えっ、うちら4期生なんすか?バーチャルダンジョン探索者!モグライブ!~地獄の拷問官とーめんたーず~

海原 阿比介

八津咲ネイルはかく語りき

第1話 魔女

―継承歴977年2月29日 晴れ

アガルタ共和国 ダンジョン探索者協会 ハイデラバード支部にて―


「おい、あの女…」


 女。

 そう女だ。

 ソレが扉を開けて入って来た時、協会のロビーに居た者達は皆、照明の光量が半減したかのような錯覚に陥った。


 人の形に凝った闇、あるいは厚みを帯びた影。

 そんな形容が似付かわしい濃密な陰の気の発生源は、たった一人の黒づくめの女だった。


 歳のころは20代後半と言った所であろうか?

 一見これと言って特徴のない背格好だが、男たちのざわめきに侮りの色は無い。


 ダンジョン探索者などと言う、博打に近い仕事を好き好んで選ぶ者達だ。

 お世辞にも行儀のいい連中ではなく、常人離れした胆力など、この場の誰もが当たり前に備えている。


 にも拘わらず、この場の誰もが皆一様に、その人物を恐れ、抜身の刃物のごとき静かな威圧感に固唾を飲んでいた。


銀爪の魔女アガートラムだ…」


 そう誰かが呟いた。

 銀爪。

 そう、女は厳密には黒づくめではない。

 全身を闇色で覆ったその体に、一点だけ眩い銀色の輝きが浮かび上がっている。


 彼女の左手の五指全てに、指輪と呼ぶにはあまりにも武骨な、総ミスリル作りのアーマーリングが嵌められているのだ。


 古のゴーレムのマニピュレーターを、そのまま分解研磨したと言う、その銀の指鎧の先端は、さながら死神の鎌のように禍々しく歪曲している。


 それは、まさに銀の鉤爪としか形容のしようがない代物だった。


「…通して。」

「ひっ!?は、はいっ!」


 魔力で威圧されたわけではない。

 ただ一言、女が望みを口にするだけで、まるで海が割れるかのように人波が引いて行く。

それこそ、まるで魔法のように。


 世界を統べる9大勢力の一角、西方大陸の大部分と大南洋の島嶼群を主権領域とする、ここアガルタ共和国は、先史時代の遺跡であるダンジョン資源が特に多い地域としても知られている。


 並み居るダンジョン探索者の中でも、アガルタ出身者が未だ一目置かれるのはそのためだ。

そんなダンジョン大国にあってさえ、A級ライセンス保持者は、やはり雲の上の存在だった。


 そして、そんな上澄みであるA級探索者の中でも、こと周囲からの畏怖と言う一点において、この銀爪の魔女の右に出る者は他に居ないだろう。


 割れた海の真ん中を、魔女は悠々と進んでゆく。

 やがて窓口へとたどり着いた魔女は、懐に手をやり、銀の鉤爪に一枚の札を掴んで、職員に突き付けた。


「…8番納品口、整理番号31。」


 慌てて当該コードの納品データを開いた職員の額に、ブワリと脂汗が浮く。

 これほどの素材を、午前中のたった数時間で?

 質量ともに信じがたい成果だ。

 読み上げられた内容の異常さに、再びヒソヒソと声が上がる。


「…査定結果は後日郵送。それと、夕方にまた潜るから、探査用筐体のメンテナンス。」


 それだけ伝えると、魔女はスッと踵を返し、まるで最初から居なかったかのように、何の痕跡も残さず去って行った。


 わずか数分の出来事であったが、この場に居合わせた者達は皆、10年も寿命が縮んだ心地だっただろう。


 銀爪の魔女、ヒカリ・アシヤを目の当たりにするとは、それほどの事なのだ。


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