第三幕 淘汰(4)

 スポットライトの真ん中に、七音はペンギンの姿で立った。照明の調整はどうなっているのか、視界は白く焼かれてしまう。周囲の様子はまるで見えない。ただ、ざわざわと、観客席は一斉に波打ったかのように思えた。続けて、目の前にコメントが表示される。


 コメントが表示される?


 ××××〈ペンギン、かわいいね。逆に推せる。


「あ、ありがとう、ござい、ます?」


AAAA〈でも、一人だけ動物はかわいそう。本当はこんな姿がいいとか希望あるの?


「えっと、神薙……憧れの人が黒髪に青色の目をした、クールな美人さんなので、私は白髪に紅色の目の、フワッとした感じにできたら嬉しいなって……」


▲▲▲▲〈それはペンギンじゃなくて兎じゃねwww

XXXX〈普通は、憧れの人に似てる姿を選ばん?

92Gb〈謙虚なんだろ。やっぱ、逆に推せるわ。


(この人たち……いや、人間、なのかな。なんなんだろう?)


 その口調は、その態度は、決して運営側の人間にふさわしいものではなかった。善く言えば親しみに溢れており、悪く言えば軽薄だ。また、妙に画一化もされている。ソレはネットというフィルターを通した、匿名の書きこみたちにもに似ていた。

 そう、七音が得体の知れなさにゾッとした途端だった。


 猛烈な勢いで、コメントは荒れはじめた。


縺薙o縺?シ〈ってかさ、歌は?

驕?>繧医↑〈おまえ、歌姫志望なんだろ?

隧ヲ鬨馴幕蟋〈なら、歌えよ

蟆大・ウ繧オ繝シ繧ォ繧ケ〈歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌え歌えうたえ

 

 突如として蟻の群れが現れたかのように、視界は文字で埋め尽くされた。その異様さと、奥底に沈む悪意に、七音は圧倒される。同時に、自身を奮い立たせながら、彼女は考えた。


(一理、ある)


 歌わない歌姫など、唄を忘れた金糸雀だ。後ろの山に捨てられても、仕方がない。

栄光の玉座に近づきたいのならば、どのような客を前にしても芸を披露すべきだ。

 だが、問題もあった。


(私は教えられていない)


 勝手に、権利を持たない他者の曲を使用していいものか判断できなかった。常識は通用しない状況だ。だからといって『審査会場』である以上、規約に反すれば理不尽な落第もありえる。どうしたらいいかを、七音は悩んだ。だが、その時、耳底に蘇る旋律があった。

 子守り唄だ。

 まともな歌詞はない。ララランランだけのくりかえしだ。だが、それは、七音の唯一のオリジナルソングだった。文化祭にて芝居で使うからと友人に頼まれ、急遽、作成したものだ。録音まで済ませたのだが、客席まで届く音量にすると雑音がひどくて使えなかった。

 ゆっくりと、七音は口を開く。そして、アカペラで緩やかな旋律を紡いだ。意外なことに、客席から蔑むような反応は返らなかった。真剣かつ物珍しそうに、彼らは耳を傾ける。


「ラララ………ラララ、ラン……ラララ……ラン」


 短くも切ない余韻と共に曲が終わると、拍手さえあげられた。複数の顔文字が流れていく。異常な状況下だというのに、七音は思わず嬉しさを覚えた。観客に向けて、歌えたこと自体がはじめてだ。落ち着きを取り戻したうえで、コメントが再開される。

 

山羊〈いいんじゃないかな。素朴だが温かい。声質は綺麗だし、伸びしろが見える。

黒猫〈だが、派手さには欠けるなぁ。インパクトを重視するのならばどうだろうか?

蝙蝠〈Arielは氷の女王だった。一新ならば白雪姫はありだ。

蟾蜍〈ソレに、アレは貴重じゃない?


 最後の一言に、七音は目を留めた。

 アレとは、いったいなんだろう?

 そこで、彼女はようやく気がついた。いつの間にか、七音の前には半透明の板が出現している。エフェクトの入りかたや白色の発光具合といい、アニメにでてくるシールドといった雰囲気だ。だが、彼女が驚愕の声をあげる間もなく、ソレは消滅した。

 また、わけのわからないことが起きている。そう、七音は深刻な眩暈を覚えた。一方で、なにもかもを承知しているというかのごとく、コメントは冷静なまま続けられていく。

 

白百合〈防御系は初じゃないか?

黒薔薇〈守りたい人でもいるんだろうね。玉座を競う場にあがるには珍しいタイプだ。

紅鬼灯〈俺は選んでもいい。反対者も多そうだけどな。


【時計兎】〈皆様、最後の評価を終えられたようで。

 

 最後に表示された名前に、七音はハッとした。やはり、『彼』こそが【時計兎】なのだ。

 瞬間、前触れなくスポットライトが落ちた。ガンッという音と共に、視界は深い暗闇に包まれる。同時に人の気配がした。左右に、誰かがズラリと並ぶ。姿形は見えない。だが、確かにそこにいるのだとわかった。無言で佇む者たちの前に、パッと新たな灯りが点く。【時計兎】が照らされた。

 懐中時計を懐からとりだすと、『彼』は盤面を確認した。小さく頷き、宣言をする。


「それでは、第二次審査の結果を発表いたします」


 ガンッとふたたび音がした。二人の美しい少女が、スポットライトに照らされる。

思わず、七音はギョッとした。自分はまだしも、まさか神薙が選ばれなかったのか。そう、考えたからだ。無邪気に、少女たちも目を輝かせる。だが、【時計兎】は、七音の予想とはまったく正反対の言葉を続けた。


「今回、合格点に達さなかった者……敗北者は、あなた方二名です」


 空気の色合いが変わった。

 闇に隠された少女たちが小さく喜び、光に照らされた二人が放心のあとに泣き崩れる。その一部始終を、スポットライトは残酷なほどに、煌々と照らし続けた。


(不合格者だけを照らすなんてひどいんじゃ……あ、れ? この二人、私、知ってる?)


 そう、七音は目を細めた。間違いない。うずくまって泣いている制服姿の少女は、『日ノ上翠』だ。あだ名は『風紀委員長』の人気古参配信者だった。もう一人の天使のような翼を生やした少女は『柊ロコ』だ。彼女の活動は歌専門かつ人気も高くはない。しかし、スキルマーケットにて比較的安価に依頼を受けているわりに納品物は上質なため、同人ゲームの主題歌方面で名を馳せつつあった。七音が彼女のことを知っていたのは、歌を副業にする場合の参考にと詳しく調べたためだ。あの二人ですら失格するという事実に対して、七音は愕然とした。己の合格という結果が信じられない。だが、驚愕に浸る暇はなかった。

 

 ヒュルッと、短い音が鳴らされた。

 少女たちの首に、太い縄がかかる。



 ――――――ガグンッ―――――――ボギッ!

 操り人形のごとく、二人は宙に吊りあげられた。

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