第24話 ナイトサイト

 ハクが雨というので雨が降ることを疑わないのか? 

 正直なところ、確実に雨が降ると思っている。何をもって彼女の言葉を信じるのか、と言われると難しい。

 彼女は謎ばかりだ。渓谷で一人で住んでいたり、フェンリルのアカイアと親しかったり、クーンの進化について知っていたり、と只者じゃない事実がいくつもある。

 種族も分からないし、彼女の語りもポツポツなのでどうにもつかめないままなんだよね。

 そんな彼女が雨だから退避しろと忠告してくるくらいなら、余程やべえ雨なんじゃないかって。

 

 時刻は昼下がり。これから何かをはじめるには時間が短い。小屋の雨対策をしようにもどうするか悩ましいなあ。

 ちょっとした狩猟とか釣りなんかでもあっという間に暗くなってしまう。

 どちらも日没終了が基本である。暗くなってからしか獲れない得物もいるにはいるが、釣りはともかく狩猟は危険度がグンと増す。

 理由は言わずもがな。人間は暗いところだと極端に視界が悪くなる。対する夜行性や薄暮性の魔物は「夜」に適応しているから、視界だけじゃなく他の感覚でも大きく水を開けられてしまうだろ。環境で大きな不利をわざわざ受ける必要はないってことさ。

 必要に迫られない限り、夜は家の中から出たくない。視界が効かずとも戦う手段はあるにあるけど、前衛職やナイトサイトの魔法をかけてくれる人がいなきゃ相当タフになる。

 ナイトサイトってのは名前の通りの魔法で、暗いところでも昼のような視界を得ることができるものだ。

 ある種のバフなのだけど、残念ながら付与術のカテゴリーではない。

 ナイトサイトが使えたら夜じゃないと発見が困難な月見草や夜光虫の採集クエストでウハウハできたのだけど……。ないものねだりはできぬ。

 

「わお」

「ん?」


 雨対策をどうしようかと小屋の壁をコンコンしていたら、クーンと目が合う。

 ん、待てよ。

 ハクは何と言っていた。

 俺は「小屋だと雨に耐えられなさそうってことかな?」と彼女に聞くと、首を横に振っていたよな。

 ハクの言葉からやべえ雨が降るから対策をせねばと首を捻っていた。

 ところがだ。彼女は手作りで決して頑丈とはいえない小屋は問題ないと答えた。


「だったら、そのままでいいか」


 なあんだ。案外この小屋、頑丈に作ることができていたのだな。

 さすが俺、才能が怖い。

 安心した俺は食糧の備蓄をはじめることにした。小屋の中で煮炊きをすることは困難なのだよな。

 いや、今回ばかりは家の中で火を……いやいや待て。木の床板の上で直接火を起こしたらいくら雨が振っているからといってもダメなものはダメだ。

 うーん、燻製や採集で集めた山菜類が多少はある。


「よっし、暗くなるまで野山で採集に行こうか」

「わおん」


 犬はお散歩が大好きだ。クーンにとって野山で駆けまわることはお散歩になる。

 栗や山菜、キノコを採集して暗くなってきたので戻ろうとした時に雨がぱらつき始めた。急ぎクーンに乗って戻り、小屋の中に駆け込むとザーザーと雨音が強くなってくる。

 次の日もしとしとと雨が降り続けていた。

 強い雨であるが、無風状態に近いため、小屋ががたがたすることもない。

 この分だとハクの予想通り小屋が崩れることはなさそうだ。

 その後も三日、四日と雨が続く。

 小屋から出ると変わらぬ勢いの雨がザーザーと音を立てている。

 

「わお」

「雨続きだと身体もなまるよなあ」


 雨の中でも散歩をしちゃいけないって決まりはないぜ。濡れた体を乾かす手段を確保してりゃあ問題ない。

 本日も無風なので、トラゴローに手伝ってもらった屋根付きの竈を使うことができる。なので竈で暖を取り服を乾かすことだって問題ないのさ。

 そんなわけで外に出たのだが、泥だらけになりながらクーンと遊ぶのが案外楽しい。

 渓谷からは出ずにちょこっとだけ遊ぶつもりが、駆けまわってしまった。ここにいるのは俺とクーンのみ、服を気にすることだってない。

 いそいそと服を脱ごうとするも、濡れていると脱ぎ辛いな。


「わおん」


 待ちきれないクーンが先に岩風呂へどぼんとする。

 ちょ、服の差はいかんともしがたい。ようやく脱いだ俺の体にも雨が降り注ぐ。裸で雨を受けるとなんだかすがすがしくなってきたぞ。

 調子に乗ると体が冷えて風邪を引く。雨の中走り回っていたから今更であるが……。

 ブランブランさせながらよっこいせっと岩風呂に入る。

 雨が続いているけど、岩風呂は大洪水になったりはせずいつも通りのたたずまいだ。多少水位が上がったような気がする程度である。

 

「ふういい」


 多少ぬるくなっているが、これはこれでよい。ぬるめのお湯に長く浸かる方が体の芯まで暖まるとか聞いたような気がする。

 この温度なら長く浸かっていてものぼせそうにない。

 岩に背中を預け崖を眺める。岩風呂からの景色ってなかなか絶景なのだよな。雨だと虹が見えないのは残念だけど、崖の中腹から出る滝の様子は楽しむことができる。

 雨の中でも滝の音ってハッキリ聞こえるんだなあ。


「ん」

「わお?」


 クーンに話しかけたつもりではなかったのだが、声に反応して耳をふんふんさせる彼である。可愛い。


「なんか滝が大きくなっているような気がする」

「わおん」


 「離れた方がいい」と言った無表情のハクの姿が頭に浮かぶ。

 雨によって滝の勢いが増す。当然といえば当然だ。勢いが増すだけならよいのだが……。

 ハタとなり立ち上がる。素っ裸で。

 服をその場に置いたまま、クーンに乗って滝の下まで移動する。

 

「記憶が定かじゃないけど、勢いというか幅が広くなっているよな……」


 腕を組み仁王立ちで流れ落ちる滝を見上げ、ううむと声を出す。

 崖壁はどうだ。水が上から流れているだけじゃなく、水が壁から染み出ている気もする。

 最悪のことを想像し、ぞっと血の気が引く。

 崖が崩落しないだろうか。

 ただの崩落じゃない、渓谷の崖が一気にガラガラと……いやいや、まさか。これまで雨の日だってあっただろう。

 崖崩れがあったとしても、ほんの一部さ。俺の住む小屋と崖はそれなりに距離があるから、小屋のところまでは土砂が押し寄せてきたりはしないって。

 

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