第2話 魔女様と凸凹鬼夫婦

「ルゥ、肉の準備はできたぞ」

「ありがと! ……うん、こっちも問題ないみたい。お肉をいれたらこのハーブも一緒にいれて……」

「ルゥの手料理! ルゥの手料理! よっしゃあ!!」


 万歳。金より尊いものの誕生。この世の錬金術がひれ伏す。

 クレトが狩った肉を捌いている間に、てきぱき調理の用意をするルゥ。あんなにも尊い生命体なのに料理もできるなんて、もはや万能の天才と言っても過言ではない。

 ここにルゥを称える宮殿を建てよう。


「じゃ、いただきまーす!」


 笑顔でぱくぱく食べるルゥ。思わず溢れてくる涙を拭う。こんなにも美しい光景がこの世にあるだろうか?

 あの輝くスマイル。教会で大切に育てられてきた彼が、今まで食べてきたものに比べたら美味しくないはずなのに。

 スープの湯気に虹がかかって見える。もしくはキラメキが映って見える。ルゥが輝いてる。

 ここにルゥを称える宗教を興そう。


「尊い……あの笑顔あるじゃないですか、あれ、明るい雰囲気を作ろうとする仲間への気遣い、それもあるんですが、ルゥは本当に美味しいと思って食べてるんですよね。彼はそういうことが出来る人なんですよ。すごいから。美味しいって、幸せだって、そう思いながら笑顔でもぐもぐ食べて……ウウッ……グスッ……」


「うーん、もう一味あってもいいね」

「さっき採った果実いれてみるか?」

「いいね。少し皮を削っていれたら……あれ、ナイフがない。さっき蔦を切った時かな。僕ちょっと行ってくるね!」

「おう」


 ルゥがぱたぱた走り去っていく。追いかけたいところだけど……。


「クレト」


 呼ぶと、彼はびくっと肩を跳ねさせて、溜息をついた。


「またお前か……。どうせこれだろ?」

「分かってるなあ。じゃあ貰っていくから」


 言って、私はぱっと自分用のお椀を取り出し、遠慮がちにスープを注いだ。

 ルゥの手料理を手に入れたぞ!!!!


「それ絶対足りないだろ!」

「食べるものじゃないし……」

「何に使うんだよ」

「これは保存用」

「食えよ」


 げんなりした顔をされ、私は器のなかをじっと見た。

 味を確かめたい。当然だ。でもそれだと、保存用がなくなる。

 さすがに二杯もスープを頂くなんてできない……。だってルゥが折角つくったものだし、彼が健やかに生きるための栄養になるものだし……。

 しかし栄養ってすごい。ルゥの命の礎になれるんだもんな。私も栄養になりたいが、私は死なないから生まれ変わりとか無理なんだよなー、残念。

 とにかく大地に感謝。自然の恵みよ永遠たれ。


「今回の用はそれだけか?」

「違うわ。あなた達に、しばらく此処にいてほしいの。またいつもどおり、私が適当に片付けておくから。分かったわね?」

「まあ、楽できるから何でもいいが……。しばらくって?」

「木々のざわめきが止むまで。後は任せるわ」


 私が笑って姿を消してすぐ。ルゥが「ただいまー」とのんびりした声で帰ってくる。

「おかえり!!!!」

 って抱きしめて迎えたいなーなんて思いつつ、私はその場を後にする。




 悪の気配を辿ってみれば、ぬいぐるみみたいにころっとしたフォルムの小鬼が、角の生えたやたら背の高い美女とキャッキャしていた。

 月とスッポン、いや魔女と使い魔という風体だが、どうやらそういう関係でもないらしい。


「アイツラガ来タラ、背後カラ殴ッテ気絶サセルゼ!」

「ええ、分かったわ。見て、木の棒を準備したの。これで彼らの頭を狙うわ!」

「ナンテ天才! サスガダ!」


 のどかささえ感じるような会話。……どうやらこの二人は、色々と同程度らしい。対等に仲良く喋る光景は、微笑ましくすら思えるのだけれど。


「オイラ人間ノ肉、初メテダ!」

「私もよ! 美味しいのかしら?」

「不味イト思ウ! 臭ソウ! 食イタクナイ! デモ頑張ロウナ!」

「もちろん!」


 許せねえ……!!!!


