前世病人~色皇魔術師でニューライフ~
アトラ
魔物襲来編
第1話 スターターセットは凄い
人間誰しも一度は思ったことがあるだろう。
もし死んでしまったらどうなるのだろうか。
地獄かそれとも天国か。
僕は異世界に憧れを抱いていた。勇者となって魔王を倒し世界を救うだとか魔法を行使して敵を倒し国を守るだとか……
――しかしそんな物は幻想でしかないのだ。どうせそんな世界は存在しないのだろうと思っていた。そう本当に死ぬまでは……
僕の名前は【如月翔湊きさらぎかなた】。現在高校2年生の16歳。趣味はアニメと漫画。僕は生まれた時から原因不明、名称不明の病気になった。学校に行っては入院し完治したと思ったら再発を繰り返していた。だから家や学校よりも長い時間病院で過ごしている。
僕は絶対に治ると信じて治療に専念してきた。だが入院を繰り返す度に容態は悪化し、遂にベッドから出られない状態となった。
そんな時に今まで助けられてきたのは趣味であるアニメと漫画だ。というか病院でできることがそれくらいしかない。仲間のために立ち向かう主人公の勇姿や何度倒れても諦めない心を知り、自然と生きる活力になっていた。
来世は上手く行きますように。そう信じて僕は誰もいない病室で目を閉ざした。――僕は死んだのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「なんだこれは……」
周りを見渡すと辺りは真っ暗な空間だった。遠くには小さな星が輝いているように見える。
「ここは宇宙なのか?」
下を見ると僕は宙に浮いていた。しばらくじっとしていると突如として現れた光に包み込まれた。
目を開けると僕は立っていた。普通に立つこともままならなかった僕が地面に立っている。手足も自由に動かせる。服も患者衣のままだ。そして木の良い香りが充満している。
(これは夢?)
単刀直入に思った。
辺りを見渡すとホテルのエントランスのように両端は見ず知らずの女性が立っている。木で出来たテーブルの前面には液晶パネルのようなものが埋め込まれている。なにかの受付だろうか。僕は左に向かって女性に声をかけた。
「すみません。ここって……」
「$€<・・*<・:♪€××&/」
これが異世界語ってやつなのか。聞いたことも無い言語など理解できるはずがない。しばらくすると液晶パネルに手のマークが映し出された。そうか、ここに手をかざせば良いのか。僕は瞬時に理解し左手をかざした。咄嗟に左手が出たのは僕が左利きだからだろう。10秒ほど待つと「ピロン」と音が鳴った。
「はい。手を離して大丈夫ですよ」
僕は小鳥を逃がすようにそっと手を離した。気がつけば患者衣は布地の服に変化し、異世界の言語を理解できるようになったのだ。スキャンしたおかげだろうか。会話ができるか試してみることにした。
「あの……今何をしたんですか?」
「こちらでは転生者様のためにスターターセットを配布しております。先程正常に適応されましたよ」
自分が発した言葉がしっかり通じたことは理解した。だが転生者、スターターセットとはなんだろうか。
最初はよく分からなかったが自分に身に起こっていることがようやくわかった。僕は転生したのだ。
いや――これは夢だ。転生なんてありえない話だ。試しに手をつねってみるがヒリヒリとする痛みが腕に伝う。これは夢では無い。現実だった。僕はスターターセットについて質問を投げかける。
「あの、スターターセットって何ですか?」
「転生者様専用の初心者セットでございます。体力や筋力など基本的なパラメータが上昇しております」
強いて言えば元々の体力を知りたかったというのが心残りではあるがまあ良しとしよう。貰えるものは貰っておくべきだ。
「では吊り橋を渡って小屋の方にお進み下さい。小屋の中には名前を決めてくださる男性の方がいます」
「あ、ありがとうございます」
