第21話 義妹になった日 Side:亞里栖

 出会ったあの時から、相良 両を意識していた。


 20XX年、9月。

 義理の兄となる人と初めて顔を合わせた。


 飛行機事故で家族を失い、独り身になったわたしを『月島つきしま』を名乗る女性が助けてくれた。

 どうやら、飛行機事故で何もかも失った、わたしを不憫ふびんに思って支援を名乗り出たらしい。

 けれど、一ヶ月後……目の前に現れた綺麗な女性は『相良さがら』と名乗った。


 結婚して苗字が変わったと、幸せそうに語っていた。でも、肉体的にも精神的にもボロボロなわたしにはどうでもいいことだった。


 生きていても辛い。

 それだけが心の中で反響し続ける毎日。


 ある日、相良家の養子にならないかと女性が言った。


 傷は癒えていたけれど、心はあの時から変わらず停まっていた。これからもきっと動かない。

 たぶん、二度と――。


 それでも女性は何度も説得してきた。

 しつこいくらいに。


 わたしは拒否し続けた。

 元の生活に戻ることなんてできない。分かりきっていたことだからだ。


 この世界に救いはない。

 あるのは虚無と絶望だけ。


 誰も、わたしを救えない。


「――おい、ブルーアイズは強靭、無敵、最強なんだぞ。すごいぞ、かっこいいだろう」


「え」


 病室に現れた相良 両を名乗る男の子が自信たっぷりにカードを見せた。

 それは文字もドラゴンのイラストもキラキラしていて輝いていた。 彼いわく遊●王という人気カードゲームのようだった。聞いたことはある。


 でも、なんでそれを今この瞬間ときに?


 困惑と同時に心が妙に動き始めた。

 興味が沸いたからだ。


 それに、男の子がとても楽しそうだったし、暇つぶしが欲しかった。入院生活が暇すぎたから。


「俺のことは両でいい」

「わたしは亞里栖」

「よし、さっそく決闘デュエルしようぜ! はい、デッキ」


「で、でっき?」

「詳しいルールは、やりながら教えるさ」


 ちょっと強引だけど、悪くない気がした。

 思えば、彼のような存在をわたしは待っていたのかもしれない。


 両ちゃんに遊●王のプレイ方法学び、気づけばかなり上達していた。

 カードゲームがこんなにも面白いものだとは思いもしなかった。モンスターカードの攻撃力と守備力の競い合い。それと魔法と罠カード。

 ライフポイントを削り合うシンプルな闘い。


 時間を忘れて病室で遊びまくった。


 楽しい。

 すごく楽しい。


 両ちゃんがいれば、もう何も怖くない。


 でも、その関係は一日にして終わりを告げた。


 次の日、両ちゃんの父親が現れた。なんだか深刻そうで、重い話なんだろうなと感じ取った。


「亞里栖、母さんが行方不明になった」

「ゆ、行方不明……どうして」


「分からない。捜索願いを出したが、見つかるかどうか。……まったく、おかげで借金が……。あ、いや、この話はいいな」


 咳払いする両ちゃんのお父さん。

 なにか隠してる……?


「あの、わたしはどうすれば……」

「君を養子に迎え入れる」

「本当ですか! わたし、両ちゃんが好きなんです。あんな風に励ましてくれた人ははじめてで……嬉しかった」


「そうか……。両が。だが、もう期待するな」

「え……」


「アイツは言っていたよ。君と住むのが苦痛だとね」


「そんな……うそ……」

「カードゲームはほんの気まぐれだろう。実際、両は友達もろくにいない陰キャぼっち。亞里栖、君のことを嫌っている」


 そんなのウソ。

 分かっていた。

 でも、この人の指示に従わないと両ちゃんのそばにいられない。そう思った。


 だから、たった一日で無視することになった。


 相良家にお邪魔するようになってから、わたしは両ちゃんと会話をしなくなった。

 こうしないと追い出されるから。

 でも、本当は両ちゃんが好き。いっぱい話したい。


 いつか、きっと……。


 けれど、冷めきった関係はそう簡単に修復できなかった。


 生活費を稼がなきゃ。

 そして、わたしは『立ちんぼ』へ。

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