15

 世界が、漆黒に染まった。

 怪域特有の赤黒い空だけは依然としてそのままではあるものの、建材表面が臓器状態になっていた校舎も、魔法術式の応酬で抉れた校庭も。

 構成する物質が、黒光りする鋼鉄へと『置き換え』られた。


「がっ……ば……!?」


 俺の眼前で緑樹の槍を振りかぶっていた魔法少女が、小さな唇から大量に吐血する。表情には苦悶と、自身の肉体に何が起きたのか把握できない驚愕が刻まれている。

 彼女の土手っ腹や背中、有り体に言えば身体中を、チタン合金製の長槍が貫いていた。腹の傷口からは腸がまろび出ている。


 俺の視線と思考に術式が反応、不可視に近いアラミド繊維が魔法少女の周囲に幾何学模様状に展開、四肢を細切れに切り飛ばす。更にバスケットボール大のチタン合金の砲弾が一瞬で形成、残る胴体を吹き飛ばした。砲弾は魔法少女を巻き込んで飛翔、校舎壁面を大きく抉りながら着弾。漆黒の粉塵が舞い散る。


 抉られた左手脚の傷口を即席の金属繊維で覆い、俺は右脚だけで無理矢理跳ねる様に立ち上がる。まだ傷表面を塞いだだけで神経縫合が済んでいない為動かないが、失血死する心配は無くなった。

 それでも手脚のダメージは深刻で、更に演算の過負荷で脳神経がキリキリ痛む。この術式も、それ程長くは保たないだろう。明確な殺意と害意で魔法少女からこれ以上情報を引き出す事は難しいと言うことを差し引いても、短期決戦で臨む必要がある。


「相変わらず……反則染みた魔法だな」


 魔法少女を吹き飛ばしたことで、緑樹の瀑布から解放されたウィルヘルムが苦笑しながら俺の右側に並び立った。恒常術式による身体保護を貫通されたらしく、両腕前腕部から出血している。


「『展開した空間内の物質の組成に視線と思考だけで干渉する術式』……単純ながら、イカれてますね」


 俺の左側に花乃が並ぶ。コイツの常識外れの身体保護は貫かれなかったらしく、目立った外傷はない。しかし、地面に叩きつけられた際に強打したらしく、苦々しい顔で腰を摩っている。ババアかよ。


 俺が発動したレベル7魔法術式【鋼帝黒城煉鉄領界】は、花乃が言った通り『思考と視線だけで物質の組成に干渉することが出来る空間を展開させる』術式だ。

 先程の魔法少女への攻撃も、この術式に依るもの。思考と視線だけで済んでしまう以上、どれだけ奴らの演算が高速であろうが、今は俺の方が速い。

 つまりこの空間内に於いて、俺は魔法を使う為に演算と弾丸と魔素を消費する事がなくなる、と言うわけだ。

 しかし、術式の維持自体に魔素をド偉い量持っていかれる。しかもこの術式、無際限に広がり続ける性質を持っていて、無論維持するべき空間が大きくなればなるほど消費量も増えていく。放っておけば一瞬で俺の体に貯蔵している魔素が食われてしまう。


 本来であれば術式に限定結界の展開も組み込んだ上で演算する必要があり、更に燃費は落ちる。だが今回は、高校敷地内のみという極めて狭小な怪域が功を奏した。

 怪域発生時には、内部に充満した魔素を外部に逃がさないよう結界が展開される。『怪域内部の魔素』を『外部に漏らさない』為の結界だ。そこに魔法少女と魔砲使いの区別は無く、両者に等しく適用される。

 要するに俺にとっては、手間が省けて省エネが出来た訳だ。今回限りではあるだろうが、魔法少女に対してこの【鋼帝黒城煉鉄領界】が完全なメタになった。


「とは言え、だ。この術式は保っても五分、俺は左手脚が碌に動かせない。基地に戻ったら、導電性高分子で代替強化筋肉を生成する術式の特訓だな」


 俺は左脚を引き摺りながら、半壊状態に陥った漆黒の校舎へと歩き出す。追従しようとする背後の二人を、片手を挙げて制止する。


「ここまでの数合で、奴の性質はわかった。『ただの子供』だよ。きっと肉体再生後、ブチ切れて俺に向かってくる。そこを俺も固定砲台として全力で叩く。巻き込まない自信は無えから、二人は離れたところから援護頼む」


「でも……」


 何か言いたげに食い下がる花乃を、ウィルヘルムが肩を掴んで制止、首を左右に振った。自分たちを巻き込まない様に気に掛ければ俺の魔法出力が落ち、殺されると判断してくれたんだろう。冷徹かつ合理的な奴で助かる。もしも俺が押し負けた時、削れた魔法少女を自分たちのレベル7で倒し切る、というところまで算段に入れてくれているとなお嬉しいんだけども。


 俺は校舎の着弾地点を見上げて、聞こえるわけがないと悟りながらも自分自身に言い聞かせる様に言葉を吐き出す。


「あんたは何も悪くない。悪いのは魔法少女病だ。でもさ、放っておくとあんたは外の人間殺すだろ? そうはさせられない。だから——今からぶち殺す」


 己への言い訳と宣誓は済んだ。


 視線と思考で組成に干渉。俺の前方の地面から、八メートル超のタングステンの巨腕が二対出現する。

 それはしなる様に振りかぶられ、空気を噛みちぎりながら疾走、二対四本の巨人のかいなが校舎に着弾。轟音と共に崩壊が加速し、黒の建造物が粉々に粉砕されていく。


 終わりにしようぜ。

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