第13話 繋いだ
『クーンのこと、ありがとう。リンゴ、おいしかったわ』
「え、え? アカイア?」
『そうよ。あなたと「繋いだ」の』
「お、おお。まさかアカイアと会話できるなんて思ってもみなかった」
ひょっとしてクーンともお喋りできたりするのかな?
さっき俺は何をした? アカイアの口元を拭って鼻に触れたんだっけ。
クーンの鼻にもさっき触れていたよな。
念には念を試してみて損はない。じっと俺を見つめるクーンの鼻に触れてみた。
すると彼がはっはして喜び始めたのでつい顎や首元をわしゃわしゃする。あれ、俺は一体何をしようとしていたんだっけ?
「そうだった。クーンともお喋りできないかと思ってたんだ」
「わおん」
ダメだった。
フェンリルだからか、アカイアがフェンリルの中でも特別なのかは分からない。クーシーのクーンがフェンリルに進化したら彼女のように頭の中に語りかけることができるようになるのかも?
といっても、どうすれば進化するのなんて皆目見当がつかない。クーシーに進化したことだって奇跡なんだし。
『クーンとお喋りしたいの?』
「喋ることができたら嬉しいけど、今のままでも十分だと思ってるよ」
『あなたらしいわ。これからもクーンのことよろしくね』
「俺の方がクーンに頼っているよ」
あははと笑うとアカイアも「わおん」と鳴き声を出す。
語り合うことができなくたって、俺とクーンの間には確かな絆がある。盟約を結んでいるからというわけじゃなく、そんなものが無くとも俺はクーンを友だと思っているし、クーンだってきっと俺のことをそう思ってくれているはず。
クーンと俺とのことはこの辺にしておいて、アカイアと意思疎通できるとなれば聞いてみたいことがある。
「ハクのことで教えて欲しいことがあるんだけど」
『ハクと話ができないの?』
「そうではないんだけど、直接聞くのは気が引けるというか」
『何が聞きたいの?』
聞くだけは聞いてくれるようだ。ハクの秘密を教えてくれ、というわけではないのだけど、何と言うか、ハクは言葉数が少ないし……。
どうにも煮え切らない俺であるが、面と向かって彼女には聞き辛いんだよな。
「ハクは寝ていることが多くて、食も細いから調子が優れないとか病を患っているとか心配で」
『ハクは本調子になることはないわね』
「それって病で?」
『どうかしら。あなたの表現する病がどういうものなのかわからないわ』
調子が戻らない、ってことは何らかの病気なんだろうなと推測できるのだが、ハクの秘密を彼女が預かり知らぬところで聞くのは元から気が引けているというものある。
彼女が健康な状態ではないと分かっただけで良しとしよう。
◇◇◇
「あ、そうか」
「わおん?」
アカイアと別れの挨拶を交わし、彼女の巣から少し離れたところでふと気が付く。
俺がクーンと出会った時のことを思い出したんだよ。あの時、冒険者ギルドで薬草採取の依頼を受けていた。
薬草と一口に言っても沢山の種類がある。あの時採集に来ていたのは傷薬の元になる薬草だったのだけど、滋養強壮とかそういった類いの薬草もあったよな。
常に虹かかり温泉もある土地で自給自足生活を送っていくことに変更はない。
冒険者生活を通じて薬草の知識はそれなりにある。クーンがいれば過去に採集で行った場所に行くのは容易だ。時間もさほどかからないな。
「といってもなあ……」
独り言のつもりだったのだけど、クーンが足を止める。
彼に俺の心配が伝わったのかも?
「そうだな。薬草を取りに行こうか」
クーンから降り彼の額を撫で、ポンポンする。対する彼は嬉しそうに尻尾を振った。
にいいっと笑顔になり、再び彼にまたがる。ふんふんと鼻を鳴らしながらクーンが駆け始めた。
「クーン、走りながら聞いてくれ」
彼に俺の言葉が伝わっているのか分からないけど、伝わっていなくてもいい。
そら、伝わっていたらより嬉しいけどさ。
前置きしてから自分なりの考えを述べ始める。
「薬草ってそのままじゃ使えないんだ。すり潰したり、煮込んだり、やり方は色々なんだけど、保管するために瓶とか一通りの道具が欲しいなって」
耳をピクピクさせて俺の言葉に反応してくれるクーン。
そうこうしているうちに神秘的な森を抜け、荒地に出る。そのまま真っ直ぐクーンに進んでもらい、彼と出会った川を横切って街道まで進む。
ええと確かここから。
記憶を頼りに街道を少し進み……確かはげ山があって。お、あれかな。
「クーン、あの丘を進んで」
クーンの足なら遠くに見えるはげ山でもあっという間に到着する。
改めてじっくりはげ山から周囲を見渡すと、なかなかの景色だと思った。
冒険者としてこの場所に来た時はパーティを組んでいたのもあり、景色を楽しもうなんて気持ちを持っていなかったんだよな。
仕事で来ているわけだから……いや、少し違うか。
仕上げなきゃいけないドキュメントがあって、新幹線に乗っているとしよう。旅のワクワク感なんてまるでない。そんな感じ?
う、うーん。しっくりこないな。
はげ山からは小さな湖が三つ、うっすらと高い山々が見える。
「湖が見えるか? あの湖のほとり薬草があるんだ」
「わおん」
クーンが勢いよく走りだす。
記憶を頼りに薬草を採取した後、小屋まで帰還した。
クーンの走るスピードが速いからか、小屋を出てから戻るまでの間に一度もモンスターに遭遇することがなかったんだ。
一応警戒はしているのだけど、騎乗中は感知することは難しい。「あ」と思ってもすぐに通り過ぎちゃうからね。
さっそく薬草を……今回採取した薬草は気力回復・滋養強壮に効果があるピドナ草と呼ばれる薬草である。
ピドナ草はすり潰して煎じお茶のようにして飲むか、すり潰して絞り、出てきた草汁を飲むかのどちらかが一般的な使用方法だ。
すり潰すにしてもすり鉢がない。岩で代用してもいいが草汁が流れていってしまう。砂も混じりそうだし……そういや、ピドナ草の味ってどんなものだったっけ。
試しに洗って小指の先ほどのピドナ草を口に含んでみる。
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