 だけどこの前はちょっと大胆に行動し過ぎたし、今回は未遂だから、落ち着いて、平和的に済ませよう。

「暴力はよくない」―― 私の心の『ルゥ名言録』(自作)にもそう記されている。


 食事中のルゥだけは絶対に邪魔しないように、力を調整する。

 森に潜む影が伸びあがり、小鬼達の周囲を覆う。太陽が翳る演出とともに風を吹かせて、彼らの足元の落ち葉を不吉に舞い上がらせた。

 怯える二人に、私は隠れたまま咳払いをし、雷の如く荒々しい声を、堂々と響かせた。


『聞け!! 我は魔女グラニア! 偉大なる魔女、万魔の主、世の影に名を響かせし者!』

「ヒエーッ魔女サマーッ」


 怯えているのは分かるが、なんか鼻につくな、この小鬼。


『人間に手を出すな……。剣士は光の力の持ち主。我が魔力の礎とするが故、傷一つ付けてはならぬ! 五体満足のまま我が元へ導き、我が生贄とするのだ』

「じゃっ、じゃあ捕まえて魔女様に献上を、」

『手を出すなっつってんだろうが潰すぞ……』

「ヒエーッ」


 手を握りあった小鬼と女が震えた。しまったやり過ぎた。


「で、では案内役らしき銀髪は?」

『そいつは食ってもいい……』

「ヤッターッ! 助カッター!」

『いややっぱ駄目だ……』

「ヤダー! ナンデー!?」

『今の言動が鼻についた……』

「ヒエーッ」


 なんかイラッとするんだよな、こいつ……。

 ルゥには手を出させたくないけど、クレトなら許す。アイツならこの程度は余裕で処理するだろうし。……もちろんクレトの死は絶対駄目。ルゥが悲しむから。ルゥの悲しみなんてこの世の終わりだよ。

