薄墨桜

第1話 

 帝国に生まれてくる魔力持ちは、一番多いのが土の魔力持ちで、次に、火、水、風となる。この四大魔力の頂点に君臨しているのが、西都を統べる、火と風の嘉承公爵家と、水と土の瑞祥公爵家で、代々の、特に嘉承家の直系は、人間離れした魔力保有者が多く、当主ともなると、ほとんど魔王と言っていいレベルだ。


 この四大魔力よりも更に稀少な闇と光の魔力を持つのが、曙光しょこう帝国の皇家で、代々の皇帝は、長子がなるのではなく、末の子でも、女性でも、より強力な闇と光の力を持つ者が皇帝になることが慣例になっている。


 そして、その闇と光の魔力よりも少ない、ほとんど存在しない異能が、魔力を喰らう者。私の一族に時々現れる「火伏ひぶせ」。これが私の魔力だった。




「それで、今年の新入部員の勧誘なんですけれど、皆様もご存知の通り、部長がご病気で、予定していたお茶会の準備が遅れていまして・・・ちょっと、薫さん、ちゃんと聞いていらっしゃるの?」


 同級生の東久迩響子ひがしくにきょうこの鋭い視線が飛んできた。こいつは、視線に魔力を乗せて威圧してくるたちの悪い女だ。魔力は土。保有量はそれほど多くないが、年齢の割に制御力に長けているだけに、周りに気付かれないほどの最小限の魔力で、手の込んだ嫌がらせをしてくる。


 手の中で、鎌首を持ち上げて威嚇している小さな蛇を視て溜息が出た。周りを驚かせないために、制服のブレザーのポケットに押し込むと、土の魔力で練られた蛇が、ガシガシと私の手を噛んだ。地味に痛い。あの瞬間で、これを作るか。つくづく恐ろしい女だな。


「ええ、聞いておりますよ。ただ、あまりに春風が気持ちが良いので、新入部員の勧誘には、教室での茶席ではなく、野点のだてはどうかと考えていたんです」


 本当は、全く何も考えていなかったが、口から出た適当なごまかしに、周りにいた後輩の三人が、無邪気に同意して、話を膨らませてくれた。


「野点は良い考えだと思います。教室の中よりも、広く場所を取れますから」

「それに、参加していない人の目にも触れるので、茶道部の良いアピールにもなりますよね」

「気軽に参加してくださいって、声をかけやすいです」


 四月は、どこのクラブも、新入部員の勧誘に燃える時期だ。私の通う西都公達学園の文化部は、中等科と高等科が合同でクラブ活動をして、その予算は、当然のことながら部員の数に比例する。私の所属する茶道部は、公家の子女の多い西都公達学園では、華道部と並んで人気がない。公家の姫達には、祖母や母など身近に心得のある家族や親族がいて、小さい頃から教養として習っているため、今さら、というわけだ。


 そんなことで、私の学年、高等科二年の茶道部部員は、私と蛇女の二人だ。


 三年生は、ずっと病欠が続いている部長一人だけで、一年生は三人。高等科はかろうじて六人だが、中等科は、幽霊部員が二人だけ。あわせても二桁にならないため、今年の一学期の終わりまでに、部員が十人を越えないと、廃部が決定してしまう。


「いざとなったら、稲荷屋のお菓子を並べるというのはどうでしょうか」


 稲荷屋は、帝国一の菓子屋で、ここ西都では、公家の間で、季節の折々に歌や庭の花等と一緒に贈り合うのが、四百年ほど続いている慣例だ。


「瑞祥先輩に、後輩の指導という名のもとにお出まし頂くのが一番ではないでしょうか」


 一年生達の提案に、東久迩響子が考え込んだ。瑞祥先輩というのは、かの瑞祥公爵家の嫡男で、私達が中等科にいる頃に、茶道部の部長を務めていた、いかにもお公家の公達といった優美な先輩だ。瑞祥先輩が学園にいた頃は、学園の中でも、茶道部が最大の部員数を誇っていたが、先輩が卒業した途端に、部員数が三桁から激減し、今の一桁という状態に陥った。


「盛者必衰の理ってやつですね。いや、あまりにも厳しい現実です。でも、瑞祥先輩なら、お願いすれば、喜んで来て下さいそうですけどね」


私が、まだ考え込んでいる響子に話を向けると、響子が困ったように私達の顔を見た。


「そうでしょうけど、こんな情けない有様をお見せすると、あの方、絶対に泣きますわよ」


 ・・・。


 東久迩響子の言葉に、茶室に沈黙が訪れ、鹿威ししおどしがカクゥォーンヌゥと、トボけた音を立てた。


 この茶室は、先輩の美貌に、羽虫のように群がっていた部員たちの数にものを言わせて、学園からもぎ取った予算で新築された。出来上がってから、まだ三年も経っていないうえ、部員減少とともに、控えめな活動を続けてきたこともあり、柱も畳も、全てが新品のようだ。ただ、あの鹿威しは頂けない。何で、あんな気が抜けるような間抜けた音なのか。特注品というわけでもなく、一般的なものをしつらえてもらったはずが、毎回、茶席が我慢大会になるくらいに、変な音を出す。