扉は無く吹き抜けになっていた。僕は吊り橋に向かって歩く。吊り橋を踏むとギシギシと音を立てた。色的にかなり年季が入っているようだ。そのまま歩き、3分の1ほど進んだ所で振り返ると人間の何千倍も大きく高い巨大樹が生えていた。僕がスポーンしたところは、巨大樹が切り抜かれたところだったのだ。いったい誰が作ったのだろうか。不思議な世界観である。
周りは巨大な木に覆われ大自然に囲まれている。そのおかげか、空気が澄んでいるように感じた。この大自然の中で自分が歩けているという事実に感動している。
古びた橋は巨大樹と小屋を繋いでいる。下はどうなっているのか覗いてみると、真っ暗で何も見えない。相当深いのだろう。だが不思議と恐怖は感じなかった。スターターセットの恩恵を受けたはずだが、その効果はまだ実感出来ていない。
吊り橋を渡り追えると、女性が言った通り小さめの小屋があった。座っていたのはあぐらをかいた中年の男性。目を閉じている。精神統一でもしているのだろうか。
「あの〜すみませ…」
「転生前の名前を言え」
目を閉じたまま男は強い口調で返答した。
「如月翔湊です」
「ふむ。今日からお前の名は『キサラ』だ」
1秒も経たずに名前を決められた。予測では1分くらい悩むのではないかと思っていたが、全然そんなことは無かった。思っていた以上に判断が早い。
「こういうのってもうちょっと捻るものじゃないんですかね……」
響きは悪く無いし、気に入ってないわけでもなかったが、あまりにも安直すぎる名前だったため、咄嗟に今の気持ちが漏れてしまった。
「俺は何十年もこの仕事をしている。最初の方は文字を入れ替えたりイニシャルから決めたり色々やってたんだけどよ。単純にめんどくさくなったのさ」
「別に嫌だって訳じゃないんですけど率直に気になってしまったので......」
「いや誰がなんと言おうと君の方が正しい」
言葉と態度的に急に怒鳴るような怖い人だと思っていたが、どうやら僕のイメージとは違ったようだ。人を見た目で判断しては行けないというのはこのことである。
「ちなみに名前はなんて言うんですか?」
「カゴロウだ。俺の名前なんぞ覚えなくていい。どうせ今後会うことは無いだろうからな」
「可能性はゼロではないと思いますけど」
「これからお前は1万段の階段を下る。これでわかっただろ」
1万とかいう馬鹿げた数字に驚くどころか理解が出来なかった。しかし考えてみれば当たり前のことだ。吊り橋で下を見た時真っ暗で何も見えなかった。現在地がとてつもなく高いということは根本的に分かりきっていたことだ。
「でもカゴロウさんはどうやって生活してるんですか?食料とかお風呂とか」
「早く下の階段を降りろ。降りた先に王都がある。受付に案内してもらえ」
無理やり話を変えられた気がしたが人生知らない方がいいこともある。あまり深く考えるのは辞めておこう。
「ではまたどこかで会いましょう。ありがとうございました」
お礼を言い先へ進む。小屋と階段は直通になっていた。よく分からないシステムだが、今はそんなこと考えるほどでは無い。
僕は淡々と階段を下り続けた。5分、10分たってもまだ先が見えない。けど足は痛くも痒くもならないし、身体も疲れない。これがスターターセットの力か。ようやく実感が湧いてきた。もし受け取っていなければ疲労で倒れて、死んでいたかもしれないと思うと少しゾッとした。
「ちょっと試してみるか」
1つ試してみたかったことがある。――そう階段飛ばしだ。前世では体が思うように動かなくてできなかったからね。
最初は1段飛ばし、次は2段、3段と徐々に難易度を上げ最終的には10段飛ばせるようになった。スピードにのった時の風が気持ちいい。小学生のころ、自転車で急な坂を全速力で下っていく人を見た。僕は自転車に乗ることが出来なかったため車で見ていた訳だが、実際問題、危険なことには変わりない。このスリルと風の気持ちよさをたった今人力で体験しているのだ。
それに時間も短縮できる。スターターセット様々だ。
走って階段を飛ばしながら、降りるとあっという間に終点に到着した。体感は10分だった(実際は1時間)
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