第20話 二人の変化

 それからニアちゃんは丸々二日ほど寝込んだ。

 ツバメ曰く、制御装置で色々されたことと祖父を失った精神的な負荷が重なったため、自動人形の身体がを実行しているのだろうとのことだった。


 じいさんに任されたわけだし、ニアちゃんが成人するまでは俺が保護者代わりだ。

 心配だったのもあって何度か様子を見に行こうとしたのだが。


「申し訳ありません。急にドアの調子が悪くなりました」

「嘘すぎるだろ。今ツバメが出てきたとこじゃん」


 スワローテイル号がそんなベタな故障するとは思えないし、何よりもツバメがそれを放っておくわけがない。


「ニア嬢は無事ですので、今はご容赦ください」

「何か理由があるの?」

「第一印象をぬぐうためには、それ相応のインパクトが必要なのです」


 よくわからなかったが、駄目なものは駄目とのことで今の今まで待たされたわけだ。


 その間に法的な処理とか事務的なアレコレを済ませて行政やら警察組織の手続き待ちだ。


 起きたニアちゃんを呼びに行くとツバメが扉の奥に消えてすでに一時間。

 そろそろ我慢も限界、というところでコックピットのドアが開いた。


「タツヤさん、おはようございます!」

「おお、おはよ――……う? ニアちゃん、だよな?」

「はい」


 入ってきたのはよく見知った12歳前後の女の子


 年齢は17、8歳くらいだろうか。

 肩甲骨あたりまで伸びた栗色の髪。

 華奢ながらもすらっと伸びた四肢。

 腰はきゅっとくびれ、ボディラインには女性的な丸み。


 一言で言うならば、美人だった。

 それも、思わず言葉を失うほどの。


「変ですか?」

「……いや、その……変というか」


 正直に言おう。

 見惚れていた。

 もともと、成長すれば美人になるであろうことは予測できていたのだ。


 だが、実際に成長した姿を目の当たりにすることになるなんて思わないだろ!?

 たった二日だぞ!?


「ダメ、ですかね……?」

「ダメって何がだ……!」

「ほら、マスター。ここは主砲でびしっとニア嬢の心を轟沈させましょう」

「待って。何の比喩だか分からな………………ハァ?」


 ニアちゃんの後ろからひょっこりと顔を出したツバメを見て、俺は今度こそ思考停止に陥った。


 年齢こそ棺桶に入っていた自動人形から成長していないものの、透けるような白髪はくはつに雪のようなのだ。


「我々は成長し、人になる自動人形ですからね。ニア嬢は公爵からの命令の後遺症と、それから近くに人がいたお陰で急成長したのでしょう」

「つ、ツバメさん! そういうのじゃないですったら!」


 慌てたニアちゃんが頬を染めながらも唇を尖らせた。

 大人っぽくなった見た目とは裏腹な、子供っぽい仕草だ。


「だいたい、まだはよく分からないですし……」

「子供として甘えたい気持ちも残っているため一部が未成熟——」

「ツバメさん! 怒りますよ!?」

「失礼いたしました……どうですか、マスターもこの可愛らしさに――って、マスター?」


 あんぐりと口を開けたまま固まる俺を見て、ツバメは大きな溜息を一つ。

 そして俺の前でくるりと一回転した。


「私に見惚れているのですか? この身体はマスターが個室でよく閲覧しているグラビアアイドル、マオ・フェーレースを参考に再構築したものです」

「待て、なんで知ってるんだ!?」

「艦内の情報は全て確認できますので」


 胸を張ったツバメはアルビノらしい色合いに、猫系の獣人の特徴を宿したシルエット。

 結晶人を思わせるきらっきらな瞳。


 年齢こそ12、3といったところだが、俺の理性を直撃するほどストライクだった。

 このままあと5、6年も待てばワタシの理想の花嫁が……っていかん。

 どこぞのキモい公爵みたいなこと考えるところだった。


「おかしいですね……閲覧履歴から学習した表情や仕草に、遺伝的にもっとも相性が良くなるよう改造した肉体。その上、肉体的未成熟をカバーすべく本能直撃なフェロモンを通常の3000倍の濃度で出しているはずなのに反応がイマイチ――」

