結』が目的なわけじゃないから、それは別にいいんだけど、できることならそういう目で見られたいとは思ってしまう。
半ばネタで言ってる『ガチ恋』ではなく、本気も本気の『ガチ恋』だから。
「……ふふふ」
さぬきちゃんは微笑んでいた。優しい笑顔を浮かべていた。……あー、可愛い。
心を覗いてみたが、優しく淡く輝いていた。
どうしよう、嬉しくてしょうがない。
私の全てを注ぎ込んで作った動画を面白いと言ってくれた。ファンだと言ってくれた。
その上、だらしなく笑った私を見ても、なぜかこんな優しい心になってくれる。
……でも、ここまで考えて思考を打ち切る。
ダイレクトメッセージを送ってきた理由はまだわかっていない。
なぜ?……もしかして、私の声を聞いて女だとわかったから、とか?
流石にそれはないはずだ。テレビ通話を始めた最初の段階で覗いた心の中には、性欲に属するものはあまりなかった。
私の顔を認識した瞬間、結構増えたけど……それでも2秒で元に戻った。
さっきも言った通り、常識人なんだろう。
常識人の仮面を被っているわけではなく、そういう一面をたしかに持っている。
なら、本当にわからない。
コラボのお誘いってことはないだろう。たしかに、コラボしたいと言う願望を概要欄に恋文として書き連ねたが、私と彼女じゃ戦う土俵がそもそも違う。
現実的に考えたらありえない。
本当にわからなくなってしまった。
……聞いてみたい。どのみち、聞かなきゃならないんだ。話し始めるのを待つのではなく、ちゃんと聞いたほうがいいよね?……不快に思われないかな?
「その……あの……どうして私に話しかけてくれたんですか?」
……良かった。不快には思われていない。
「コラボしたいと言ってましたよね?私のほうが先にファンになっていましたからね。そう言われては断ることなんてできませんよ」
まさかの、本当にコラボのお誘いだった。どうしよう、良いのかな?
ブランクがありすぎて再生数が戻るとは思えない、そもそもの再生数も良い時で10万や20万程度である私と、今をときめくカミサマのさぬきちゃん。
きっと、色々言われるんだと思う。昔の私と今のさぬきちゃんですらそうなると思う。
なのに、格差はもっと開いている。
でも、チャンスは無駄にしたくない。
「そ、そういうことなら……お願いしますっ!あと、レインも交換しませんか?あと、リアルでも会えませんか?あと、配信中の感じで返答アンド罵倒してくれませんか?あと……」
……完全にやらかしてしまった。だけど、現実にはそれを自覚する0.1秒前に言葉が遮られた。
「レイン交換もリアルで会うのも問題ありませんよ。ですけど……面と向かって罵倒要求って、まるで変態さんみたいですね♥ぷぷぷ……♥」
やらかしたことを自覚した直後に、ものすごい情報量が脳を蹂躙した。
しあわせすぎてあたまおかしくなりそう。
私は、完全に『わからせ』られてしまったみたいだ。
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