風呂から空を見上げる

そのホテルには小さな露天風呂がついている部屋があり、空を見上げるとうまくすれば近くの飛行場に帰る旅客機を見ることができる。都会なので星は見えないが場合によっては月の光が少しだけ画角の中に入ることがある。天に開いた広さと向きの関係から月そのものを見ることはギリギリできないのだ。

何度か泊まった。人気の部屋なのでいつもというわけにはいかなかった。そのホテルは予約ができない類のホテルなので計画的に確保しておくというのも難しかった。

そこで彼女と過ごしたのは何度あるだろう。彼女は風呂が好きなようで狭い湯船につかっていつも空を見た。恥ずかしがりでもあるので日が暮れている時を好んだ。それも部屋の明かりを暗くして入った。薄暗い光でも彼女の肌はほんのりと白かった。触るとするっと指が流れた。薄く油をひいたフライパンの上を割り入れた生卵が滑っていくようだった。

彼女は向かい合って座ることもあるしこちら側に座ることもあった。ただどちらにしても足を前に投げ出した行儀の悪い格好で空を見ていた。

冬場は寒いので湯温をできるだけ高くして短い時間にし、内湯に移った。内湯は露天のすぐそばにあるのでそこからも少しは空が見えた。でも空がかろうじて見えるへりは限られていたのでその場所は取り合いになった。まあ大人気ないので僕はいつも彼女にその場所を譲った。今度は縁に両腕を組んでうつ伏せになって顎を乗せて見ていた。その姿勢でしか空は見ることができないので。湯船の反対側からそんな彼女の尻から背中を見ていた。相変わらず光は薄暗く肌はほんのり白かった。そして僕の指は生卵のようだった。

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