第9話 女子寮

 何もしないわけにもいかなかった。


 ジャーンドルを止められないのは、元を正せばイレーンの魔力暴走が原因だ。イレーンが魔術の練習を繰り返す過程で魔力の扱いを覚えれば、魔力暴走は起こらなくなる。そうすれば俺は自由の身だ。全力を発揮できれば、若き天才と言われたジャーンドルだって力づくで止められる。


「てわけで上手くなってくれよ、魔術」


 椅子に座って本を読んでいるイレーンに話しかける。多分その声よりも多く聞いている溜息を吐き、イレーンは本を閉じて俺に向き直った。


「ここ、女子寮なんだけど?」


「入ってないだろ」


 俺は窓枠に足をかけ、蜘蛛が外壁に張り付くような感じでイレーンの部屋を覗いている。少なくとも、女子寮には一歩たりとも足を踏み入れていない。


「それが通用すると思って?」


「為せば成るってな」


「それ成らない時に出てくる言葉なんだけど……」


「まあまあ、見られて困るものもないだろ?」


 ほとんど帰ってない俺の寮の部屋と同じで、イレーンの部屋には最初から備え付けられた家具以外には物がない。至って質素だ。


「そんなことより魔術だ魔術。俺が教えるから練習するぞ」


「それはしない」

 イレーンは机に向き直り、読書を再開する

「魔術なんて使うつもりはないから早く帰って。見つかると私まで文句言われるんだから」


 こいつ、まさか自分の置かれた状況を理解していないのか。


「死ぬぞ、自分の魔力で」


「知ってる。で?」


「で、って……」

 あまりにも自然に返されて俺の方がちょっと狼狽えてしまった。

「そう遠くない内に、俺ですらお前の魔力暴走を抑えられなくなる。そうなったら終わりだ。辺り一帯全部吹き飛ばして、とんでもない数の死人が出るぞ」


「でしょうね。でも大丈夫よ。暴走を起こす前に、誰かが私を殺すから」


 俺の聞き間違えだろうか。


「……正気か?」


「錯乱しているように見えて?」


 会ってからずっとイレーンに溜息を吐かれているけど、今度は俺が溜息を吐きたい気分だった。自分の置かれた状況を分かっていて、それでも魔術の練習を拒否するのか。


「……それでいいのか?」


「私は今まで魔力暴走で大勢の人を殺してきた。今生きているのはたまたま王の娘だったから。それ以外の立場なら大昔に殺されていた。本当ならもっと早く殺すべきだったのよ」


 理解できなくて俺の方が混乱してきた。


「……だからそうならないように練習しろって言ってるんだけど」


「人殺しの力なんて使いたくない。そんなものを使うぐらいなら、私は今ここで死ぬ」


 イレーンの横顔は、極めて冷静だ。というか普段通りだ。まるで毎朝会う赤の他人と挨拶でもしているように、正や負の感情が籠っていない。


 説得の取っ掛かりがなかった。ジャーンドルは目的と感情がはっきりしているから説得の希望を持てるけど、その両方がないイレーンをどうやって説得する。


 少なくとも俺には無理だ。何か言おうとして口を開けるだけで、結局何も言えずに黙り込んでしまった。


「そういえば、貴方に呼び出しよ」


「……誰から、というか何でお前越しに?」


「あなたが学院にいないからでしょう。学院長室に来るように、だそうよ」


 このまま粘ってもイレーンに魔術を使わせる手立てはない。一時撤退だな。


「りょーかい」


 俺は窓枠から飛び降りた。適当に歩いていると講師の一人に見つかり、迷子になった子供のように学院長室に連れて行かれた。

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