 悲鳴をあげて青ざめる小鬼の小さな体を、美女が庇うように抱き締めた。


「おやめください魔女様! 旦那は、」

『旦那ぁ!?』

「は、はい。彼は私の夫です」

『気になるからもっと詳しく頼む』

「え? あ、はい」


 月とスッポンじゃなくて美女と野獣だった。

 この憂いを帯びた感じのほっそり女と、小さなまんまるマスコットが夫婦? まさか過ぎる。これが気にならない人間はいない。私人間じゃなくて概念みたいなもんだけど。


「……彼は私の夫です。彼が肉を求めるのは私のお腹にいる赤ちゃんのため。ただ自分の好きなものだから、見境無く集めているわけではないのです……」

「嫁サン、スグ吐クカラ、イツモノ倍クライ肉ガ必要ダト思ッテ。人間ッテ、動物ノ中ダト大キ方ダシ……」

『悪阻の嫁に無理をさせるな……。肉以外を食わせればいいだろう』

「魔女様、ツワリとは?」

『クソか? 今から我が教えてやるから、とりあえずメモの準備をしろ。そしてあの人間達に近寄るな』

「オイラ達、字ナンテ書ケネェンダ!」

『クソが……』

「二人で精一杯覚えます、魔女様! お願いします!!」

「オ願イシマス!!」


 二人揃って、手をついて頭を下げる。土下座だ。一体どこでそんなもん知ったのか……。

 お産ってかなり生死に近いところにあるものだから、私にもある程度の知識はある。しょうがない。

 私は大きな溜息を吐いた。



 姿を隠したまま、二人に講義を初めてどれくらい経っただろう。小鬼は気づけば眠っていて、嫁はそれに膝枕をしながら、真剣に私の声を聴いている。

 土下座までしたくせに寝こけている鬼に、私は心底呆れた。


「そんな駄目鬼のどこがよかったんだ? 力もなさそうだし」

「……優しくて、純粋な人です。種族柄、学ぶことが苦手なはずなのに、私と話すために、私の言葉を覚えてくれました」


 小鬼は嫁の言葉を話しているらしかった。私は全生命体に対して通訳要らずなので、その苦労は分からない。でも大変なことなのだろう。たぶん。

 聞くと、二人が出会ったのは、彼女が所属していたオーガの群れから追い出されてすぐだったという。


「オーガ?」


 オーガというのは、雌雄問わず巌のような筋肉で戦う鬼だ。粗暴だが、誇り高く気高い。

……目の前のほっそりした女は、2メートルは悠に超える身長と、頭の角がそれっぽいかな? という程度だ。


「はい。見てのとおり、私は貧弱で気も弱く、オーガには相応しくない存在でした。そのため私は、姉と一騎打ちをしなくてはなりませんでした。貧相な私が、美しくたくましい姉に勝てるはずもなく……。敗北した私は、そのまま群れから追い出されてしまったのです」


 姉に負け、群れを追い出され、ボロボロになって途方にくれていたところ、彼女はこの小鬼と出会った。言葉は通じなかったが、小鬼とその一族は、行き場のない彼女に非常に親切にしてくれたのだという。


「彼は一生懸命、私の言葉を学んでくれて……そして気付いたら私は、優しい彼のことが好きになっていました」


 女は寝息を立てる小鬼の頭を撫でながら、慈しむような微笑を浮かべる。


「……魔女様? どうかしましたか?」

「種族も、立場も、容貌も――何もかもが異なるのに、なぜ結ばれようと考えた。なぜ結ばれると、うまくいくなどと思った?」

「分かりません。だって私、彼を好きになってしまったんです」


 曖昧な、理屈なんてない感情だけの言葉なのに。

 不思議と今までで一番、力強く聞こえた。


「気付いたら、好きになっていたんです。だから結ばれたいと思いましたし、うまくいったらいいなと思いました。そして、願いが叶った……それだけです」

「それでも同族である方が、よほど楽だっただろうに」


 別の種族と番になるなんて、どう考えても面倒臭い。相手がすっごい強いとか賢いとか資産持ちとかなら分かるが。でも、この膝枕でごろんと寝返りを打った小鬼は、どう見てもそうじゃないのに。


「種族や、立場の話じゃないんです。私は彼を好きになって、彼も私を好きになってくれた。それだけなんです」

「……そうか」


 私は空を仰いだ。よく分からなかった。

 とにかく、もう教えることは全て教えた。これ以上、ここにいる必要はない。


「魔女様?」

「これ以上、私から教えることはない。……いいか、決してあの人間には手を出すなよ」

「お待ちください! まだお礼も何も――」


 遮るように、森の囁きを消した。耳の痛むほどの静寂。木々のざわめきも収まり、やがてルゥとクレトも先へと進み始めるだろう。

 宙に上がった私の眼下では、オーガの女が慌てて旦那を揺り起こしていた。……彼らはこれからもああやって、二人寄り添って仲良くやっていくのだろう。

 一人で動く、私とは違う。

 なんとなく小さな溜息を吐いた。


「魔女様アリガトーーー!!!」

「ありがとうございましたーーー!!!」

「!?」


 吃驚して振り返ると、オーガの女はぺこぺこ頭を下げているし、小鬼の方はぴょんぴょんしながらあちこちに手を振っている。そんなことをしているから躓いて転んで、慌てて妻に支えられて……。


「……全く」


 なんだかルゥに会いたくなった。今日あったこと、全部話したくなった。笑ってほしい、褒めてほしい。

(だけど我慢……)

 遠くからでも分かるくらい輝いている(ように見える)ルゥの背中。彼を守るのが、今の私の使命だ。

 どこからか湧いてきた元気を胸に、私はまた一人、ルゥの背中を追いかけるのだった。

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