「うん。それ、全面禁止」

「そ、そんな!? それではどうやって連邦国家の新国民増産計画が——」

「禁止。ダメ、絶対」


 このままだと俺が公爵みたいになるだろ。

 いや人間不信になるつもりはないけれど、イメージが悪すぎて嫌だ。

 あと俺はロリコンじゃないからな。


 何とか禁止を撤回させようとするツバメだが、俺の意志はレアメタルより硬い。

 連続して変えると負担が大きいとの事で容姿はそのままで許したものの、妙に蠱惑的な仕草や表情は無し。

 俺の理性をぶん殴ってくるフェロモンも放出禁止だ。いや、フェロモンが何なのかよく理解してないけど。

 禁止にした途端に思考がクリアになったから、たぶん脳とか理性に良くない何かだろう。


「しっかし、急に大人になったね……びっくりしたよ」

「こういうことがあると自分が自動人形なんだって実感しますね……身体の大きさが変わりすぎて、最初は歩くのも大変でした。ツバメさんに助けていただいて、なんとか日常生活が送れるようになったんです」


 面会謝絶中は日常訓練や自動人形の身体について学んでいたらしい。

 しかしたった2日って。

 とんでもない順応力だ。

 元々通信手の仕事をお願いしたときも妙に物覚えが良かったし、おそらくは自動人形としての特性なのだろう。


「よたよたするニアちゃんも見てみたかった気もするけどな」

「もうっ、意地悪ですね……!」


 上品に笑うニアちゃんだが、改まって俺に向き直った。


「あの、お願いがあるんです」

「何だ?」

「ちゃん付けをやめて欲しいんです」


 背後で変なジェスチャーをするツバメのせいで一瞬ドキリとしたが、ニアちゃんは至って真面目な表情だ。


「身体が急に大きくなったのは最適化のせいかもしれませんが、それだけじゃないと思うんです」

「というと?」

「おじい様のことがあって、自分のことも少しだけ知って、もう子供のままじゃいちゃいけないんだって、そう思ったんです」


 その意志が成長をうながした、か。

 確かにないとは言えないな。


「ですから、もう子供は止めにして、大人になろうと思いまして。区切りとして、ちゃん付けもおしまいにして欲しいな、と」

「分かったよ、ニア」


 呼んでみると、ニアは頬を染めながらもはにかんでくれた。

 ちびっ子だった時ならともかく、今やられるとちょっと刺さる……!

 俺の気持ちを知ってか知らずか、ニアちゃ……ニアは上目使いに俺をみた。


「それから、厚かましくももう一つお願いが……」


 結論から言うと、フジシロ屋のスタッフが一名増えた。

 もともとニアが大人になるまで面倒みるつもりだったし。

 急にちびっ子から美人に変貌して戸惑ってはいるけれど、乗組員になることに否はない。


「マスターが社長で操縦士。不肖このツバメがメカニックを務めます。ニアは通信手と副狙撃手をお願いします」

「はいっ! よろしくお願いします!」


 ちなみにニアは目的もなくスタッフになった訳ではない。


「ツバメさんから聞いたんです。先史文明時代の最先端研究で、研究をしていた、と」


 ツバメすらも完成したかどうか知らない、どんな影響を及ぼすかも分からない遺物。


「それを使って、おじい様を助けられたら、と思いまして」


 正直なところ、可能性は限りなくゼロに近いだろう。

 ニア自身もそれは理解していた。

 それでも探したいのだと言われてしまえば、わざわざ否定する材料もなかった。

 俺も時空間に干渉する遺物には興味がある。


 といっても過去を変えようとか、そういうのではない。

 ツバメが遺物回収に意欲を示したのだ。


「仮に完成していたとして……正統後継者を僭称せんしょうする馬鹿に渡すのは得策とは思えませんね」


 無敵に近いスワローテイル号だが、に攻撃されれば為す術はないだろうし、俺とツバメが出会う前でも同じことだ。


「特に目的があるわけじゃないし、探してみるとするか」


 目標が定まった。

 ニアもお客さんから仲間に変わった。


 準備万端、いざ出発――と行きたいところだが、そうはいかなかった。


 今回の事件の捜査。 

 今まで公爵に邪魔されていた宇宙海賊の賞金の受け取り。


 この二つが終わるまではツェペット星系から出ないように、と通達されているのだ。

 しかし警察だの行政だのという組織はフットワークが重くていかんね。

 さっさとして欲しいものだ。


 まぁ星系を揺るがす大ニュースらしいし仕方ないといえば仕方ないんだが。


「あ、タツヤさん! 通信が来ました! アバランチからです!」

「まぁ特に用はないけど、暇だから良いか。繋いでくれ」

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