第16話 閑話:観測ステーションの思い出①

 観測ステーションの一日は、直下の惑星の自転速度と一致になる。今回の場合、ほぼ24時間だ。

 今回のプロジェクトは待機時間がやたら長い。そうなると、ほぼ非番のようで、暇を持て余す。

 ディム・トゥーラは、何をして時間をすごそうかと悩んだ。新しい論文はほとんど読んでしまったし、特に興味深い内容はなかった。

「ディム!ディム・トゥーラ!」

 ディム・トゥーラは廊下で呼び止められた。

「頼む、ちょっと来てくれ」

 ドアから上半身だけ乗り出して、手招きをしているのは、レオン・フレムだった。

 ディムは眉をひそめた。植物研究は彼の専門外で役に立てることなど一つもない。

 少し嫌な予感がした。


「なんだ、これは⁉︎」

 調光ドームは、植物研究員達のテリトリーだ。様々な植物が研究のために管理されている簡易の植物園みたいなものだった。

 そのエリアのど真ん中に、見覚えのない木が一本生えていた。かなりの大きさだ。その周辺には、枯葉がすごい厚さで降り積もっている。

「こんな木、あったか?」

「それなんだけど……」

 枯葉の中に金髪の青年が意識のないまま埋もれている。

「⁈」

 カイル・リードだった。


「何をやってんだ⁈」

「えっと、絶滅した貴重種を発芽できないか実験してた。その――同調能力で」

「同調能力者は取扱い注意だと、あれほど言っただろう。なぜ止めなかった⁈」

「途中でヤバいから止めようとして、精神感応者テレパシストを慌てて呼んだけど」

 レオンは周辺で昏倒している研究員達を示す。

「みんな、カイルに弾かれちゃって、この有様だ。いや、まいったまいった。ディムじゃないと、ダメだとカイルには言われてたんだけどさ、まさかここまでとは――」

「――っ!」

 研究馬鹿達に反省の色は見られない。

 ディム・トゥーラは問題の木を見た。ありえない急成長をしていた。緑の葉を生み出し、茂り、枯れて葉を落とす。わずか数分でその過程を終えるのだ。

 この異常成長の原因は、同調による成長細胞の活性化か。

 どこまで規格外なんだ、こいつは――っ!!

「……書け」

「え?」

「……かかわった全員、始末書を書け。それがそろってから、カイルを起こしてやる」

「ええ――っ」

 不満の抗議の声が周辺から出る。始末書は次回の予算配分に関係する事案だった。

「来季の予算が減るじゃないかっ!」

「減るかもしれないな」

「死活問題だ。勘弁してくれよぉ」

「自業自得だな。調光ドームが枯葉で埋まり切る前に判断した方がいいぞ。こいつは規格外だからな。このままだと、この樹木の急成長は絶対に止まらない。俺は調光ドームを大木が突き破って、大損害を被っても、無関係だからかまわない」

 不吉な予言をディム・トゥーラはした。


 ディム・トゥーラは集まった始末書を、所長のエド・ロウに転送した。

「で、どうしたらいい?」

「適当な容器に水20リットル」

 昏倒している精神感応者テレパシスト達はシルビア・ラリムの元に搬送した。彼女も慣れているから、処置をしてくれるはずだった。

 ディムは意識がなく横たわっているカイルの額に指で触れた。彼に薄く周囲から遮断するための遮蔽しゃへいをかける。

 ――一重、二重、三重……

 七回目の遮蔽で軽い手答えがあった。

 一気に思念をたたきつける。

『この大馬鹿者!中央セントラルに強制送還されたいか?』

 カイルの身体が軽く痙攣した。

 ディムは立ち上がると、周囲がとめるより早くカイルの脳天に水をぶちまけた。


「……」

 目覚めたら、ずぶ濡れだった。

 カイル・リードは辺りを見回して、誰の行為か納得した。

「……最近、起こし方が雑になってない?」

「気のせいだ」

「ずぶ濡れなんだけど……」

「水をかけたからな」

「……冷たい」

「水をかけたと言っただろう」

「いや、ディムの態度が」

「どこにどう穏やかにできる要素があると?自分が何をやったかわかっているか?」

「植物との同調シンクロだったかなあ?絶滅した貴重種での発芽実験だったはずだけど」

 ディムは、くいっとあごで木を示す。

「おおっ」

「おお、じゃないっっ!」

 ディム・トゥーラは持っていた端末でカイルを殴った。

「植物に同調シンクロするって、馬鹿か?戻れなかったらどうする気だっ!」

「まあ、ここならディムがいるし、一応万が一の時のために指名をしておいたよ」

 殴られた頭を押さえながらカイルが言う。こちらも反省の色が見られない。

「毎回毎回、呼び出しやがって……」

「何事もチャレンジらしい。挑戦を諦めたら退化するんだって」

「研究員の口車に乗せられて実験体になるなっ!お前に学習能力はないのかっ!」

「でも――ほら、咲くよ?」

 薄いピンクの花びらがおちてきた。見上げると裸状態の枝先に多数の蕾がついている。蕾はやがて開き始め、木はピンクの小さな花で満開になった。満開になった花がゆっくりと散り始める。

 それはディム・トゥーラでさえ怒りを忘れる幻想的な光景だった。


「なるほど、それでこの始末書の山か」

 責任者であるエド・ロウは笑いを噛み殺している。逆に同席している金髪の少女は笑い転げている。イーレは13、4歳の子供の姿をしているが、実年齢は今回の参加者達の中で最古参に近い。

「あはははは、これ観測ステーションの始末書枚数の最高記録を絶対書き換えてるわよ」

 赤い瞳は笑いすぎて涙目だった。

「着任以来、確実に始末書の数は上乗せされているからなあ。いっそ中央セントラルのワースト記録まで狙ってみるか?」

「でも理由の方が斬新なのよ?そっちでも注目を集めたいわね。絶滅種の発芽実験成功、精神感応者テレパシスト多数昏倒、枯葉廃棄物大量発生、プラント用肥料半量消費。あ、やばい、地上に降下してないのに半量も消費していたら、確かに始末書は必要ねぇ」

「確かに始末書をかかせたのは英断だよ、ディム・トゥーラ。この間の始末書理由はなんだったかな?」

「ペットが迷子になったという理由で、カイル・リードが同調能力で所在を探し当て、その場所が、ステーションの閉鎖エリアだったから、迎えにいった飼い主も迷子になって遭難しかけたって案件です」

「ああ、それそれ、なんで始末書に発展したんだっけ」

「カイルが救出隊に参加して、飼主の研究員、ペットともに保護したあと、カイルが問題のペットをつれて住居エリアを闊歩して騒動パニックが起きました」

「へぇ?」

巨大蛇オオアナコンダと住居エリアで遭遇したくないですよねぇ?」

 二人は大爆笑をした。

「本当に今回のプロジェクトは退屈しないわ。もう、最高。いつもこういうプロジェクトだったらほいほい参加しちゃう」

「イーレ、毎回、後始末をする身になってください。俺はもう中央セントラルに帰りたいです。異動願いを出していいですかね?」

「まあまあ、メイン・プロジェクトが遅延していて、暇を持て余しているから仕方ない。大目に見てやってくれ」

「この始末書の山でも?」

「この始末書の山でも、だ。いいじゃないか、君の評価はあがり、所長である私の評価が下がるだけだから」

「……それ、いいんですかね?」

「私はかまわないよ」

 にっこりとエド・ロウは笑った。

「次の楽しい報告を待っているよ」


――何か間違っている、とディム・トゥーラは思った。

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