幕間劇 日ノ上翠

 日ノ上翠は安定した人気を誇っていた。


 個人配信者からスカウトを経て中堅事務所に入り、そこそこのファンを獲得した。『キタハラ委員会』と呼ばれる、第一期生の中では、筆頭と称されるだけの活躍はしてきたとも自負している。だが、同時に、日ノ上翠は気がついてもいた。自身の旬は終わっている。


 このままでは頭打ちだ。

 

 人気が最も高かったときに、恩義など無視して大手事務所へ移籍するべきだった。いや、それすら現状への言い訳にすぎず、どこにいたところで所詮は同じだったようにも思える。

 日ノ上翠の特徴の一つは、リスナーのマナーのよさだ。これは、日ノ上翠が『風紀委員長』として『皆に憧れられるような、上品でミステリアスな先輩キャラ』を選び、維持してきた結果でもあった。だが、悲しいことに、その初期設定こそが最大の失敗だったのだ。

 このキャラ性は崩しにくい。ノレるネタも限られる。

 コラボではおいしくない役回りにつかざるをえない。

 更に同事務所で、お色気とユーモアで魅せるタイプの新人がでた際には、裏切られたようにも感じた。日ノ上翠のキャラを『喰らう』タイプだ。相性はとことん悪い。しかも、相手は『お姉様』を連呼して、百合ネタでガンガン絡んでくる。相乗効果を狙えればよかったのだろうが、返しきれなかった。リスナーを奪われて、精神値を削られた。それでも、日ノ上翠はある誇りに縋ることで己を保った。新人にはない武器を、彼女は持っている。


 歌の上手さだ。


 代表曲の『執行・断罪・風紀委員長!』と『君の過去にもいたかった』の再生数は、五百万回を超えている。特に前者はキャラ崩壊気味の電波曲だが反響は大きく、発表時には話題を攫った。だが、投げ銭額が大きく、月額料金サービスの継続も長い、古参リスナーたちからの批判も激烈だった。それを受け入れ、あの路線を潰したのは間違いだったのだろうか。わからなかった。続けたところで所詮は同じだったようにも思える。だが、今では新人のコスプレ絵とポップな演出を多用した、エロコメを連想させる電波曲に負けはじめているのも事実だ。アイツのあざといケロケロ声は、徹底的な加工の産物だというのに。


 悔しかった。辛かった。惨めだった。悲しかった。

 このまま腐るくらいならば、いっそ死にたかった。


 だから、飛び降りるようなつもりで、【少女サーカス】に応募したのだ。


 事務所には無断だった。だが、第一次審査合格後、運営側から勝手に連絡を入れられた。

 日ノ上翠は問いに『YES』をクリックしただけだ。名前すら告げてはいない。この段階で、気がついてはいた。【少女サーカス】はマトモではない。なにかが致命的に歪んでいる。そうわかっていたのだから、第二次審査は断るべきだったのだ。だが、事務所に『応援している』と祝福された以上は無理だった。そうでなくとも、彼女は刻限になったら、URLをクリックしてしまった気もする。所詮は同じだったのだろうか。わからない。

 そして『歌え』と言われた時、日ノ上翠は悩んだ。

『執行・断罪・風紀委員長!』と『君の過去にもいたかった』のどちらを歌うべきなのか。

 捨てた可能性と伸び悩む安定性。迷うことなく片方を選べなかった。長めの空白が生じた。恐らくそれがいけなかった。中には庇ってくれるコメントもあったが、多くが嗤った。


 ――――コイツはダメだ。


 だが、どうすればよかったのだろう。どこからなにを間違えたのだろう。わからない。わからない。わからない。首を吊られる時にも、日ノ上翠には正解などわからなかった。


 そしてもう、わかることなどなにもない。

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