「一年生の皆さんの提案は、どれも良いですけど、本当に茶道をしたくて入部する方ではなくて、不純な動機の方を集めてしまいそうですわね。そうなると、元の木阿弥ということにもなりかねませんし。とりあえずは、予定通り、自力で、部員を勧誘いたしましょう。とは言え、皆さんの不安は、分かりますわ。ですから、それでも、部員数が十名を越えない時は、なりふりかまわず、稲荷屋の菓子で釣る。それがダメなら、瑞祥先輩に泣きつく。この三段階で進めるということで如何かしら」


「賛成!」


 一年の三人娘が、一斉に手を上げた。彼女たちは、公家の姫ではなく、一般家庭の子女で、いつ元気でにぎやかで、厄介なことに、東久迩響子の崇拝者だ。響子の旧宮家の独特なお姫様ぶりに心酔しているらしい。


「じゃあ、新入部員の勧誘のお話は、この辺りにして、そろそろお茶のお稽古を始めましょうか。薫さん、よろしくお願いしますわ」


 響子に言われて、当番のを用意することにする。炉には、冬用と夏用があって、春めいてきたとはいえ、四月までは冬用の炉が使われ、茶席に参加する客も炉を囲うように座る。響子が後輩達と楽しそうに選んでいる茶碗にも、もちろん冬向きと夏向きがある。春の桜などの絵柄はもちろん、冬向きと夏向きの茶碗の形というものがあって、冬は、ぼてっとしたフォルムの厚めの茶碗、夏向きは、すっきりとした形の薄めの茶碗を使う。そんな季節や行事に合わせて細かいところにまで気遣う、風雅なもてなしと美意識が、時代とともに洗練されていったものが曙光帝国の現代の茶道だ。


 五徳ごとくや練り香の準備も終えて、待っていると、ふすまの後ろが少し騒がしくなった。何かと思い、耳をそばだてる。


「部長、大丈夫ですか。無理はなさらないでくださいね」


 響子の声が聞こえたかと思うと、すっと襖が音もたてずにスライドし、その後ろにこの一ヶ月全く姿を見せなかった部長の桜田美和子さくらだみわこが立っていた。


「無作法なことでごめんなさいね。躙口にじりぐちから上がる体力がなくて。薫さんの立てるお茶を頂いたら、すっきりするのではないかと思って、頑張って来たのだけれど、眩暈がしてしまったの。我ながら、酷い姿よね」


 危うく同意しそうになった言葉を、すんでのところで飲み込んで、美和子に茶室に入るように促した。確かに、酷いな。ぽっちゃりとした、陽だまりのような明るい笑顔の人だったのが、この一ヶ月で、酷いやつれようだ。制服のブレザーから見える手首は、折れそうなほどに細くなっているのが視えた。


 視たくもないが、視えるものは仕方がない。


 美和子の後ろには、やっぱり憑いていた。あれは、生霊か。死霊の方が得意なんだが、まぁ、あの程度なら、父に頼まなくとも、自分で祓えるだろう。


「東久迩の大姫、掛け軸に、薬用サルビアの描かれた、ちょっと変わったものがありましたね。今日は、あれを床の間に飾りたいのですが、どうでしょう。、倉庫に取りに行ってもらえませんか」

「ええ、もちろん。三人を連れて行きますね。炉の方は大丈夫ですの?お手伝いが必要ですか」


 東久迩響子は、質が悪いが、子供の頃から家柄と察しだけは良い。薬用サルビアで気がついてくれたようだ。凶暴な性格と、あの奇行がなければ、学園でもモテる女子の上位に君臨できたはずなのに。


「いえ、大丈夫です。私だけで事足りますので、ご心配なく」


 そう言うと、直ぐに響子が三人娘を引き連れて、茶室を出たのが分かった。よし。


「先輩、今日は寒いですから、どうぞ、炉の近くにお座りください」


 今日は、朝から天気も良く、全く寒くはないが、後ろのやつに気取られて逃げられるわけにはいかない。それに、美和子が到着してから、茶室の中の空気が下がり、じっとりとした重たい空気が流れているように感じる。平然を装い、茶室の奥に招こうとすると、先輩の顔色が更に悪くなっているようだった。


「ごめんなさいね、薫さん、私、ちょっと気分が・・・」


 大丈夫。本当に気分が悪くなっているのは先輩ではなくて、後ろのやつですよ。


 薬用サルビアは、セージという名のほうで、よく知られている。物や場所についた邪気を払ってくれる浄化のハーブだ。炉の中の五徳の横に置かれた練り香の中にも使われていて、今、その柔らかな優しい香りが、調香した本人の魔力のように、静かに流れている。西都の名門、三条侯爵家の二の姫は、まだ学生ながら、西都では人気の調香師で、水の魔力持ちの彼女の作った香には、独特の浄化作用があることで知られている。


 息が荒くなった先輩を心配しているふりをして、一気に間合いを詰め、後ろにいた生霊を数珠で縛り上げた。が、瞬間、顔を背けたくなるほどの生臭い空気が鼻腔を襲い、思わず仰け反り、手が緩んでしまった。瞬間、何かが数珠の輪から、かき消えた。


 ぎいいいいいいいいいっ。


 獣が怒りまくったような咆哮が茶室にぶつけられ、すぐに禍々しい気配が遠ざかっていくように感じた。美和子先輩は気絶して畳の上で倒れていたが、息は落ち着いていたので、最悪の事態は回避したものの、逃げられたのはまずいな。絶対に、響子にめちゃくちゃ怒られる。


そこらの生霊より質の悪い響子に長い説教をくらうことになる私を馬鹿にしたように、茶室の庭の鹿威しが、カクゥォーンヌゥと、トボけた音を立てた。

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